オザダのお戯れ
広い草原を進んでいると、遠くに黒っぽい魔物の群れが見えた。
「あれは何だろう?」
俺はその方角を指差し、オザダに聞いた。
「野牛だ。肉は美味いが群れで反撃してくるから手ごわいぞ。角で突かれると骨が砕ける。」
「シェマの結婚式の時に獲って来てたやつ?」
「あれはもっと弱い種類の牛だった。こっちは魔法攻撃が出来無いと危険だが…やるなら手を貸すぞ?」
俺が槍で刺したとしても致命傷までは程遠いだろうし矢も石を砕かないとダメージとしては弱いだろう。
オザダに任せることになるなら、あんまり意味がないかな。
「うーん…じゃあやめとこうかなぁ」
しかし美味いと聞いたら黙っていないヤツがいる。
「俺やる! 食いたい!」
マグマがさっさと進行方向を牛の方へ変えやがった。
「じゃあ一匹だけだ。他の牛に気付かれないように、一匹だけ倒せるならやってもいいぞ」
「どうやって?」
「それはお前が考えるんだ」
俺がそう言うと飛ぶスピードがゆっくりになる。
考えてるな。よしよし。体だけじゃなく頭の方も成長してくれればかなり助かるからな。
「マグマに任せるのか? ブレスは単体攻撃には向かないだろう。」
並走するオザダが心配そうだ。
「むーーーーーー……むーーーーーー…」
いい考えが思いつかないのか、マグマが唸り出す。
「うるさいと向こうに気付かれるぞ。そしたら終わりだからな」
「! …………」
途端に黙る。そして固まり、牛たちに近づけなくなってしまった。
そこで俺たちは一旦背の高い草むらに隠れて作戦会議を開くことにする。
「降参か? 今何を考えてた?」
「凍らせればいいと思ったけど、他のヤツに気付かれないかがわかんなかった」
「俺も凍らせるのは良いと思う」
「そうだな」
俺はマグマの考えに頷き、オザダも同意した。
「全部凍らせる?」
考えるのが面倒くさくなったマグマは得意の力業で行きたがる。
「お前が食う一匹だけって言ってるだろ。人に悪さしない魔物はむやみに殺しちゃ駄目だ」
「むーーーー」
これは考えてもいい案が出ないかもしれないな。俺もまだ思いつかないし。
「もしオザダがやるとしたらどうする? 近づかないで倒せる技とかある?」
オザダが考え込む。
群れをじっと見て。
考え込む。
じっと見て……。
考え……。
「無いなら無いって言ってくれ」
「待ってくれ!」
終わらせようとした俺をオザダは慌てて止めた。
「例えば今のような見えない位置から武器を投擲することは可能だ。……だが、それとは別に」
「なんだ?」
「実際試したことは無いんだが…マグマが俺を乗せて飛んでくれるなら、やってみたいことがある」
オザダは神妙な面持ちで語り出した。
オザダがマグマに乗り込む。
マグマは俺しか乗せたがらないというわけではないらしい。
昨日のこともあって大分落ち着いてきたし、体格のいいオザダを乗せられるくらい大きくもなってきたし、このままマリーのように出来たドラゴンになっていってほしいものだ。
「行ってくる」
「………どうぞ…」
俺は草むらの中に隠れたまま、上空に飛んでいくマグマの腹を見守った。
空には低い位置に霧雲が出ていて、マグマの姿はすぐに隠れて見えなくなった。
俺は野牛の群れに視線を戻す。それぞれに草を食み、警戒している様子はない。
それにしても角がデカいな。重くて草を食べるのも大変だろうに。だからあんなに首回りががっちりしてるんだろうなぁ………
……
……
……
あ。
「うわ……すげぇ……」
一瞬の、一筋の雷光が激しい音を上げて一匹の野牛を貫いた。
驚いた他の牛たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ、やがて遠くでまた合流して移動して見えなくなった。
雷に撃たれた牛はバタリと真横に倒れ動かない。
霧雲の隙間から、その場へ陽の光が差し込んでくる。
そして、神を乗せたドラゴンが降り立った……
…というのをやりたかったんだそうだ、オザダは。
オザダが牛の横に立って俺の方を見ているので草むらから出ていくが……なんと言えば良いのか。
