旅に出る少女
「キンちゃんは?」
「出来たよ、早く早く〜」
自信満々なノエリが足踏みしながら両手で手招きする。
「お前その感じでいいのか? ハードル上がるぞ?」
「いいよーどんどん上げちゃえ〜」
出来上がりに相当な自信があるみたいだ。どれだけあの光沢を抑えられているのか楽しみだな。
「あ!」
ゾロゾロとノエリのあとに続いて部屋を出てすぐ、ノエリが立ち止まり落胆の声を上げた。
「もぉ〜、部屋で待っててって言ったのに〜」
「すみません。ボクは置いて行かれるのが怖いみたいです」
ノエリの部屋の前で立っていた少女がこちらにペコリと頭を下げた。
栗色の長い髪の毛がさらりと流れ、ボリュームのあるスカートの裾が揺れた。
「…キン?」
「はい、オザダ。ボクはキンです」
オザダが恐る恐る近づく…が、近づきすぎたみたいで一歩下がる。
長い睫毛、髪と同じ色の眉、ピンクの唇、色白な肌に微かなチーク。
フリルのある白のブラウスと肘より長い手袋、その境を隠すレースのケープ。足もとは編み上げのロングブーツで肌が見えないように隠されている。これなら、ちょっと見ただけでキンが魔物だと気づく者はいないだろう。まるで本当の人間の少女のようだ。
「これでボクは迷惑をかけなくなりましたか?」
グリーンの瞳が綺麗だ。これは…マニキュアだろうか。
「凄いな、完璧じゃないか。なあオザダ」
「…ああ。驚いた」
「へへー。頑張っちゃったもん」
俺達の反応にノエリは満足したようだった。
「それ、あたしがキンちゃんくらいの時に着てた服でもう小さいからキンちゃんにあげるわ。他にも何着か出すから持って行って」
「ありがとうございます」
キンがまたペコリとお辞儀をした。スカートとブーツの隙間に白色のタイツが見えた。抜かりないな。
ノエリは頷いて自分の部屋に入り、クローゼットから何着か服を引っ張り出す。
「ノエリ、ありがとうな」
「どういたしまして。あたしも楽しかったわ」
大きなボストンバッグに服と化粧品を詰め込んで、ジェイマーに手渡す。
「お化粧が崩れたらキンちゃん自分で直せるかしら?」
キンは少し首を傾げた。
「努力します。感謝します。ノエリ」
「あいつ、服とか化粧とか結構好きみたいでさ」
「うん、そんな感じだったな」
キンは別れ際に黒い日傘も貰った。深張りの傘をクルクルと回しながらあぜ道を歩くキンは、表情は変わらなくても機嫌が良いことは分かった。
「俺がこんな仕事してなきゃあいつも色々見て回りたいはずなんだけどな」
「駄目なのか」
「親に強制されてるわけじゃないけど、なんとなくな…ゆくゆくは自分が村をまとめるんだって思ってるみたいだよ」
「ジェイマーは? その頃には引退してたりしないのか?」
「そりゃ俺もいつかは引退するだろうけどさー、帰って来た放蕩息子がいきなり村長継ぎますっていうのも印象悪いでしょ。そもそも世襲制はおかしいと思ってる派なんだよね、俺。でもノエリは違うからさ」
他に道が見えていたとしても、彼女はこの村を選ぶんだろう。世界中を旅する兄や俺たちを羨ましがる素振りをまるで見せなかったもんな。それだけこの村に愛着があるのか、それともあの明るい笑顔の奥でしがらみに諦めを感じているのか。あの短い時間だけではあの子の気持ちまでは分からなかった。
「折角だからどこか食い物屋に寄って行こうぜ。来てからまだどこにも入ってないんだろ?」
「飯!」
マグマが即座に反応した。
「お前はさっき山ほど食ったんだろーが。」
「えー? そうだっけ?」
もう忘れたのかコイツは……魔力が満タンなんだからちょっとは食欲落ちろよ。
「まずはコイツをどこかに縛り付けないと」
周りを見渡して丈夫そうな木を探すが、どれも細くて頼りない。
「テイクアウトやってる店も多いぜ。何軒か見繕って来てやるよ」
ジェイマーは俺達を時計台のある広場に残し、レストランへ向かう。
行列を捌いている店員に親し気に声を掛けると、向こうも同じように軽く返してから店内へ入っていく。
そんなやりとりを何軒か続け、折り返しで戻ってくる頃には今度は店主らしき人物が店の前で袋を手に待っていて、ジェイマーが通ると駆け寄って来てその手に持たせて言葉を交わし、去っていく。
