沼のほとり
町の南側、マグマから転がり落ちて着いたあの場所から40メートルほど沼地に近い位置までやって来た。
毒の沼。
上空から見るのとは違って視界の全部が沼になるのでとても異様な雰囲気だ。
ガララは先に宿屋へ預けてきた。
「ここにも魔物が?」
オザダにならって沼地の縁に立ってみる。ドロッとした沼の水から時折ポコ、と泡がはじけた。
「沼蛇だ。ほら」
言った傍からものすごいスピードでの1匹の沼蛇が水面を滑るように陸上の俺達に向かってくる。
「数十メートル先から生き物の臭いと体温を感知して噛みつきに来る」
陸に乗り上げ牙を向いて飛び掛かってくる蛇の頭にオザダが槍を垂直に落とした。
「水面も陸上もほぼ同じスピードで移動する。しかも殆ど音を立てないで来るから気を付けろ」
「……毒とかは?」
「ある。出血が止まらなくなる。それと……」
オザダが突然俺の前から消えた。
……と思ったら背後で槍が地面を刺す音がした。
速いな………見えなかった…。
「陸に潜んでいるヤツも多いから全方位に集中が必要だ」
「わかりました。ありがとうございます『先生』」
「! なんだ急に?!」
ガシャン、と鎧の音をさせてオザダが後ずさった。
「『先生』って呼ぶの忘れてたなーと思って。ほら、ジェイマーと決めただろ?」
「……やっぱり呼ばないでくれ。柄じゃない」
「そうか? 結構柄だと思うけどな。愛想は無いが真面目だし面倒見も良いし。話し方もそれっぽい」
「そんなことはない。俺は…初対面だとまともに会話出来ないし……愛想ないし…気は弱いし……図体はデカくて邪魔だし…」
ザクッ、ザクッと槍の穂先が土を刺す。
今の流れで自虐に入るのか。褒められ慣れていないなとは思っていたけど…自分を評価対象として見られるのはストレスになるようだ。地雷の場所が分かりづらいからこの話題はやめておこう。ちょうど沼蛇も視界の端に見えて来たことだし。
沼に向き直ると水面上を左から1、1、2、1、2、1匹。このままでは同時に陸に辿り着きそうだな。
「マグマは俺の後ろ側を見てて」
「沼からガスが出ている事があるから炎系の技は控えてくれ」
「わかった」
マグマが俺とオザダの言葉に返事をして陸地の攻撃に備える。
俺は弓を構えて沼の左端の蛇を確実に撃った後、続けて正面側まで連続で矢を放つ。
当たらなくても矢をかわしたヤツらが少しでも纏まってくれればいい。
運良くもう1匹仕留めることが出来たようで、向かってくるのはあと4匹。気にしなければいけないエリアが視界の中に収まったことで余裕ができる。そして近付いてきた事で魔石が見えたのが1匹。落ち着いて狙って一射で捕え、蛇は沼の中へ沈んでいった。
しかしもう距離が無くなってきた。武器を槍に持ち替える。
「一人でやれるか」
オザダから確認が入る。斜め後方に立っているから見えてはいないけど、雰囲気で武器を構えていないことはわかっている。
「噛まれたらさすがに助けてくれるんだよな?」
「頑張れ」
…回答になっていないような…………。
示し合わせたように3匹の沼蛇は牙を剥き出して一斉に飛び掛かってくる。
ランダムに来られたら面倒くさいが、これならまだ楽だ。槍の柄をしっかり握りしめ、体を回転させて、その勢いも乗せながら蛇をなぎ払う。
う…槍そのものも重い上に蛇も3匹だと更にずっしり来るな……。
蛇達を地面に叩きつけるように槍を振りおろし、反撃される前に絡まっているところを突く。細長くて丸みのある体に槍を刺すのはなかなか難しくてコツが要る。噛みつき攻撃に来るのを叩き落として対処しつつダメージを与えていくと次第におとなしくなってくる。
「おい、こっちも出たぞ!」
マグマが声を上げた。
「そのまま寄こしても大丈夫だ」
3匹が地面を滑るように俺の背後に迫ってきた。
つま先で地面を蹴り上げ土を浴びせて警戒に速度を落としたところを槍で絡めて放り投げ、落ちたところで頭を踏み動きを止める。こちらも抵抗しなくなるまで弱らせて、念の為に全ての蛇の首を短剣で落とした。
「どう?」
「槍の扱いにも慣れてきたな。素早い相手にもよく対応出来ていたと思う。まだ槍に振り回されている印象もあるが、それも自覚している動きをしているから問題ないだろう」
はい、先生。
「この沼蛇は皮が装備品の材料として需要があるんだ。もう少し集めてから買取店に持って行こう」
オザダはそう言って、来る前に買ってきた猪肉が挟まったパンを一つ取り出し、いくつかに千切って沼にばら撒いた。
するとすぐに遠くの水面が波立ち出した。
「オザダ…もう少しって言わなかった?」
「………頑張れ…」
今度も槍を傍らに突き刺して腕組みをし、手を貸さないことをアピールするオザダだったが、両方の手のひらが、ギュ、と鎧の脇を強く抱き締めて明らかに落ち着かない様子なのが見えたので責めるのはやめておく。
皮を売ると聞いては無駄に傷を付けたくない。出来る限り刃を入れる場所を少なく抑えるように止めを刺していくが、数が多過ぎて間に合わない。どうしても手が回らない分は仕方ないのでマグマに頭だけ残して凍らせるように指示し、後から頭を落とす流れ作業にした。
氷が溶けるまで休憩となって、その間にパンを一つずつ食べ、それから蛇の解体作業に精を出した。
皮を剥いだ肉をマグマが焼いて食べようとしたのをオザダが気づいてかなり本気で怒り、マグマがしっかりヘコむというやり取りが地道な作業による心労を和らげてくれた。
オザダと二人で夜までかかって80匹ほどの処理をし、町まで引き摺って帰って皮と肉をそれぞれの業者ヘ引き渡す。
次の日の朝、通りかかった肉屋では蛇の唐揚げの特売に行列が出来ていた。早く工房へ行きたいのにどうしても『食いたい』とマグマが頑張るので、代金と購入数を書いたメモを首から下げて一人で店に並ばせてみる。
思いのほか町の人々は状況をすんなり受け入れて、近くのベンチで待っていた俺とオザダのもとへ戻ってきたマグマは、代金分よりもちょっと多めに出来たての唐揚げが入った袋を両手と口で支えて嬉しそうに持って来た。
マグマは【おつかい】と【愛嬌】を覚えた。