技としては成功したように見えたが、本人が残念そうなんだよな。
「下からはどう見えた?」
「うん……雷が一直線に貫く感じとか凄かった」
それを聞いて表情が幾分柔らかくなる。が、やっぱりしっくり来ていない様子だ。
「想像していたのとは違って、やっている方からはよく分からなくて」
真下に落とすからね。見えにくいよね。
「オザダが気に入ってるならそれで良いんだけどさ、あんまりオザダっぽくない攻撃だと思わない?」
「…そうか?」
「……これ、技名考えてたりする?」
「…ああ、実は一応……」
オザダは少し躊躇ってから教えてくれた。
「【神の裁き】というんだが……」
うん、確かそんな名前だった。
「結構前から考えてたでしょ」
「……そうだ。だがマリーで試させてくれとは言えなかった」
考えた必殺技試したいからマリーを貸してくれ、か。確かにオザダならなかなか言えないだろうな。
「あのさ、これ、多分前の記憶だと思う」
「? そうなのか? 牛を雷で倒すのが?」
「じゃないんだけど、主人公が邪神の怒雷を回避しながら天まで上っていって邪神を倒して囚われた神を助けるっていうゲームがあったんだ。逃げ惑う野牛の感じは、ゲームのオープニング画面に出てくる逃げ惑う人間にそっくりだった」
「邪神…………」
そう呟きながらオザダは槍を翳した。
邪神が杖から雷を出すときの腕、正にその角度だったよ。
「……黒い竜?」
「正解。」
「……そうか、なるほど……」
納得したように頷いた。
「俺っぽくない技を思いついたなとは思っていたんだ」
「【神の…】とか考え無さそうだもんな」
「ああ。荷が重かった」
俺達の会話の最中に既にマグマは野牛の表面を焼き始めていて、焼けたところからみんなで食べ進めたけどデカい牛はさすがに食べきれず、残った分はオザダが回収して先を急ぐことにした。
「もう少しでソリア村に入れると思う。ジェイマーがまだ居たら合流しよう」
「ジェイマーの村なのか。お菓子屋が有名なんだっけ?」
「他にも飲食店は評判がいい。小麦や野菜の畑に果樹園、酪農も盛んな村だから食材に拘る料理人には人気がある村なんだ」
「へえ…」
「楽しみだな!」
…既にマグマがうるさいな。
「お前は味とか関係なく食えるものみんな食うだろ」
心外だ、と言わんばかりにマグマがバサバサと翼を上下に動かす。
ドラゴンが翼を動かす行動と飛行には関係性が無いみたいだ。
むしろ感情によるもので、例えば飛び立つ前に羽ばたくのは『よし、行くぞ』っていう気合いらしい。
「好きじゃなくても食うだけ! 美味いほうが良いの!」
「まったく…他のドラゴンは何も食わなくても文句一つ言わないってのにな」
「みんなも食えばいいのにな!」
…そういうことを言っているのではないんだよ。
村へ向かっていると幅の広い川に差し掛かった。見える範囲に橋は架かってなさそうだ。
「オザダもマグマに乗れよ」
俺がそう言うと、オザダは首を横に振る。
「この程度ならガララは泳げる」
その言葉の通り、ガララは尻込みすることなく水の中に入っていく。
スイスイ進んでいくガララを見て、マグマが高度を下げた。
「俺も!」
「いやいやいや! 必要ないから!」
俺が止めるのも聞かず、ザブンと前足から水に突っ込む。
最初は調子良さそうにガララの後ろにつけていたが、突然川の真ん中で進まなくなった。
「…あれ?」
あれ? じゃなくて…
「おい沈むな! 泳げ!」
尻の方からどんどん水に浸かっていく。
「足が…」
「お前の足が短いのは知ってるって! 疲れたなら魔力で浮かべば良いんだってば! …じゃない! 空飛べよ空!」
「ルイス!」
オザダが異変に気付いてUターンして戻ってきてくれる…が、それまでもちそうにない。
「マグマ!」
「む、り…重い…」
俺とマグマはズブズブと川の中に引き込まれるように沈んでいく。
緩やかだと思っていた水流に体を押され、マグマから引きはがされた。
流されながら俺が水中で見たものは、
マグマの足に縋り付く
輝く女の子
だった……………?




