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さよなら姐さん

 その晩、ロロックの家…元は俺の家…に場所を移して親子の話し合いは続いたそうだ。俺は早く寝ろと布団に押し込まれ、オザダは結構遅くまでアレクシスの酒に付き合わされていた。


 そして翌朝。

 焼いたベーコンの食欲を起こす香りに目が覚める。

 オザダはまだ寝ていたので起こさないように跨いで部屋を出る。

 居たのはアレクシスとエマルダ。

「……おはよう。ねぇ、二人は?」

「おはようルイス。二人はロロック様の家だ。向こうで暮らすらしいよ」

 アレクシスがミルクを片手に教えてくれた。そうか、向こうで夫婦水入らずで…………暮らす?

「おばあちゃんも? え? 旅は? 退魔は?」

「あー、…どうなんだっけ?」

「そういえば話してないわねぇ。後でうちから荷物運ぶみたいだからその時に聞いてみたら?」

 ………まずい。まずいな。山で暮らす云々はロロックに発破をかけるために大袈裟に言ったものだと思っていたけど……本気っぽい。

 俺の事を預かって育てる件はどうなってるんだろう。まだ全然今後の事について教えてもらっていないのに。ここまで凄く『利用されてる感』しか感じていないのに……。


 呆然としていると玄関ドアがノックされた。シェマだった。

「昨日は皆さんありがとうございました。…あ、すみません。お食事中でしたか」

「気にしないで。それで、何かあったの?」

 ベーコンとサラダが待ち構えている木のプレートへ最後に目玉焼きが載せられ、アレクシスの前に差し出される。

「ルイスとちょっとお話が……出発は今日なの?」

「うーん…多分? おかあさん、竜舎で話したいんだけど朝ごはん持って行っても良い?」

「良いけど落とさないでね」

 アレクシスと同じメニューのプレートに更にロールパンを積んで右手に、ミルクの入ったコップを左手に持つ。

 歩き出してみるとロールパンの安定がよろしくない。

 仕方ないのでパンをがぶりと咥えて家を出た。

「器用だな」

 シェマに笑われたが返す言葉は今は出せない。


 竜舎からマグマが出てきた。

「俺の飯?」

「っ……んーっ!!!」

 違うと答える前にマグマが目玉焼きをサラダごとペロリと腹に入れてしまった。慌てて皿を引っ込める。なんとかベーコンは無事だ。

「ん? それも俺にか?」

 顔の真ん前で大きく開くマグマの口。バクっと俺の唇スレスレで閉じ、ロールパンは消え去った。

「マグマ、それはルイスのごはんよ」

「え? なんだ、早く言えよ。食っちゃったじゃん」

 次はミルクを狙っていたマグマだが、一気に興味を無くしてマリーの傍に戻っていった。

 マリーがマグマにひと鳴きしたが、何を言ったかは分からない。

 俺は口の中に残っていたパンの欠片を飲み込み、死守したベーコンをまるごと口の中に確保し、よく味わって食べた。

「足りないでしょ? うちから少し持って来ましょうか」

「帰ってから食べるから大丈夫。それよりマグマのことなんだけど」

「マグマがどうかしたの?」

 隅に置かれた藁の山に腰を下ろすシェマを真似する。

「ドラゴンの言っている言葉がわからないようにする方法を知らないか?」

「え?」

 その言葉の意味が分からない、という顔をするシェマを見て、望みが薄いことを察知した。


「羨ましいわ。私もマリーと話せたらいいのに」

「代わりたいよ」

 シェマに経緯を説明したものの、やはり手掛かりは無かった。このままなんだろうなぁ………。

 マリーは静かに目を閉じていた。マグマはそこに寄り添っている。

「また旅に出てもマリーさんがいないとあいつ、寂しがるだろうなぁ」

「最初はそうかもね。でも新しい竜騎士も見つかるだろうし。話し相手にはルイスもいるし?」

「それが面倒なんだって…。シェマはこのまま専業主婦になるのか?」

