王都ハルクデリウム
朝食を終え、俺とアレクシスはエマルダの転送魔法を受けた。昨日の手紙のように足が地面から浮き、光に包まれる。
転送されるのは初めてで、足が浮いた瞬間アレクシスが手を握ってくれたのはありがたかった。
「いってらっしゃいルイス」
エマルダが微笑んで手を振る。
「いってき…」
答えおわる前に視界に映っていた母は見えなくなった。ほんの一瞬だけ真っ暗な空間を感じ、パチリと瞬きしたら次に見えたのは真っ白な高い壁だった。
「ついたぞルイス、この向こうが王都ハルクデリウムだ。…どうした?」
「いってきます言えなかった」
「ハハハッ、ただいまはちゃんと言おうな」
「うん」
俺たちは手をつないだまま町へ入るための門に近づいた。
門の前に敷かれている魔法陣の模様に組まれた石畳の中心に一人ずつ立たされる。
魔物が人間に変化していると、ここで反応するとの事だった。
「はい、お待たせ。どうぞ~」
何人かがチェックを受けた後、門番が重そうに重そうな音がする扉を開けて中に通してくれる。
その先に広がる街並みに俺は息をのんだ。そして、
「おお…」
と思わず年寄じみた感嘆をもらしてしまったが、人々の活気にかき消されて父の耳には届かなかったらしい。
壁の内側をぐるりと這わせた道には、これまた道に沿って様々な露店が並んでいて村の祭りと同じくらい賑わっている。
その中の一軒の店主が俺たちの方に手を上げて何か叫んでいる。するとすぐ後に入ってきた男が俺たちを抜いて足早にその店に近寄っていく。
その男が背負っていた大きな荷物を降ろすと、すぐに周りに人が集まった。もう、何を売っている店なのかも見えないくらいに。
正面にはまっすぐのびた大通り。多分町の中心だろうというところにひと際高い建造物…王城が鎮座していた。
「父さんたちはあの城の下にあるでっかい王宮っていう建物で働いていたんだぞ。すごいだろう?」
「うん! すごい!」
王宮の豪華さと自分の経歴のどちらに称賛を求めたのか分からなかったが、すごいことは確かだ。
王城もさることながら、王宮と呼ばれた建物もまた存在感があった。
遠いので全貌が分からないが、街を囲む白壁のように、王宮が王城を囲んでいるようだ。
それだけではない。この街は施設も住居も店舗も、舗装も街路灯も、見える場所全てに手をかけていることが見て取れて、その美しさに感動してしまう。
何せ俺はこの世界では僻地の農民で、こんな大都市には来たことが無かった。
今も、大きな建物といえばサイロくらいしかないところで過ごしている。
同じ時代でもこんな場所があったとは。
入場を許可された全員が入り切ったところで、背後で重そうな音を立てて扉が閉まった。
「さて行こう。先読みのグレイスの店はこのすぐ近くだ」
俺たちは大通りを進んだ。
大通りに面している建物も、ほとんどが店だ。
露店は食品や日用品が多いのに比べて、こちらは工房が併設されている食器店や服飾店、退魔師用の防具の店が並んでいる。
大きい街だけあって、目につく大きい通りに面した場所には商業施設、中の方は居住エリアと決められているのかもしれない。
歩いていくと、他より階数の多い建物が目立つようになる。宿屋のエリアなのだろう。ふと見上げると人を乗せたドラゴンが上空でしばらくホバリングし、静かに高度を下げて建物裏に消えた。奥は馬舎と竜舎のようだ。
宿屋の周りには酒場や食堂が並び、退魔師や観光客や商人等、様々な出で立ちの人々が行き交っている。
さすが、国の中心だ。
「ここだ」
銀色の鎧が眩しい戦士とすれ違ったところでアレクシスが足を止めた。
カラフルなドライフラワーを瓶に詰めた土産物を置いている店とカラフルな宝飾用の石を揃えた店の間の狭い間口に透明な壁。ガラスだろうか。
壁の中心、大人の胸元の高さ辺りに磨り加工で薔薇の花が白く浮いている。
アレクシスはグレイスから届いたカードを胸ポケットから取り出し、カードの隅に描かれた同じ花の図柄の部分を壁の模様に合わせた。
透明な壁が瞬間的にかすかに光り、それが消えると同時に壁も消えた。
「入るぞ」
手を引かれて壁のあった向こう側に足を踏み入れる。数歩先に下に伸びる階段があった。数段ごとに足元の高さに弱い灯りが灯っている。
子供には蹴り上げが高そうだ。
「危ないからおいで」
アレクシスもそれに気づいて俺を抱き上げようとしたが、拒否した。
「大丈夫だよ、一人で行けるから」
俺は後ろ向きになって一段ずつ降りて見せる。
「どこでそんな降り方覚えたんだ? ウチには階段がないのに」
「…わかんない。どっかで見た」
長く生きてるから、とは言えないので降りるのに夢中なような素振りで誤魔化してさっさと下まで降りていく。
申し訳ないが、インドア派な父の身体能力は信用しきれない。自分ももう赤ん坊ではないのでそれなりに成長し体重もあるのだ。俺を抱えたまま途中で躓かれでもしたら…。
地下室の床までたどり着き、振り返るとそこがもう目的の部屋だった。