疎通テスト
工房に訪れた俺たちを迎えた父娘は、それを見るな否や狂喜乱舞した。
「マグマちゃん?! なんで?! どんだけ成長期なのよ可愛いなぁもうっ!」
「これは凄い! 早速もう一度採寸しなくちゃ」
ドラゴン至上主義者達は三日会わない間に二倍近くに大きくなったマグマの異様な成長スピードを訝しむよりも喜んで上げる方を優先する。
「どんどん格好よくなるね、マグマちゃん」
「聡明さも際立ってきたように見えますね」
「だろ?! 俺もそう思う!」
聡明さの欠片も見えない返事をしているのだが……聞こえていない二人には何か賢そうな返事をしているように聞こえているんだろう。
「もう作り始めちゃってました、よね? すみません」
マルズが早々にマグマの胴回りから測り始めている。
「ええ、でも気にしないで良いですよ。そちらはうちのコ用にしますので」
「後からもう一つ同じものを作って牧場での小さい子向けの乗竜体験に使ってみようかって言っていたのよ。……ところで」
リキューは俺の隣に来て、チラチラともう一人の来訪者を気にする。
「あの人ってこの間の人? なんか着てるものとか雰囲気とか変わったよね?」
「……別人ですけど」
さすがに体格が違いすぎると思うんだが……。ドラゴンに関わっていなさそうな人間は記憶から排除されてしまうんだろうか。
オザダはガララと一緒に草原に放されている白いドラゴンを眺めていた。
「ああ、そういえば他にも仲間がいるって言ってたもんね。あのもう一頭のドラゴンは元気?」
「マリーは乗ってた人が退魔団を辞めたので第一線からは引いて…でも自警団として見回りとかには出るみたいです」
「そっか。良かった」
リキューはホッとした顔をした。
そんなに急いで旅を辞めさせたいくらいマリーは弱っていたのだろうか。俺にはそう見えなかったけど……。
「リキューさんはドラゴンが死ぬときどうなるか知ってますか?」
「え……?」
「例えば……他のドラゴンに自分の力を継承する、とか聞いたことないですか?」
柵にもたれ掛かって首を捻り、眉をしかめるリキュー。
「んー?? 継承……継承……継承?」
「無ければ無いで」
「あ! あるある。こっち」
跳ねるように駆け出した彼女の後を追って工房の中へ入っていく。相変わらず本が散乱する部屋。リキューはそれを跳び越えて本棚から何冊か資料を引っ張り出して中を確認し、その中の一冊のあるページ俺の前に広げる。
「【世界の成り立ち】。神様が創ったこの世界に最初に生まれたのは神の子『神竜』。その神竜が命を終えるとき、五頭の竜へその神の魔力を均等に分け与えた」
大きな女性の傍らに巨大な竜。その竜の周りを五頭の小さな竜が囲んでいる。
ページを捲る。
五頭の竜が世界を表す五つの層に配置されている。
「大地を護りし『地竜』、海を護りし『水竜』、空を護りし『雷竜』、現世を護りし『火竜』、未来を護りし『魔竜』。彼らは来たるべき時に現れ、帰るべき場所へ集まるだろう」
「『だろう』…?」
「歴史書というよりは言い伝えをまとめたような本だから」
リキューから本を受け取り、そのページの前後を確認するが、ドラゴンに関する記述はその部分だけのようだった。
「作り話ってこと?」
「どうかしら。他に書かれている内容は真実味があるものも無いものも、って感じだし」
神の魔力……普通の魔力とは違うものなのか? 俺やマグマに分けられたルイスの力の継承は『神の力の継承』なのか? じゃあルイスが神竜……いやいや、あいつが神竜なんて偉大なものだったとはとても思えない。
さすがにここまで壮大な話だと、俺たちの件には関係がないだろうなぁ……。
「どうしてそんなことが知りたかったの?」
本を閉じ、リキューに返す。さっき彼女が床に放った分も拾う。
「マグマと会話できるようになっちゃって」
「え?!」
せっかく拾った本なのにリキューが受け取り損ねてまた床に落ちた。靴を履いていなければ俺は大声で泣いていたところだ。
「前に飼っていたドラゴンが死んだんですけど、そいつがマグマと俺の中に入ったみたいで。それでアイツの声が聞こえるようになって。そういうのってよくあることなのかなーって」
リキューを見上げると、無言で大口を開けて俺を見つめていた。そして、
「ッ…………お父さんっ! お父さんっ!!」
手に持っていた本を放り投げて外へ飛び出した。
マルズは既にマグマの採寸を終え、紙によくわからない式を書いて計算していた。
「どうしたんだい? 騒々しい」
「ルイスが変な事言うの! マグマちゃんと話が出来るって!」
「なんだって?! 本当なのかい?!」
「あー……まぁ…ハイ」
まずいな。予想以上の興奮状態だ。
「ねえルイス、見せてみてよ! マグマちゃんとお話、してみて!」
なんの騒ぎかとオザダも寄ってきた。ガララの耳がクルクルしている。
父娘が俺とマグマを凝視してくる。凄く気まずい。
取り敢えず見せてみるか。
「……マグマ」
「なんだ?」
「えっと、なんか話してみろ」
「なんかって何だ?」
「なんかはなんかだよ。なんかないのか」
「なんか……………腹減った!」
俺は昨日残った飛ばない鳥の焼いた肉を取り出してマグマの口に放り投げた。
「…………今ので分かります?」
「よくわからないわ」
リキューが唸った。
「ドラゴンがこちらの言うことを理解してくれるのは普通の事だし……僕らだってドラゴンが何を言いたいかはある程度推し量れるものだからねぇ……。ルイス君がマグマ君の言うことを理解しているということがわかるには………マグマ君、ちょっと頼んでも良いかい? 耳を貸して」
「なんだ?」
マルズの手招きにマグマが近づき、片耳を寄せる。
そしてその耳に両手を当て、外に漏れないように何かを伝えた。
「さぁ、いま言ったことをルイス君に教えてあげて。ルイス君はマグマ君が何を言ったかそのまま口に出してみて」
マグマがマルズを不思議そうに見て、それから俺に向き直る。
…何故か少し緊張する。
マグマが口を開けた。
「『マグマはマルズが一番好き』」
「『マグマはマルズが一番好き』……って、何を言わせてるんですか!」
どんだけマグマの事を気に入ってるんだよ。直接はギャウギャウとしか聞こえないだろうに。
「ははっ、すまない。でも正解。会話出来るって言うのは本当なんだね。」
「本当なの……? 凄い……」
「やっぱり珍しいことなんですか?」
「……そうだね。正直もの凄く羨ましいよ」
横でリキューもうんうんと頷いている。
「けど、あまり他の人には会話出来ることは言わない方が良いかもしれないね」
「どうしてですか?」
「宗教上でドラゴンは神の使いとされていることが多い。『ドラゴンがこう言っています』なんて気軽に言ってしまうと、君を預言者だとはやし立てる輩が出てこないとも限らない。逆に、『神を冒涜している』なんて勘違いをされてしまうことも出てくるだろう。退魔以外の問題を抱えたくなければ、外での会話は控えたほうが安全だと思うよ」
「なるほど…………」
マグマが捕まって神の使いだと崇められてもお供え物を要求してれば良いだけだけれど、俺まで一緒に捕まるのは困る。人々を集めて説法説いてる場合じゃないんだ。少しでも早く問題を片付けて死ぬ準備をしなきゃいけないんだから。
「わかりました。もうコイツが何を言っても返事しません」
「オイっ!」
「あはははっ、今のは私でもわかるわ。『オイ!』でしょ?」
「正解」




