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尋問

 ササの屋敷に戻ってからはフィリーアが作ってくれた特製の回復薬を飲んだりササに継続回復魔法をかけて貰ったりで多分もう全然何にも悪いところは無いんだけど、俺はベッドから出てはいけないと言われてしまい、更には数時間での交代制の監視がついた。今はササパパのルウルの番だ。『この人は当番に入れ無くても良くないか?』とジェイマーが当番の時に聞いてみたけど、本人からの申し出なので断れないとの事だった。若干気まずいが嫌だとも言えない。

 部屋に二人きり、ルウルが俺に回復魔法をかけてくれている。

「背中はどうだい? 違和感は無いかな?」

 取敢えず背中を丸めてみたり伸ばしてみたり腕を回してみたりする。

「変な感じは無いから大丈夫だと思います」

 ルウルは王宮夜間警備の魔法使い部門の責任者をしているそうだ。今回の事故については市民の命に関わる重大な問題だとしてこの二日間で何度も会議と調査のために王宮へ呼び出されている。

「処置の早さと君の回復力が人並外れているのが幸いした。君が助かってくれたことで国も助かったよ。ありがとう」

「はぁ……、どうも」

 俺の回復力は人間じゃないのか? そうなんだろうか、よくわからない。

 ルウルの魔法が終わり、フィリーアが置いていった回復薬を渡されて大人しくそれを飲む。

 使用前後の違いを感じられないくらいずっと調子がいいので、勿体ない気もする。

 ……気まずい。時間がもたない。

「そろそろ動きたいです」

「そうだね、顔色も良くなったし少し歩いてみようか。ただし私も同行するからね」

 え。

 ……まぁ仕方ないか。

 俺はベッドから足を下ろして着替え始める。上の寝間着を脱いだところでルウルに止められた。

「傷口も塞がったし止血帯も取ろうか」

 フィリーアの止血帯は上半身をグルグル巻きにされていても締め付けられて苦しいということは無く、傷口にはピンポイントでピッタリと貼り付いて出血を抑え、患部の修復を助けてくれるものだった。今は出血していないので体から離れていて、ルウルが止め具を外すとスルスルとほどけていく。

 ……が、『ん?』と途中で手を止めた。

「背中のこれは傷跡じゃないみたいだね。痣かな?」

 痣? そんなものあっただろうか。

「どこですか?」

 ルウルの指が背中に線を引いていく。

「斧が刺さったのがここ、ガラスが刺さったのはこんな風に全体に細かく幾つもだったんだがそれはみんな消えた……この肩甲骨の外側…左右とも同じ場所だね。痛くはない?」

「平気です。なんだろう」

「翼です」

 開いていた窓の外から声がした。

「キン、そこにいたのか」

「いました。今日は一人で庭の見張りです。…」

 目から上だけをのぞかせているキンがルウルを見て目を逸らした。

 最初の出会いでひと騒ぎあったせいで、ルウルを少し敬遠しているようだ。

「いま翼って言ったのかい?」

 ルウルが窓に近づく。キンの頭が少し引っ込んだ。

「……はい、ボクは『翼です』と言いました」

「すまないが庭の見張りをしながらその話を詳しく聞かせてもらっても良いかな? ルイス君、テラスに行こうか」

 柔らかい口調な筈なのにルウルの言葉には逆らえない凄みを感じる。キンではないが萎縮してしまう。


 俺とルウルはテラスに出て、庭を向いて置かれた椅子にそれぞれ座る。みんなが出掛けてしまった屋敷は一番離れた部屋から使用人たちの笑い声が聞こえるくらい静かだ。庭に降り注ぐ日差しは暖かく、屋根が付いたテラスは日陰になっていて時折心地良い風が吹く。キンの問題発言が無かったらこのままウトウトしたいところだった。

 キンは『疲れないので』と立っていようとしたが、ルウルが見上げるのは疲れるからと言って庭の白いテーブルと同じデザインの白い椅子を一つ、俺達の正面に持ってきてキンを座らせた。今日のキンはパームの姿でノエリの服を着ている。メイクをしていないので太陽の光が顔に反射して眩しい。