「それね、ハーリーさんからの提案なんだけど、この地域の自警団に入れてもらったらどうかって」

「へぇ」

「実はマリーはもう現役は厳しい歳なんだけど、たまには空を飛びたいだろうし…私もね、この力が役に立つならその方が良いかなって」

 この村を含めた数か所の町村で作っている自警団は定期的に各地を回り、魔物が入り込むのを防いでいる。元退魔師や、学校は出るだけ出たが実家の家業を継ぐために戻ってきた若者達が集まっているのだが、現在リュゼには自警団メンバーがいないので、シェマが村を中心に活動してくれるなら人々も安心を得られるだろう。

「うん、良いと思う。そっか、マリーさんって400歳くらいなんだっけ?」

「そうだけど、どうして知ってるの?」

「フルフラートのリキューが言ってたんだ。見ればドラゴンの年齢がわかるんだって」

「あのドラゴンが好きな女の子……ああいう子なら何か知ってるかもしれないわね」

「あー、そうか。あの子が駄目でも父親もいるしな……行った時に相談してみるよ。詳しく調べるために解剖したりとかもありそうだけど」

「それはちゃんと拒否するのよ!」


「ルイス」

 竜舎の入り口にオザダが立っていた。

「メルシア様が来た」

「わかった。すぐ行く」

 俺はオザダに返事をして、マリーに近づく。

「マリーさん」

 マリーは片目を開けた。

「今までマグマの事とか、色々ありがとう。行ってきます」

 マリーはグルルル、と喉を鳴らした。

「マグマ、もう出発だからお前もちゃんと挨拶しろよ」

 腹の辺りにくっついているマグマを呼ぶ。さっきまで元気だったくせに、マグマは気を落としているようだ。歩き方に元気がない。

「……どうした」

「姐さんと別れたくない」

 声まで元気がない。相当慕っていたから無理もないか。

「残るか?」

「……そんなわけ行かねぇだろ。ルイスには俺が付いててやらなきゃダメなんだから」

 マグマはマリーの前に立ち、

「姐さん、どうもありがとうございました! 俺、ぜったい姐さんみたいな強くてカッコいいドラゴンになるから!」

 と力いっぱい叫んだ。

 その声に両目を開けたマリーが口を開け、マグマを半分以上咥えた。

「あ」

「あら」

 べちゃ、と落とされたマグマ。

「ガァウ!」

 マリーがひと吠えする。

「……なんて?」

 べちょべちょのマグマが弱った声で答えた。

「うるさいから早く行けって………」

「うん、じゃあ行こうか」

 マリーのアレは愛情表現でもあるようだ。

 俺も経験出来たということはそれなりに慕ってもらえてたんだな。


「良いかい? 行くよ」

 道に出るとメルシアが待っていた。俺とオザダの荷物ももう家から運び出されている。

「おばあちゃんの荷物は?」

「あたしはその辺まで飛ばすだけ。もう旅には同行しない」

 くそ、やっぱりか。

「じゃあこれからどうするかとかはっ………その…」

 この場で全部確認したいところだけど両親が見送りに出てきてしまっているので細かく問いただせない。

「そうだねぇ…じゃあ半月後の王都に顔を出すわよ。ロディ達にもそこで抜けることを伝えるから」

 そこはもっと早く教えるべきなのでは……。色々責任感無いなこの人。気付いてたけど。

「今はせいぜい強くなりなさい」

「……はい」

 オザダが繋いでいたガララを連れてきて荷物を積む。準備完了だ。

「ルイス、怪我と病気には気を付けるのよ」

「また皆さんも連れて帰ってこい」

「うん、行ってきます」

 たった数日ぶりの旅立ちなので今回はかなりあっさりしている。

 近場をうろついてすぐ帰って来るレベルだと認定されたのかもしれないな。

「じゃあ、うちの孫を頼んだよ」

「承知しました」

 オザダがメルシアに頷き、見送りの人たちへも一礼する。

 メルシアが転送魔法の本を広げ、光の中の俺たちを機嫌良さそうな顔で見送った。

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