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ジェイコフ様

「次は勇者担棟だな」

「ここの4階は各職種の試験申請受付ね」

「ランク試験…て、年に一回なんじゃなかった?」

 カウンターの内側には先程までに見た二つも含め、職種毎に異なった制服を着た受付職員が並んでいる。全部で……

「あれ…6よりもっと多い?」

 奥に向かって伸びるカウンターは各担当者ごとに仕切り板が挟まれている。はっきりとは見えないが10席以上はありそうだ。

「5つの退魔職の試験は年に一度の1ヶ月間。勇者と各王宮職の試験は随時。長期間の旅に出る退魔師も多いから申込自体はどの試験についても年中無休で受付してくれているのよ。その分ここでしか受付はしていないんだけど」

 試験を受けた直後に次の申込みをしていく人も少なくない、とのことだ。

 1つの窓口では見るからにパワー系な男性が申込中で、それを別職種の仲間らしき数人が後ろで見守っている。

 別の窓口では子どもを連れた女性が一つ済むと一つ隣へ移動し…と、いくつもの申し込みをしているようだった。

「フィリーアは最初の年には何個も受けたの?」

「え? …まぁ、うん、そうね」

 ……あからさまに顔を逸したのは聞いてくれという合図だろうか?

「それよりルイスのご両親は王宮の魔法書士だったんでしょう? とても優秀な方たちなのね」

 会話をすり替えたな。聞いちゃ駄目な方だったか。危なかった。

「魔法書士試験は難しいの?」

「そりゃ難しいわよ。魔法書士に必要なのは知識と好奇心と平常心と発想と応用と魔力。そして王宮所属となれば忍耐力は特に大事なんじゃないかしら」

「なんか大変そうだな」

「そうね。国の真ん中で働くのって凄く大変だと思うわ」

 田舎の魔法書店でのんびり暮らしている両親からはあんまり想像出来ないんだけどなぁ。そいいえばグレイスもアレクシスを褒めていたっけ。

「あら? ねぇ見て、あれ」

 フィリーアが指差した先は勇者の受付窓口のようだった。

 内容は聞こえてこないが、揉めているらしい。

 申込に来ているのはまだ若い男で、カウンターを何度も叩いて受付の職員を威圧しているようだ。

「なんだろう。……受付拒否?」

「なんで?」

 担当職員が何か言いながら手と首を横に振っている。

 後方の席で事務処理をしていた職員たちも集まってきた。そのうちの一人が何かを手にしている。

 丁度書面と同じ大きさの、石板のように見える。

「すごい…あれ、偽造文書の発見装置よ」

「ただの石板かと思った」

「石板に効果を付与してあるの。ここにしかない物なのよ」

 フィリーアが初めて本物を見た、と嬉しそうに目を輝かせている。

「多分あの推薦状が偽造されたものか若しくはSSランクの退魔師が脅迫されて書かされたものなのよ。あの装置は不正な書類を弾くの。見てて」

 職員はカウンターへ石板を置き、男が持ってきた書面をその上に乗せる。

 すると石板の表面が光り出し、一瞬にして書面が炎に包まれて焼け消えた。

 男はそれに怯み、フロアから逃げ出そうと出入口へ走る。が、一足遅く、そこはもう隣のフロアから警備担当の騎士が数人で待ち構えていた。

 男は取り押さえられ、連行されていった。

「あのとおり文書偽造は重罪だから気を付けてね」

「やらないよ。それより今の装置はどういう仕組みなんだ?」

「細かいところまでは公表されてないけど、世界中のSSランク者の情報が入ってて、その書面を本当にSSランクの人が書いたかどうかがわかるらしいわ」

 それで偽物は燃えるのか。結構荒いな。

「3年も王宮の中に住んでたのに何で私ってばこういう所を見に来てなかったんだろう。アイテム作成の参考になりそうなものがいっぱい見れた場所なのになぁ」

 フィリーアは残念そうにため息をついて遠い目をしていた。

 学生生活時代の事を聞く時は注意したほうが良さそうだな……。

「……さて、次に行きましょうか」


