氷のマグマ
「マグマって!!」
「聞こえてるって」
俺の身体を牙が貫く前に、恐らくそれと同等の痛みが俺の横腹に走った。
頭突きの衝撃で吹き飛ばされ、地面を擦って転がった。
「うぐ………オマエ…」
普通飼い主を頭突きで吹っ飛ばすか?
「助かったんだから睨むなよ!」
獲物を噛み損ねた虫は、邪魔をしたマグマを威嚇するように上半身が持ち上がる。
その挑戦的な仕草にマグマが激高する。
「燃やす!」
「だからダメだって!」
「じゃあどうすれば良いんだよ!」
そう言っている間にも虫はマグマに襲い掛かる。
マグマは後ろに回って頭部に頭突きを入れたがやはりあまり効いていないようだ。
「…あ、あれは出来ないのか?! マリーがやってた吹雪のブレス!」
「吹雪……?」
飛び続けながら少し考えて、マグマは口から白い息を吐いた。
「いける! 得意! 凍らせれば良いんだな!」
「違う違う! それを足元だけに吹き付けろ! 動けなくするんだ!」
「わかった!」
マグマは虫の顔に吹雪を一息吹き、たじろいでいる隙に移動して尾に近い方から念入りに足元を凍らせていく。
虫は徐々に地面へ貼り付けられ、身動きが取れなくなった。
「お前ホント凄いな。試せばもっと色々出来るんじゃないか?」
俺は安心して虫に近づき、衰弱具合を見ながら所々に剣を入れていく。
「そうか? …そうかも!」
マグマはご機嫌だ。褒めると素直に受け取るところは変わらない。喋るようになって可愛げは無くなったが意思疎通は楽になったな。これからももっとどんどん使ってやろう。
枝道の向こうからズルズルと引きずる音が近づいてきた。
オザダがこちらと同じくらいの大きさの虫の頭にロープを付けて引っ張って来ている。
「待たせてすまない。生け捕りは加減が難しい」
「俺また死ぬとこだったんけど」
「そうか? ……そうでもなさそうだ」
俺を見て、生存を確認して、オザダの注意はすぐに虫に移ってしまう。
なんとなく退魔の時のオザダは少し冷たい気がする。スパルタ寄りの教育方針なんだろうか。
あ、いまこっちをチラッと見た。
気にしてない訳じゃない感じか?
これは……ジェイマー達が何か吹き込んでる可能性も有るな……。
泣いて縋ってくるまではまだ余裕があるから手を貸すな、とか。すぐに助けたら成長を邪魔するだけだぞ、とか。
あとは、ホントに生まれ変わるのか一回死なせてみろ、とか? これはメルシア辺りが言いそうだよな。
「凍らせるとは考えたな。こっちも頼めないか」
活躍を褒められて上機嫌なマグマは望まれるままにもう一匹の虫の足も凍らせていく。
その間にオザダはまだ処置をしていない方に麻痺効果のあるスピアを頭部に一刺しした。
マグマが仕事を終えるとオザダは大きめの槍で地面に張り付いた二匹の足を根元からザクザクと全て切り離し、首のあたりと、もう一匹の方の尾に近い位置にも穴をあけて、最後に二匹をロープで繋げて完成だ。
「これは『倉庫』に入らないのか?」
「衰弱している今なら入ると思うが…正直、入れたくない」
「ああ……そうだよな」
俺も。
「じゃあ町に戻ろうか」
そう言ってオザダは涼しい顔で巨大な虫二匹を引きずって洞窟の外へ向かった。
戦いが終わった跡には、何十本もの虫の足が氷に固定されて立っていた。
今もなかなかだけど、氷が溶けた後も目にしたくない光景になることだろう。
洞窟を出た所で呼び戻されたガララは、オザダと俺を乗せて虫を引き摺り町に向かって駆ける。この光景は是非俯瞰で見てみたかった。…とは言ってもマグマには乗らないが。
フルフラートの町へ戻ってきた。北口は唯一、町に繫がっている陸路があるため旅人や行商が行き交っている。彼らが二度見…三度見するほどの隊列でやって来た俺達は当然そのままでは町の中に入ることが出来ないので、買取専門店を呼んできて引き取ってもらう。担当者が肩に掛けていたカバンから虫が入るサイズの瓶を2本取り出し、オザダがそれに詰め込んで無事引き渡し完了だ。
そして、思っていたよりも安価だったことに驚いた。
「苦労に見合ってない気がする」
「自分のレベルに合ってる仕事だとそう思わなくなる」
相手が強いと感じれば自分の力不足、弱すぎると感じればもう先へ進めという事か。
宿屋で一部屋確保し、荷物を運び込む。もうマグマは建物内に入れられるサイズを超えてしまって竜舎で過ごすことになった。
「明日竜具を頼んでる工房に行っても良いか? マグマの成長が早すぎてサイズが合わなくなりそうだ」
「わかった。俺も付き合おう」
一階の酒場は今日も賑わっている。俺たち以外は皆陽気に酒を楽しんでいるようだ。勝手にテーブルを寄せて踊り出している人達までいる。
「今日は飲まないのか?」
「それほど好きというわけじゃないからな。お前は?」
「その時の境遇によって、って感じだな。寒い地域だと温めた葡萄酒が美味かったり、せっかく酒造で有名な街に生まれても体質が受け付けなかったり」
「生まれ変わると体質が変わるのか」
「何もかも変わるさ。髪の色も目の色も性別も国も時代も」
「……聞いてもいいか?」
オザダが遠慮がちに切り出した。
「なんだ? わかる事なら大丈夫だけど」
じゃあ、とナイフとフォークを手放し姿勢を正した。
「空を飛ぶ馬を見たことは無いか?」
「ペガサスの事か?」
「ペガサス……というのか? 知ってるということは、どこかの世界にはいるんだな?!」
食いつきが凄いな。
「いや、実在するかどうかは……もしいるとしたら、この世界が一番可能性があると思うけど」
「……この世界にはいないと思う。これまで行った先でどんな文献を読んでもそんな魔物が出てくることは無いんだ」
「ずっと探してるのか?」
「そうだ。ずっと探している。少しでも情報が欲しいんだ。すまないがルイスが知っているペガサスについて教えてくれないか」
「……わかった」
こんなに人の目をまっすぐ見るオザダは始めてだ。
「お兄ちゃん飲んでるか~?」
「おいおい他の客にちょっかいを出すんじゃないよ~」
「ボクいくつ~? デザート食べる~?」
……この真剣な相手と会話するには、この店はあまりに賑やかすぎる。




