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天馬を操る男

 絡み酒の客たちを店員に回収させ、俺たちは食事を手早く済ませた。

 部屋へ戻る前にフロントで紙とペンとインクを購入した。

「どうするんだ?」

「描いたほうがわかりやすいかと思って」

 部屋にはデスクがないので床に紙を広げる。

 俺とオザダは紙を挟んで向かい合って胡坐をかいて座った。

 インク壺の蓋を開け、ペン先を少しだけつける。

 床にインクをこぼさないように気を付けなければ。

 俺は紙に馬だとわかる程度の画を描く。

 そして、その背に鳥のような羽毛の翼を付け加えた。

「コレ?」

「そう。これだ。これの事を知りたいんだ」

 オザダは頷き、その紙をじっと見つめる。

「…俺の話は期待してるものとは違うかもしれないけど」

「まずは聞いてみたい」

「わかった。じゃあ、今から俺は女の子だから」

「……うん?」

「その時の自分を思い出すから。『若い女の子』だから」

「……わかった」

 私は紙に絵を描きながらその当時の事を振り返った。


 —————

 —————————

 —————


 その時私が住んでいたところは空も太陽も見ることが出来なかった場所だった。

 人間はみんな地面の下に住んでいて、地上に出ることは無かった。

 地上が明るくて暗くて季節があって風があって、今いる場所よりももっと広いことは知っていたけど誰も行こうとは思わなかった。

 地上には人間を食べる巨人族が住んでいたから…。

 私たちの祖先は、巨人族から逃れる為に地下に町を作ったの。


 地下での暮らしに不便を感じたことは無かったわ。

 魔法が無い世界だったけど、私たちの文明は発達していたから。

 外から引き込んだ水と人が作り出す光で、地下でも植物は地上と変わりなく成長していた。そのおかげで野菜も食べられたし家畜も育てられたわ。

 光を作り出してたのは魔法とは違う……雷みたいな凄いエネルギーなんだけど、その技術のおかげで重労働が減ったり時間がかかる作業が短時間で済んだり、生活はとても楽だった。

 そのおかげで地下の世界では『娯楽』が盛んだった。


 私はその時、『ゲーマー』として生活をしていたの。


 ゲーム……大きな画面に映像を映し出して、自分の分身みたいなものを操作して敵を倒したり対戦相手を負かしたり、そういうのを他の人たちに見てもらって楽しんでもらう仕事……だったんだけど、この世界で例えると………なんだろう。いないかも。遊び方を見せて、腕を競って、みんなに喜んで貰って報酬をもらうの。そういうのが仕事になるくらい平和なところだったのよ。


 その世界でのペガサスは空想生物っていう認識で、大抵の人は知ってたと思う。

 おとぎ話とかお芝居とかにもよく登場するし。

 もとはどこか別の国の神話に出てくるって聞いたことがある気がするけど、詳しいところは分からない。


 私がプレイしていたゲームの中に『ペガサスⅢ』っていう名前の対戦シューティングが……どんどん敵が出てくるのをペガサスが魔法みたいな攻撃で倒していって点数を競うやつがあって、それが凄く流行したの。国中からそのゲームを好きな人が集まって、壮絶な勝ち抜き戦が繰り広げられたわ。そして当然私は決勝まで勝ち残った。私はプロだからそれなりに有名だったんだけど、相手はそういうイベントでは今まで見たことのなかった人だった。年はきっと私より上の男の人で、何か仕事をしているって言っていて……それは忘れちゃったけど、その人に私は圧倒的な差で敗北したの。

 いま思い出しても彼の『ペガサス捌き』はまるで神の技だったわ。私の操作とはまるで違って、彼のペガサスは夜空を生き生きと自由に飛んでいた。本当に生きているみたいだったわ。


 —————

 —————————

 —————


「っていう話なんだけど」

「……」

 オザダは話の最中に俺が描いた地下の町やゲーム大会の様子の絵を一つ一つ見ていく。

「何か役に立ちそう?」

「よくわからないんだが…」

「だよね。こことはまるで違う世界だったし」

 魔法も魔物もなくて地面の下に住んでて遊んで暮らしてた、なんて話をいきなり聞いても何が何だかだよな。

「そうじゃなくて」

「え?」

「なぜだかわからないんだが、今の話に全く違和感を感じない。例えば…」

 オザダが絵を指さしていく。

「この大きな画面の上に描いた波型の線は金色の龍」

 そうだ。スポンサーの企業のマスコットキャラクターが乗っていた。

「このペガサスは白と薄い水色」

 そうだ。1Pと2Pでは色が変わるんだ。

「このトロフィーの先に付いているのはペガサスではなくこっちと同じ龍」

 そうだ、間違えた。どうせならペガサス付ければ良いのにって俺が思ってただけだった。

「それと、この少女はとても可愛い」

 そう……だったろうか。それは俺なんだが……。

「そんな気がするんだ」

 もしかしたら、これは、そうなんじゃないだろうか。

 俺が、ずっと探してた人。

 俺と同じ世界を知っている人。

 俺と同じ境遇の人。

 悩みを共有できる相手。

「それは…前世の記憶だよな、オザダ」

 しかしオザダの反応は鈍い。

「分からない……俺のはお前みたいにはっきりした思い出じゃないんだ。ただ昔から、羽の生えた馬に乗っている夢をよく見ていただけで…」

「……乗ってるのか」

「子供の頃は毎晩のように見ていた。夢と現実が分からなくなって周りの子供たちに『馬に乗って空を飛んだ』と言ったらホラ吹きだと避けられることになったりもした。それでもあの生き物が存在しないとは思えなかった。だからあれが何なのか、俺と何か関係があるのかをずっと知りたかった」

 ゲームをやり込みすぎると夢に出てくるのはよくある話だ。

 前世の記憶を夢で見るのも、俺の中では珍しいことではない。


 もしオザダがあのときの神プレイヤーだったとして、この世でまた出会ったことになにか意味があるのか?


 あの世界になにか意味があったのか?


「その地下都市に行けば、手掛かりがあるだろうか。…俺も、前世を思い出せるだろうか」

 それは……

「…ルイス?」

「それは無理だ。行けないから」

 願っても、それは叶わない。

「その町はもう、壊滅した」


 思い出す。

 圧倒的な自然の驚異。

 突き上げてくる振動、割れる岩の地面と壁、吹き出す高温の水蒸気、爆風、熱い赤…………。

 あの一瞬は、全員に等しく一瞬だっただろう。


「多分、助かった人はいなかったと思う」

「…そうか」

「うん、ごめん」

「どうしてお前が謝るんだ?」

「なんか、なんとなく」

 中途半端な情報だけで、余計に混乱させてしまっただろう。

「大丈夫だ。ありがとう。俺こそ済まなかった」

「どうしてお前が謝るんだ?」

「思い出したくないことまで思い出させてしまった」

 俺は今、どんな顔をしているんだろう。どうしてオザダは俺の頭を撫でているんだろう。



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