「戦士担棟の受付は……修繕・復興援助?」

「町や道路設備、橋とかの補修依頼を受け付けているわ。魔物の被害とか、魔物との戦いの被害とか、もちろん天災によるものもあるし……修繕が必要な場所は沢山あるから」

 通常の受付カウンターの他に、大きなミーティングテーブルが設置されている場所がある。

 大きな地図を広げ、依頼者と担当者が打合せをしている所だった。

「王宮の修繕班で間に合わないときは組合にも依頼が下りて来てたりもするわよ。中にはそっちの依頼しか受けない戦士もいたりするし」

「王宮には入らないんだ?」

「ほら、試験があるから。それに組織に入っちゃうと受ける仕事を選べる自由が無くなっちゃうしね」

 確かに拘束を嫌がる人たちもいるだろうな。

「でもそもそも大工仕事なら戦士の資格は要らなくない?」

「もちろん普通の人たちに出来る仕事もあるけどね、パワーとか持久力とかの効率を見るとやっぱり戦士レベルの体力があったほうが使う方は助かるわよ」

「そんなに違うの?」

「確かCランクまででも生命力の甕が4個になるのよ。体力も筋力も基礎値の桁が変わるわ」

 どのくらい凄いのか見てみたいけど、ロディの退魔団に戦士はいないからなぁ。

「戦士の仕事に興味が無くても力仕事に就きたい人が戦士のランクを上げて生命力甕を増やしていることはよくあるわ。他の職業でも必要に応じて技術を上げたり魔力を増やしたりしている人も多いのよ」

 俺はガイだった時代を思い出した。甕が何だとか、ランク試験がどうだとか、そんな情報が何にもない場所に俺は暮らしてたんだな。

 集落の人たちがそういう話をしているのも聞いたことは無かった。

 今思えば集落に魔法書店も無かった気がする。あの頃はそういう整備もまだ行き届いていなかった時代だったんだろう。

 もし今くらい情報を得られる環境だったら、あの集落の自警団の若者たちも王都に来てランクを上げてもっと強くなりたかっただろう。そうすればあの魔物にも幾らか抵抗出来ただろうし、被害を小さく出来ていたかもしれない。

 ……今更だけどな。

「確かジェイコフ様って討伐班から修繕班に移られたんじゃなかったかしら」

「ジェイコフって、ロロックのところの?」

「そう。退魔団が解散してからすぐに王宮騎士団団長兼戦士部退魔班長に任命されて、最近やっと第一線から降りる許可が王様から出たとかって聞いたわ」

 フィリーアが伸びたり縮んだりして受付の奥の執務スペースを覗きながら横に移動していく。

 ある場所でセンサーが反応したかのようにフィリーアがピョンと飛び跳ねた。

 そして何故かささやき声で『いた! いたよ!』と教えてくれる。

 フィリーアの傍まで行ってガラスの向こうを見てみると、確かに見覚えのある大柄な男がデスクに向かっている。明らかに、デスクに対して体が大きすぎて納まりが悪い。書類に顔を近づけたり遠のいたりしているが、解決はしないようだ。ずっと険しい顔をしている。

「難しい案件なのかしら」

「ただの老眼じゃない?」

 俺も昔よく新聞の文字を読むときにしかめっ面をしていて妻に怒られたものだ。

「老眼鏡持ってないのかな?」

「『ろうがんきょう』って?」

 ……

 ……あれ?

「この世界には無いんだっけ?老眼鏡……」

「聞いたことないけど……」

 無いのか。……うーん、どうしよう。老眼鏡が誕生することでこの世界が大きく変わるほどの影響が出てしまうことはあるだろうか。

 俺がこの世界に老眼鏡の技術を持ち込んだことで熟年層たちは小さな文字がスラスラ読めるようになり、

 辛い事務仕事への意欲が戻り成果を上げ、若者達から仕事を奪い、若者達は職を失い食べるものにも困ってついには犯罪に手を染め…………

「ルイス?」

「……帰ったら作り方教えるから試してみてくれる?」

 多分戦争にまではならないだろう。

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