「お待たせー」
両手にいっぱいのテイクアウト料理を抱えて戻ってきたジェイマーが俺とオザダに何個かずつ差し出す。
受け取りつつも俺は不審の目を向けた。どの店にもお代を払っているような素振りが無かった。
「今の何ですか師匠? もしかして権力振りかざしたの?」
俺の顔つきを見てジェイマーが笑った。
「違うって」
挽肉を丸めて串に刺して焼いたような食べ物を何口かかじって残りを大きく開いたマグマの口の中に放り込む。
「行く先々でこの辺の店の紹介とかしてるからさ。その報酬みたいなもんなんだ」
「ジェイマーはいつも俺達との懇親会よりもその町の住民や旅人たちに村の宣伝をして回る方を重要視する」
「……ああ、そういえばフルフラートではそんな感じだったっけ」
村の観光大使的な役目を買って出ているわけか。ただ騒ぎたいだけの男じゃなかったんだな。
「キンちゃんにもあるよ」
「キンは何も食べません。鉱物なので」
「そっかー、……でも、じゃあコレ、食べなくても良いから持っててよ」
そう言って渡されたものをキンはじっと見つめた。
「これは、食べ物ですか?」
「そうだよ。綺麗だろ?」
細い棒の先端に艶のある赤いバラの花一輪と、その上に止まる鮮やかな模様の蝶の飴細工がキラキラと光る。
「食べたかったら食べてもいいよ」
いたずらっぽくジェイマーがキンの表情を覗いた。
「…………食べませんが、持っています」
キンの口元が、ほんの少しだけ笑ったように見えた。
ひと際立派な造りの建物から出てきた中年の夫婦が馬車に乗り込む前にこちらに気付いて手を振りながらやって来た。
「うちの親。ちょっと待ってもらって良い?」
「ジェイマー、もう行くのか」
「お仲間の方たち? 貴方は前にもいらした方よね?」
「はい、ご無沙汰しています」
オザダが騎士っぽい礼をした。
「一晩ぐらいゆっくり泊まって貰ったらどうだ?」
「そうよね、まだ待ち合わせまで何日かあるんでしょう?」
二人とも温厚そうな雰囲気で、ジェイマー兄妹の人好きのする明るさもこの二人を見れば納得という感じだ。
「ちょっと他の奴らとも早めに会わなくちゃいけなそうなんだ。ごめんな」
「そう……残念ね」
「またすぐ帰ってくるよ」
「その時はついに勇者か?」
「えぇ~? そしたらいつ帰れるか分かんねーよ」
その言葉にジェイマーの父親は大声で笑い息子の肩をバシバシと叩いた。
「頑張ってこい」
王都へ転送してもらうため、村の魔法書店へ向かう。
この村も俺の村と同じように、魔法使いは書店の店主一人みたいだ。
「そうだジェイマー、勇者がどうとかって言ってたよな?」
ジェイマーはちょっと気まずそうに頭を掻いた。
「あー実は俺さ、勇者志望なんだわ」
「そうだったのか」
オザダも驚いている。団員にも知らせていなかったのか。
「気付いてるかもだけど今の退魔団にはメルシア様が復帰したって聞いて近づきたくて取敢えずで入ったんだ。メルシア様の近くにいればそのうちロロック様にも会えるかと思ってさ」
本当にロロックが好きなんだな。まぁ現役の時も今も『勇者です』っていう風格はあるしな。
「ロロック様みたいなみんなが憧れる勇者になりたいんだ。…あっちは剣でこっちは弓だけどな」
「武器は関係ない。勇者は志が勇者であることが一番だ」
「あ、ありがとうオザダ。お前ほんと良いヤツだな」
志……。
「俺、勇者バッジ持ってて良いんだろうか」
「良いだろ、推薦してもらったんだから。いいよなー、バッジ」
「メルシアに頼めば推薦状書いてくれるんじゃないか? それともバッジ貰うのって普通は大変なのか?」
「いやなんつーか……貰うだけならお前が言う通りSSランクの推薦があれば良いだけなんだけどさ、やっぱちょっと尻込みしちゃうんだよな。貰っちゃったらもう勇者なわけじゃん」
情けないけどさー、とジェイマーは笑った。
「アタマ張るって責任重大だろ? 他の奴らの命を預かるわけだからさ。なんかあった時ちゃんと対応出来るかなーとかさ。ちゃんと勇者らしく振舞えるかなーとかさ」
「……」
勇者への憧れより責任の重圧への不安か……。
……本当に俺はバッジを持っていて良いんだろうか。




