雨上がりの草原
手首ほどの太さのミミズが土に穴をあけて頭を出したのだ。俺は驚いて走って離れた……が、その方向にマグマがいたので走るのをやめてそこに止まる。
マグマもミミズには気付いたようだが、何も言わない。
俺はその少し離れた位置からもう一度ミミズを確認する。
先程は頭の部分しか見えていなかったのにもう身体全部が外に出ていた。グネグネしているからはっきりとは分からないけど、その長さは俺の身長と同じくらいありそうだ。
向かって来る様子はないが……倒したほうが良いのだろうか。
俺は短剣を両手に構えた。
雨粒が地面を叩く中、再び近づく。
その足元。
違和感を感じて数歩下がる。
するとその場所の土が盛り上がってきてヒビが入り、今度は同じ大きさのミミズが二匹同時に現れた。
「オザダ!! ミミズがいる!」
俺は叫んだ。声はオザダに届いただろうか。
先ずはここを対処しなければ。
短剣を構えて二匹に向かう。
太い胴体だが硬くない。切断に苦労はしなかった。
二匹の胴を切り、様子を見る。暴れたが反撃は無い。次第に弱っていく………いや、動きが止まらない。
ミミズの頭がある前半分は残った体をくねらせている。そして俺が再度攻撃をするよりも早く、土の中へ潜っていってしまった。そういえばミミズは頭側が残ってると生き続けるんだったか。
逃がした、と思っている間もなく至る所で地面が盛り上がってくる。
ボコボコボコッ、と一斉にミミズ達が頭を出した。
俺は急いでオザダが登って来ている崖に走り寄った。最初のミミズは気づくといなくなっていて、地面にはもう一つ穴が開いていた。
「オザダ! ミミズが沢山いるぞ!」
叫びながら下を見ると、オザダは片手で槍にぶら下がっていた。
「どうした?!」
「槍を刺した土が崩れて落ちただけだ。大丈夫だ」
そう答える間にも、斜面の土から次々とミミズが頭を出す。
こいつらが穴を掘るせいで崩れやすくなっているのか。
ミミズ達は顔を出した穴とは別の穴を掘ってすぐに土の中に潜っていく。
また崖の土が剥がれて落ちて行った。
このままじゃオザダが危ない。
傍に出てきた一匹のミミズの両端に短剣を刺して地面に固定する。少し色の違う部分を確認し、そこを槍で縦に割いた。数秒暴れた後、ミミズは動きを止めた。
しかし一匹処理できたところで何の意味もない。
周りの土は穴だらけ、顔を出しては地中に逃げる。地表でのたうつものも何匹もいるにはいるが……。
近くを這っていた一匹を、固定せずに槍で刺した。しかし致命傷に出来ず、地中に逃げられてしまう。時間短縮出来るかと思ったが、却って効率が悪い。
「くそっ」
せめて地表に出ているヤツだけでも確実に処理しなければ。
「マグマっ! 見てないで手伝えっ!」
叫んだが反応が無い。さっきまでいたはずの場所を見るが、マグマの姿は見当たらなかった。
どこに行ったんだこんな時に。拗ねて先に行ったか?
アイツがいないからって手を止めていては状況が悪くなる。やることはやらなくては。
魔石が見えているヤツは先に砕く。分からないヤツは再生しないように注意して切断する。
地面の上がどんどん力尽きた巨大ミミズで埋め尽くされていく。
雨で視界が悪い。
死んだミミズか生きたミミズか見分けられなくなってくる。
この土の中に一体どれだけの数がいるんだろう。
目に雨粒が入って世界が歪む。
もうびしょびしょの袖で顔を拭った。
ガクン!
一瞬、階段を一段落ちる感覚。下を見ると地面にヒビが走っていた。続いてデカい船で雪山を滑っているような感じ。
まずい。目の高さにさっきまで立っていた地面がある。自分はどんどん滑り落ちて行っている。
俺は駆けた。飛び上がってなんとか崖の縁に指をかけて残る。
足元の土は砕けて下へ落ちて行く。
この下には…………
「オザダーッ!!」
オザダが登っていた場所は全部崩れ落ちてしまった。
どうしよう。どうやって探せばいい?
俺も下まで滑り落ちるか? それとも先に進んでマグマを見つけてからの方が見つけやすいか?
でもオザダはそれまで無事でいられるだろうか?
考えている間に俺の握力は限界を迎える。濡れた地面と手のひらではもう体勢を立て直すことは出来なさそうだ。
「……行くか……」
腹を決めて手を放そうとしたその時、
「ルイスー!」
下からマグマの叫び声が聞こえた。
「今行くからなーっ!」
それを聞いて俺は指にもう一度力を込めた。もう少し、もう少しでマグマが………
突然フッと身体が軽くなる。
地面を掴んでいたはずの俺の指は、手のひらに食い込んだ。
崩れて露わになった新しい山肌が高速の縦スクロールで流れる。
「ルイスっ!」
オザダの声が聞こえた気がして体を捩る。
ガントレットを付けた大きな手のひらが見えて、それが俺の腰を掴んだ。
後ろから腹に手を回され、がっちりと固定される。
「オザダ…よかった、無事だったんだ」
「落ちる寸前にマグマが助けてくれたんだ。来てくれてなかったら危なかった」
俺達二人を乗せたマグマはそのまま山の上と、更にその先の森も飛び越えて広い草原へ着陸した。
その頃にはもう雨も上がっていた。
「今日はもうここまでにしよう。服も乾かさないと」
オザダがガララと野営の設備品一式を出して支度を始めた。
俺は……
「…………あー…」
マグマと向き合ったものの、何から言えば良いのか迷う。
「えっと、さっきは…」
「乗ったよな?」
「…あ?」
「さっき、俺の背中に、乗った、よな?!」
ズイっ、とマグマが迫ってくる。
「あ、ああ…」
「もう乗らないって言ったのに、乗った! 俺、ちゃんとここまで運べた! 落とさなかった!」
「…そうだな」
「大丈夫だったよ?! だろ?!」
「そうだ」
「また乗る? 一緒に飛べる?」
…コイツは何でこんなに拘るんだろうな。
一人で飛んだ方が自由に動けるのに…。
「ルイス! 俺と飛ぼうよ!」
俺の大人げない態度への非難とか、危ない所を助けた事への感謝とかよりも、俺を乗せて飛ぶ事を一番に考えているなんて。
「…バカだからしょうがないか」
「オザダ、来る途中で見かけた川で食料捕ってくる」
設営を進めているオザダに声をかける。
「え、でも……」
オザダが手を止めて振り返る。不安気だった表情は、俺達を見て柔らかに笑った。
「ああ、行って来い」
雨が上がった空は空気が澄んでいる気がする。
今日はマグマの上で景色を楽しめた初めての日だな。
「変わった」
不意にマグマがそう言った。
言った声が聞こえる。
「なにが?」
俺も返すことが出来る。
「なんか。分かんないけど、ラクになった」
「そうか…」
俺もだ。
きっとこれからはもう大丈夫だ。




