お宅訪問
「金のキンです。よろしくお願いします」
何ヶ所も潰れたキンだったが、まずは顔を修復し、地面に這いつくばったままジェイマーに挨拶を済ませた。その異様な光景に、ジェイマーは大爆笑だった。
外観が大きい家は中に入っても大きい。玄関ドアの大きさは、マグマやガララも中に入れても怒られないんじゃないかと思う程だ。……実際はダメだと言われたけど。
村長と村長夫人は定例会という名の食事会に行っていて今は留守だとの事だ。
「面白いモノ拾ったなぁ~」
ジェイマーがキンに夢中な間に、俺とオザダは出してもらった紅茶と若桃を甘く煮たものを頂くことにした。持ってきてくれたのはジェイマーの妹のノエリだった。俺よりも10くらい上…ちょうどリキューと同じ年頃だろうか。
何も知らないノエリは俺達にとお茶を3人分淹れて来てくれた。
キンが、
「必要ありません。鉱物なので」
と断ると、
「好物なのに要らないの?」
と不思議そうにしながら余った1人分を兄へ回した。
「キンちゃんは金の魔物なんだってさ」
「えーうそ、魔物なの?」
ノエリがグイっとキンに接近して、まじまじと観察しはじめる。
「な、ちゃんと人間の形してるからわかんないよな」
「うん。わかんないわかんない。あ、でもやっぱりちょっと硬いかな」
見るだけでは好奇心がおさまらず、ほっぺたを撫でてみたり手を握ってみたりしている。
「言われなきゃ気付かなかったかもー」
「いや、色が決定的に違うだろ」
おっと、思わず子供キャラを忘れてしまった。
けどノエリは全く気にしていないみたいだ。
あらかじめジェイマーが何か言っておいたんだろうか。
「だって、そういう種族なのかなーって思ったんだもん」
どういう種族だよ。一体何色の人間がどこにいるんだか……。
…………まさかほんとうにいるのか?
チラっとオザダを見てみるが、じっと紅茶の表面を睨んでいてこちらの視線に気付かないようだ。
ここではしっかり人見知りが発動するんだな。
「ノエリ、暇ならそこのドラゴンにこれを食わせてやってくれ」
外に待たせているマグマは今の所大人しく窓にへばりついて涎を流しながらこっちを見ている。
「食べるの? ほんと?」
若桃が入った皿を手に、窓に小走りで寄っていく。
上げ下げ窓を開けた途端マグマが鳴いた。
「それ何? 美味い?」
「ギャウギャウだって! 可愛いー! ほら、これ食べてみて? あーん」
ノエリが若桃を一粒指でつまんでマグマの前に差し出した。
マグマがガパッ、と大口を開ける。入れるもののサイズと全く合っていない。
ポイ、と桃が放り込まれた瞬間、罠に獲物がかかったようにガチンと口が閉じる。
「おいしい?」
「もっと!」
「お兄ちゃんっ、この子おいしいって言ってる!」
「そうかそうか。他にもなんかあったら食わせてやってもいいぞー」
「うん!」
ポイポイッと残りの桃もマグマの口の中に投げ込んで、ノエリは次に何をぶち込もうかと楽しそうにキッチンへと走り、3段の配膳カートいっぱいにいろんなものを積んで戻ってきた。
「顔料かぁ、この村で扱ってる店は無いかもなぁ。農家は使わないだろうし…料理人たちが図案で使うかなぁ? ちょっとわかんねーなぁ」
キンについての一通りをジェイマーに伝え、今後について相談する。
「王都まで行かないと無いだろうか」
「そうだなー。技工士や画家が多い王都なら揃うだろうけど…フィリーアも持ってるだろうけど王都だし…そこまでどうするかって話だもんな」
うーん、とジェイマーが目を閉じて腕を組みながらソファの背もたれにもたれる。
「お兄ちゃん、なんで唸ってるの?」
「ノエリ、マグマは?」
「食べ終わったら芝生でお馬さんと日向ぼっこ始めちゃった」
山積みだったはずの配膳カートの上は見事に何も載っていなかった。
「こっちはみんなで難しい話?」
「んー。なぁノエリ、お前顔料なんて持ってないよな?」
「? 何に使うの?」
「キンの顔をさ、人っぽい色に塗ってあげたいんだと」
「肌色にってこと? だったら別に顔料じゃなくても良いじゃない」
「どういうことだ?」
「ほら、これなら肌の色カバーできるよ」
そう言ってノエリは自分の顔を指さした。