「キン、君はルイス君たちと一緒に王宮の見学に行ったんだね?」

「はい、行きました」

 …尋問が始まった。

「君も学生が放り投げた斧でガラスが割れた時にその場にいたということだね?」

「はい、フィリーアのこの辺にいました」

 キンが自分の胸元を指さす。

「君がルイス君の翼を見たのはその時かい?」

「そうです。ボクは大きな翼を見ました」

「ルイスから翼が生えていたのかい?」

「そうです」

「ルイス君はその時の事は覚えていない?」

「はい、すみません」

「……キン、斧が飛んできた時からルイス君が治療を受けるまでを詳しく教えてくれないか」

「はい。ボクが見たことを話します」

 キンが頷く。少し前のめりになったルウルの目が、キンの光を受けて輝いたように見えた。


「斧は男の人の手から離れて飛んできました。ルイスはフィリーアを引っぱって、自分の身体をガラスとフィリーアの間に入れました。斧はガラスの高い位置にぶつかりました。大きな音がして、斧はガラスに穴をあけて落ちてきました。穴が開いたところからガラス全体にヒビが入りました。ルイスが両手を広げました。一緒にルイスの背中で翼が広がりました。翼は大きくて、ガラスの壁の全部を塞ぎました。翼の向こうでバラバラとガラスが落ちる音がしました。翼は消えました。部屋の中の子供たちがたくさん叫びました。フィリーアも叫びました。倒れたルイスの背中には斧が刺さっていました。ルイスからは沢山血が出ていて、フィリーアが呼んでも動きませんでした。建物中で大きな音が鳴りました。大人の男の人達が走ってきました。ルイスを見て驚いて、傷が開くからと言って斧が刺さったまま運びました。フィリーアが泣きながらなにかの液体を口に入れたり身体に吹きかけたりしていました。白い服を着た人がいる部屋に着いて、ルイスはベッドに寝かされました」

 ルウルはキンの話をじっと聞いていた。口だけを動かすキンと、動かないルウル。そして横で聞いていて落ち着かない俺。

 フィリーアも言っていたが本当に生えたのか。翼が。

 心当たりがないわけじゃないからな。

 出たとすれば俺に入ったドラゴンのルイス。あいつしかいないだろう。

「うん、わかったよ。ありがとうキン」

 ルウルがキンに微笑んだ。

 キンの硬い表情がほんの少しだけ緩んだように見えた。

「ルイス君、なにか思う所があるのかな?」

「……」

 何でなんだろうな。『隠し事をせずに説明しなさい』と聞こえる。

 この人は王宮の偉い人だ。この人に事情を説明したらどんな展開になるんだろうか。

 変に騒がれたくない俺としては全てを話す相手は少数に留めたいんだよなぁ……。

 ああ、キンに集中していた目が今度は俺をじっと見ている…困ったな………

「あの、僕は……ええと…見間違い、かな? とか……その…」

「キン、君は翼を広げたルイス君を確かに見たんだよね?」

「はい、見ました」

「…………」

「私もガラスの飛散状況を見たよ。見学フロア側には欠片が全く落ちていなかった。瞬間的に何かで飛散を防いだか、もしくは誰かが見学フロア側から意図的に割ったのではないか、という意見を出す者もいた。生徒の中には一瞬ガラスの向こうが真っ赤になった、と証言した子もいる」

 ……ほらな、赤だ。確定だ。

「違和感を払拭して原因を確定させたいんだ。君の話を聞かせて欲しい」

「僕に翼があれば良いんですか?」

「うん?」

「僕の背中に翼があると言ったら、僕は何をされますか? 捕まりますか?」

「…そんなことはしな……いや、しかし……それがもし本当だったら……」

「僕は悪いことをしていないのに突然殺されかけて、せっかく回復したと思ったら今度は捕らえられて大人たちが寄ってたかって僕の身体を調べるんですか。何の証拠もないのに」

「証拠はないが証言が……」

「ルウルさんはキンの言うことは信じても僕の言う事は信じないんですか」

「そういうわけではなくてだね…………」

 よし、いける。このまま押し通せるぞ。

 一旦保留にして、フィリーアが何かのアイテムを使ったことにしてもらおう。

 …そう思った時だった。


「そんな詰め方じゃ無理だよルウル。ルイスは普通の子じゃないんだから」


 塀の向こうから聞きなれた声が聞こえた。

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