中断
教師がやってきて、壁のボードに本日の課題を図解する。
本日の授業は自動修復丸太を使っての斧の扱いの練習。
生徒たちは注意点をしっかりと聞き、一斉に自分の位置につくと斧を握った。
「室内で斧を振り回すって危ないだろ」
「大丈夫よ。このガラスにはフロア責任者の魔力が流れてて、音も衝撃も無効化してくれるから」
「じゃあフロア責任者っていう人は一日中魔力を吸われてるってこと?」
なんとなく食虫植物とか人柱とかをイメージしてしまう。
「勤務時間中はね。でも見学ツアーが終わる夕方には解除するし、ガラスも性能がいい物を使ってるから消費魔力は大したことないのよ」
若い男の振り下ろした斧の刃が太い丸太に当たったと同時にグラッと倒れ、丸太が遠くに転がっていく。
子供たちの振り下ろした斧の刃で太い丸太は真っ二つに割れ、しばらくすると自動でくっつき元に戻る。
男が丸太に弾かれる。
子供たちが丸太を割る。
「あいつだけ随分不器用だな」
「これは、アレかもしれないわね」
「アレか」
先程聞いたばかりの、得意ジャンルのNランクを取り尽くしてしまったのに入学出来なかったという悲しいパターン。
「他の子に比べたら色んな甕も持ってるはずだろ? その分実習は有利なんじゃないのか?」
「抜群にセンスが無いんでしょうね」
教師が男の所にやってきて柄の握りや姿勢について手本を見せながら何か言っている。男が何度も頷く。
他の生徒が手を上げて教師を呼び、教師がその場を離れた。
男が額の汗を拭う。あれは暑いからか、それとも冷や汗か…。
そして両手で斧の柄を再び握り、大きく振り上げた。
誰よりも早く、大きく、すごい勢いで……
「ちょっ…」
それはフィリーアが声を上げたのと同時だった。
男の振り上げた斧がすっぽ抜けて…こっちに飛んでくる!
「っ!」
咄嗟にフィリーアを思い切り引っ張ってガラスから遠ざける。
「ルイスくんっ!!」
しかし自分をどうにかする余裕まではなくて
ガジャン!!!
すぐ後ろでガラスの割れる音が響く。
欠片、
ガラスの欠片をどうにかしないとフィリーアが!
俺がやらないと…!
…
…
ドスン。
…
背中を重い衝撃が襲った。
フィリーアが今まで見たことないような顔をしている。
…なんか周りで叫んでる奴らがいっぱいいるな。
……変だ。喋れない。
背中が痛い。
…いや、熱い。
体が、感覚を失っていく…………。
…
…
「ルイスくん!」
目を開けるとフィリーアの顔が視界全部を覆った。
「フィリーア……?」
俺は横向きにベッドに寝かされていて、フィリーアの後ろにはジェイマーも立っていた。
「無茶なことするなよバカ」
珍しく余裕のない顔をしている。俺のせいだろうか。
「ここは…」
「医務室よ。近くにいた警備の人が運んでくれたの」
辺りを見回そうとした俺を、二人が慌てて止める。
「待てルイス! 動いたら傷が開くかもしれない」
「まだ動かないで! またたくさん血が出てしまうわ」
「…血? ああ、背中にガラスが刺さったのか」
「ガラス?! それどころじゃないわよ! 何言ってるの!」
フィリーアが急に怒り出した。
「斧が刺さったのよ! 背中に! ど真ん中に! 死んだと思ったんだよホントに!! ……っ、もぉ〜…! うぅ〜〜」
怒ったと思ったら涙を流して泣き出してしまった。
「ここに運びこんですぐにフィリーアが応急処置をしたそうだ。俺が来たときにはもうお前はその状態でさ、医務官さんが手際の良さに感心しちゃってて」
「素早く的確で見事でしたよ。止血帯もとても高性能なものをお持ちで」
背後で知らない人の声がした。振り向くとまた怒られそうなので動かないまま様子をうかがう。背中に温かいチリチリした感触が当たっているのは医務官が回復魔法か何かをかけているんだろうか。
「ありがとうフィリーア」
「……うん」
フィリーアは涙を拭い、僅かだが微笑んだ。
「私こそありがとう……あの、庇ってくれて」
「フィリーアは大丈夫だった? どこも切れてない?」
「……うん、おかげ様で……平気」
そう答えながらチラチラと俺の背後を気にする。医務官に聞かれてはまずい話でもしたいのか? 設備の安全面に対する王宮批判とかか?
「すんません、あとどれくらいで帰れますかね?」
ジェイマーが俺の向こうに問いかけた。
「そうですね、もう少しで傷口は塞がりますが……出血が多かったので、まだご自身で動くのは控えたほうが良いでしょう。出口に馬車を用意させましょうか」
「お願いします」
「承知しました」
医務官はそれから十数分俺に魔法をかけ続け、それを終えると俺の顔色を確認して部屋を出て行った。
「ごめん、まだ見終わってなかったのに」
「何言ってるの、それどころじゃないでしょ。それに、他の見学者達もももう残っていないわ。全館の点検作業をするから見学フロアも立入禁止になったの」
「そっか。ガラスの遮断効果が切れてたんだもんな。そういう事もあるんだな」
「うん、でもなんかちょっと腑に落ちないんだけどね……それよりルイス君、私を庇ってくれた時の事、覚えてる?」
「え? ……うーん、あんまり詳しくは……どうかした?」
「ルイス君、凄かったの。一瞬だったけどね、凄くて。こう……凄い…」
フィリーアは頻りに『凄い』を連発し、両手を広げて上下にバタバタさせる。
「……えっと、なに?」
「だからね、凄かったのよ。 こーんな大きな翼が二枚、ルイス君から出たの」
「翼?」
ジェイマーも今初めて聞いたみたいだ。俺に真意を問う目を向けても俺も知らないから。
「それが私をガラスから守ってくれて、そのあとすぐに消えちゃったのよ」
「……へぇ?」
「信じてないの? 本当なのよ?」
そう言われてもそんなものを出した自覚がないので何とも言えない。
「ルイスは謎が多いな」
ジェイマーはすんなりと受け入れたようだ。
「えー? そんなにあっさりな感じなの?」
フィリーアは納得がいかないようだが、ここには他に目撃者がいないのでそれ以上話を膨らますことは出来そうにない。
「ごめんね、俺分からないことだらけだからさ」
「……。凄くびっくりしたのに…………」
むくれ気味の顔で『私だけ驚いたり泣いたり、なんか損した気分』とぼやいたフィリーアは、思い切りため息をついた。
「お待たせ致しました。馬車の用意が出来ました。このまま移動致します」
医務官が数人の魔法使いを連れて戻って来た。
俺は大勢の王宮職員が見守る通路をマットレスに横になったまま頭からつま先まで布団をかぶった状態で運ばれ、馬車へと積み込まれた。
その間、偉そうな人がジェイマーとフィリーアに何度も謝っていたが、なぜか二人は無言を貫いていた。




