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先読みのグレイス

 三辺の壁に紫色の地のタペストリー。なにか模様が入っているが、よくわからない。どっかの遺跡の壁画、みたいな感じだ。

 部屋の中心に丸いテーブル。数枚のテーブルランナーが中心で交差するように敷かれ、モザイクガラスのランプが淡い光を放っている。

 その光の向こうに一人、中年の女性が座ってこちらを見ていた。

「いらっしゃい、アレクシス」

 壁のタペストリーと同系色の服を着ているのでよく見ないと顔だけ浮いているように見えた。子供なら驚いて泣いている所だ。

 よく見ると髪の毛も紫色で、にっこりと笑う顔が・・・やっぱり浮かんでるように見えた。

「お久しぶりです、グレイス。会えて良かった」

「いつでも会えるわよ。さあどうぞ、お掛けになって」

 勧められるまま、俺たちは手前の二つ並んだ椅子にそれぞれ着席した。

「どう? 順調にやってると思うけど」

「そうですね。以前見てもらった通りだと思います。彼女と一緒になって毎日幸せです」

「そうね。…で、こちらのご子息の事よね」

「そうです」

 大人二人がうんうんと頷きあって、同時にこちらを向く。

「あの時はこの子について聞いていかなかったので」

「というか、あの時は子どもの事は見えなかったのよね」

 その言葉にアレクシスはグレイスを見つめた。相変わらずグレイスの方はじっと俺を見つめている。もうそろそろ穴があくかもしれない。

 グレイスが俺を凝視したままアレクシスに聞いた。

「…この子、本当に貴方達の子よね?」

「?! どういうことですかっ?! 貴女まさかエマルダがっ…」

 椅子がガタンっ、と倒れる音が部屋中に響いた。それよりもアレクシスの声の方が大きかったが。

「いや、そういう意味ではなくてね。ん~、どう言えば良いのかしら…」

 グレイスがまるで馬をなだめるようにアレクシスを手であしらう。しかし視線は外さず、俺たちはまだ見つめあっている。

 そして、グレイスが切り出した。

「こんにちはルイス」

「……こんにちは」

「貴方はおいくつ?」

「5さいです」

「…本当の年齢はわかる?」

「え…」

「グレイス? 何を言っているんですか?」

 グレイスの目が俺の脳内を探ろうとしているのがわかる。俺も、この人なら見えるかもしれない、と感じる。

「私にはあなたが700歳くらいに見えるのだけど、どう?」

「グレイス?!」

 ジリ、とテーブルに重たそうな上半身を預けるように俺に詰め寄るグレイス。

 アレクシスは俺がグレイスに何かされるのではないかと、彼女と俺の間に割って入る。

 集中力が切れたみたいにグレイスは体勢を戻し、椅子に背中を預けてため息をついた。


「……そうねぇ、アレクシス、貴方ちょっと頼まれてくれないかしら。この子のために必要なの」

 傍らに置かれていたペンを手にし、テーブル脇のチェストから取り出した紙に文字を書き始める。

「ルイスに必要…? それは……」

「魔力の問題はは私が何とか出来るわ。けれど、だからといって魔法学校に入れるのはお勧めしないの。だからね…」

「なっ……はっ? え……ん~?」

 グレイスの手元を覗き込んだアレクシスが紙に一文字書かれる度に声を発する。

「推薦状よ。これで資格試験の申請をしてきてもらえるかしら」

「そ…」

「そうよ、お願い」

「そ…」

「そんなに不安な顔しないで、大丈夫よアレクシス。さぁ行って」

「……」

 明らかに追い払う仕草で退出を促される父は何度も何度も俺の方を振り返りながら階段を上って行った。


「さて。うるさい人は行ったわよ」

「……」

 再びグレイスの熱い視線が突き刺さって来る。

「私に何もかも話すのは恐いかしら?」

「……わからないです。合わないので」

「合わない?」

「覚えてるのは今で16回目。全部足しても700には少し足りないと思います」

 俺はグレイスからペンと紙を借り、数字を羅列していく。命が尽きた歳を。

「それで、今は5です。貴女が見ているのはこれからの事も含んでの700ですか?」

 グレイスは俺が返したペンを持ち直し、紙に向かった。

「いいえ、記憶が足りていないのね。ここが二つ」

 書き足されたのは一番初めだと記憶している孤児だった頃のひとつ前に200。そしてその前に10。俺は更に二回、人生を送っていたのか。

 それにしても、200とは…?

 彼女はその数字をトントンと指差して

「貴方の魔力が表に出てこないのはここからね」

 と、書き間違いではないことを強調してきた。

「誰かに何かされたってことですか」

 グレイスは首を横に振った。

「貴方自身のした事よ。隠匿の魔法を自分の魔力にかけたの」


 隠匿?

「……何のために?」

「わからないわ。なぜか貴方からは何も見えない。私が感じ取れるのは魂に刻まれたあなたの生きた年月だけ」

「この後も、俺は生まれ変わるんですか」

「言ったでしょう? 貴方の事は何も見えない。一秒後の事すらね。アレクシスを見ても、貴方が一緒にいるところは見えないし貴方の話題だと思われる部分も見えない」

 見たくてたまらないのに、と笑った。

「魂は何度もこの世とあの世を繰り返すの。私だってそう。たいていの人は何度も生まれ変わっているわ。貴方の問題は前世の記憶がある、ということよね」

「そうです」

「私ね、貴方みたいな前世持ちに以前もあったことがあるわ」

「ほんとうですか!?」

 なんと有力な情報だろう。自分の他にもこの煩わしい転生の記憶を持った人がいるだなんて。

 その人はどうやって割り切って生きていたのだろう。この虚しさを何で誤魔化していたのだろう。

「どんな人でしたか? 前世の話はしていましたか?」

 その人は原因を知っていたのだろうか。他にも同じような人物を知っているのだろうか。

 会えるなら会いたい。直接話を聞きたい。

「私がまだ退魔師として旅をしている頃だったわ。人里から少し離れた山で暮らしている人でね。」

「…山で?」

「こんなとこで一人で暮らしてて魔物が怖くないのか、って聞いたらね、『そしたらまたどこかに生まれ変わるからいいんだ』とか言って」

「……」

「一人で野菜を作っていたわ。割と男前だったのに独身らしくて。いっそのこと私、旅を辞めて残ろうかしらと思ったのよ」

「……」

「魔法使いに憧れてたのに自分はからきしダメだって、私たちを羨ましがっていてね。退魔もそんなにきれいな仕事じゃないのに」

「……」

「懐かしいわ。今でも独身かしらねぇ…会いに行ってみようかしら」

「………」

「…どうしたのかしら? 表情が暗いわね」

「…俺ですね、それ」

「……」

「その男はもうとっくに死んでますよ。そのすぐ後で魔物に喰われたんで。」

 若かりし頃の記憶の一ページを破り捨てられたかのように、今までにこやかだったグレイスから笑みが消えた。

「…あぁ……ごめんなさい……そうだったのね」

 二人同時にため息を吐き出す。束の間の期待だった……。

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― 新着の感想 ―
[一言] ごめん、なんか二人が可愛く思えてしまった。
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