「どーぞどーぞ」
ノエリの部屋はいかにも『女の子が住んでいます』という感じの空間だった。
ベッドもカーテンも家具の色も白で統一されていて壁や床の木の色によく映える。
部屋の中はよく整頓されているが、ドレッサーの上だけは瓶やコンパクトの類が所狭しと並んでいる。
「キンちゃん、ここ座って」
「はい」
ノエリがキンをスツールへ座らせ、何かの瓶の中身を手に取ってキンへ塗り始めた。
「……ここで見ていても良いものなんだろうか」
オザダは居心地が悪そうだ。
「じゃあ俺の部屋で待つか?」
「ああ」
「終わったら連れて行くね~」
「…………」
ノエリが両手を振るのを見て、キンがそれを真似た。
これまでの硬い動きが少し滑らかになったような気がした。
「うわ……」
「なんだよルイス今の『うわ』は。感動? 感激?」
ジェイマーの部屋を見た俺の第一声が気に入らなかったらしいが、訂正はしない。
こっちはこっちで『男の子が住んでいます』だが……。
退魔師として働いているから装備品やアイテム類が棚に詰め込み切れておらず散乱しているのは、まぁ仕方ないだろう。そんなことじゃ俺だってあんな声上げないさ。
部屋の一角……というか半分以上がロロックに関するもので埋め尽くされていた。
書物、装備品のレプリカ、名前がプリントされただけのベッドカバーやタペストリー、団員が揃って式典みたいな場所で撮った写真や買い物途中を隠し撮りしたような写真も大きく引き伸ばされて貼ってある。
「こんなにとは思わなかった…オザダは平気なのか」
「俺は見るのは二度目だ」
「そういえばそうだったっけ……ハァ……」
「なんだよそのため息は! ロロック様だぞ! 伝説の勇者だぞ!」
伝説の勇者を心酔するジェイマーを馬鹿にする気持ちはないんだが……。
「俺にはもうこの人たちは身勝手なじーちゃんとばーちゃんにしか見えないんだよ」
「はぁ?」
「ぇえっ! ルイスってロロック様とメルシア様の孫なわけ?! スゲーじゃん!!」
「あー、まぁ……」
一時解散となった日の夜の事を教えると、ジェイマーが興奮した。
「そっかー、メルシア様って……なるほどなー……」
何に納得しているか分からないが、ロロックファンにとっては嬉しい事実だったのだろうか。
「ルイスさ、ちょっとこれにサイン書いてくれる?」
「は?」
渡されたのは一冊の本。表紙をめくったところにサインらしきものが二つあるが読めないのでわからない。タイトルは【勇者ロロック伝説】……執筆者は【ワフ】…確かロロック団の技工士だったか。引退後に書いたようだが暴露本ではないみたいだ。
「これがワフ様で、こっちがメルシア様。今度王都に行ってグレイス様とジェイコフ様に会えるチャンスがあったらここに貰うから、お前はここに頼む。で、最後は真ん中にロロック様のサインを頂いて俺の夢は完成するんだ」
「俺がこのメンバーに入ったら邪魔じゃないか?」
「そんなわけないだろ! 二人の血を引いててしかも訳ありの5歳の勇者だぜ? ロロック様の伝説を引き継ぐ勇者確定だろ。サイン第一号、是非師匠の俺にくれよ」
こんなところに師匠権限を主張してくるとは…。
「ほら、これで」
面倒くさがっている俺にジェイマーが執拗にペンを持たせようとしてくる。
これは今断ってもしつこそうだな。今のうちに済ませておいたほうが良いのかもしれない。
ペンを持ち、指定されたエリアに5歳児の字を書く。サインというか、字の練習みたいに。
「お、良いね。わかってんじゃん、さすがルイス!」
「オザダも書く?」
「俺?」
「ダメダメ! 寄せ書きじゃねーんだから!」
「勇者の孫の先生なんだから充分ロロックとも繋がりがあるじゃないか。そうだ、師匠も書いといたら? 俺の師匠なんだから」
「自分のサイン眺めて何が面白いんだよ! ったく……もう乾いたかな」
ジェイマーはフーフーと本に息を吹きかけ、インクが乾いたのを確認してからいつも持っている荷物袋の奥にさっさとしまい込んだ。
「お兄ちゃん」
ノックの音とともにノエリの声がする。
ドアの一番近くにいたオザダが開けると、廊下にはノエリだけが立っていた。




