装着
「おはようマグマちゃん」
牧場の入り口でリキューが俺達を出迎えてくれた。
「あ、やっぱりまたちょっと大きくなってる」
彼女が笑っているということは、想定内で収まってるのかな。良かった。
「もう出来てるよ。行こうマグマちゃん」
二足歩行のマグマと手を繋いで楽しそうに工房へ向かうリキュー。
一体どの大きさになるまで『ちゃん』付けで呼ぶんだろう。
この子の場合、何百歳のドラゴンでも変わらず『ちゃん』なのかもしれないな。
「やあ、いらっしゃい」
マルズは工房の前で細い丸太を荷車に積んでいるところだった。
「元気なコが柵を引っこ抜いておもちゃにしてしまってね。補修しなきゃなんだよ」
俺は牧場に放し飼いにされているドラゴンを眺めつつ質問してみた。
「前から思ってたんですけど、ドラゴンて飛べるんだからこの低さの柵は意味が無いんじゃないですか?」
「うちのドラゴン達はちゃんと自分の居場所をわきまえているから脱走なんかしないよ。これはドラゴンの為じゃなくてこの辺に住んでる野生の魔物の方への忠告なんだ。この中に入ると命が危険ですよ、っていうね」
牧場は居住区域から少し距離があって、どちらかといえば山に近い。魔物が入り込むことも少なくないんだろうな。
だからって野生の魔物がそんな意図を汲んでくれるものか?
「ドラゴンの炎で焼き入れしてから立てるから、ちょっとした魔物なら避けていくんだよ」
俺の考えていたことを聞いていたように補足が入った。マーキングみたいなものなんだろうと納得する。
「さて、付けてみようかマグマ君」
工房の中からマルズとリキューの二人がかりで鞍が運び出されてきた。
がっしりと安定性が良さそうだ。
「先にクッション材を乗せるよ」
横側へ特に厚みのあるクッションが伏せの体勢のマグマに載せられる。背中のカーブに丁度はまったように見える。そして鞍を乗せ、胴と前足の部分に回したベルトでしっかり固定する。
「どうかな、苦しくないかい? 背中は痛くない?」
「大丈夫!」
「大丈夫だそうです」
「良かった。じゃあどうぞ」
「…………」
「……乗ってみようか? ルイス君」
「! 俺か! あー……はい……」
俺はマグマにゆっくり近づきつつ、まだ踏ん切りがついてない。
決してマルズの腕を信用してないわけではない。
信用できないのはマグマの飛行技術だ。
「乗れよ!」
偉そうにマグマが急かす。偉そうに!
「『乗ってください』だろ!」
「『乗ってください』!」
「……動くなよ」
鞍のグリップを握り、足置きに足をかける。その足置きの一歩分くらい上にも足を乗せられる場所が付いていて、こっちは可動式になっているようだ。跨った時に丁度踏ん張れる位置になっていた。
「鞍の幅が広いからルイス君の成長に合わせられるように調節できるタイプも付けたよ。本来の鐙の位置に足が届くまではこっちを使ってね。位置は大丈夫?」
「大丈夫です。この握るところもすごく良いです」
「飛んでいい?」
まだ話しているのにマグマが急かす。せっかちなヤツだな!
「では飛行してみましょうか。マグマ君、ルイス君と気持ちが一つになったら飛ぶんだよ」
優しく語りかけて、マルズが距離を取る。
「えっ? えっ?」
マグマが戸惑っている。
「…………」
「えっ?」
「…………」
「……マグマ君?」
あれだけ飛びたがったマグマが飛び立たず、ギャウギャウ言ってるので皆がざわつきだした。
マルズが整備不良かともう一度傍に来て点検する。
「マグマちゃん? どうしたの?」
見守っていたリキューからも心配の声がかけられた。
マグマが体を小刻みに震えさせる。そして耐え切れずに叫んだ。
「気持ちが一つにならないー!!」
あー……飛びたくないのがバレてた。
みんなには突然挙動不審になったマグマが『ギャオオオ!!』と吠えたように見えているんだろう。
オザダがすごく慌てている。
「もー……騒ぐなよ。今までの事があるんだからしょうがないだろ、怖くて飛びたい気持ちになんかならないって」
ペチン、と首のあたりをはたく。
「全然安心! 掴まってれば落ちないから! 絶対!」
そう言ってマグマがバサバサと翼をはためかせて見せた。
「ほんとかよ…………。じゃあもし俺が落ちたらお前、ドラゴン辞めて馬になれよ?」
「?」
「わかったら『うん』て返事しろ。そしたら俺の気持ちとか関係なく飛んでも良い」
「…うん!」
絶対分かってない…………。
「すみません、こっちの問題で…今飛びます」
心配させてしまったマルズに謝罪し、姿勢を正し、気持ちを作る。
大丈夫。落ちない。大丈夫。
「…低めに飛べよ。あとあんまりスピード出すな。あと止まる時気を付けろ。あと……」
「おう! 行くぜ!!」
まだ注意事項があるのにマグマが発進した。めちゃくちゃ抗議したいところだけどそれはあとにして目の前のグリップ…前輪の部分を腕を突っ張らせるようにして力いっぱい握る。
首にしがみつくよりも風を受けるがマグマの肌と違って滑らない分、自分の握力を信じればどうにか耐えられそうだ。足もガッチリ踏ん張れる。まるで壁と壁の間を両手足突っ張って上る人になったみたいな感覚だ。
俺が何も言わないのを良いことにマグマが高度を上げる。青々とした牧草地は遥か下、飼育されているドラゴンたちもどんどん小さくなっていく。低く飛べって言ったのに!
「ルイス!」
呼びかけられた気がして、声のした右後方へ目玉だけ動かす。
リキューを乗せた大きな黒いドラゴンがすぐ横まで来ていた。
「平気? 気になるところは無い?」
「っ……へいきっっっ」
「あはははっ、凄い顔! 大丈夫だから前を向いて。その方が怖くないから」
リキューはもう少しだけ前に出て、今度はマグマに話しかけた。
「マグマちゃん、一緒に飛べて良かったね!
「おう!」
「そろそろ戻りましょうか、私の後に続いてね」
「わかった!」
嬉しそうに返事するマグマ。黒いドラゴンに続いて高度をゆっくり下げ、殆ど衝撃を感じさせない着陸をした。正直拍子抜けだった。
「おかえり」
マルズが竜具の状態を確認する。
「ありがとうございました。頑張れそうです」
「? …うん、問題なさそうだね。ではこのまま御引渡しということで」
柵の中に黒ドラゴンを戻しに行っていたリキューが戻ってくる。
「マグマちゃん、よくできました」
マグマが頭を撫でられ体を揺らす。
俺がまだ乗ってるってのに。ロデオかよ。
「このあと王都に向かうんでしょ? 気をつけてね」
「あ、ありがとう」
リキューが俺を心配してくれるとは。人間相手にも優しい一面があるんじゃないか。
「特にストレス! ドラゴンて繊細だから環境の変化で体調崩すこともあるからね」
ああ。そうだろうなとは思ってた。こういうドラゴン第一っていう筋が通ってるところは感心するよ。
「ルイスに何かあるとマグマちゃんが影響受けちゃうから。心配かけるような事しちゃだめだよ。あと、あんまり怒らない事!」
「気をつけます」
「よろしい」
そう言ってリキューは俺の頭も同じ様に撫でた。




