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再構築

 俺の娘はとても可愛らしい女の子で『俺はこの子を守らなくては』と思った。皆には悪いが解散して、田舎でゆっくり三人で暮らそうと。それなのにメルシアは、列島の魔物討伐に戻ろうと言ってきた。子供はブラウンが見てくれることになったから大丈夫だ、と。ブラウンは幾らか元気を取り戻して来たものの、独りにさせるには不安があったという。それでも赤ん坊の世話を手伝ってもらうと途端にやる気を見せ、笑顔も出るのだと。飛行船に乗っていれば乗務員の目も届くし自分も戦いに出られるから、と。俺は悩んだが、悪い話ではない気がしてメルシアの提案を受け入れた。


 列島の討伐依頼を終えた後も飛行船との契約をそのまま続行し、俺たちは空を移動する旅を続けた。飛行船の上でエマルダはすくすく成長していった。魔物討伐に出ている間はブラウンが世話をし、戻ればメルシアが世話をした。……俺もその時は大抵傍にいたんだけど、君の眼には映っていなかったんだろうね。気づいたら君はブラウンの事を『パパ』と呼んでいたよ。彼も本当は父親になるはずだった男だ。君を本当の娘のように思っていたんだろう。

 君が伝い歩き出来るようになった頃。俺とメルシアが二人きりでいるところを見た君がとても泣いたんだ。メルシアがあやしたら泣き止んで、でも俺を見たら泣き出して。それからは何故か俺がそのとき着ていたような鎧姿の人を見るだけで泣くようになってしまって、飛行船内では鎧で歩き回るのは禁止というルールが出来た程だった。


 2年が経って、君の俺に対する警戒心が解けないことをいよいよ深刻に考え始めて、俺たちは一旦ブラウンから遠ざけることにした。退魔団のメンバーで交代制にしようと決めて、船に一人残るようにみんなが協力してくれたんだ。グレイスとお絵描きを楽しんだり、ジェイコフとかけっこしたり、ワフが作ったおもちゃで遊んだり、それぞれと楽しく過ごしていたそうだ。そして俺の順番になった時、君からの拒絶に俺は心が折れてしまった。抱かせてもくれず、触ると逃げられ、話しかけたら耳を塞がれ『パパ』と泣き叫ばれて……『俺がパパだよ』って言うと『違う』ってね。あんまり泣くもんだからブラウンが様子を見に来て、それを見つけた途端に君は泣き止んで…。


 それから1年くらいして、飛行船に魔物が衝突する事故が起きた。破損が酷くて修理に何週間もかかるとわかり、飛行船の人たちとは一旦分かれることになった。陸路の移動に子供を連れて行くのは不安があった。俺たちが相手をする魔物は弱くはない。

 そこで俺は、エマルダをブラウンに預けることにした。

 メルシアは反対したが、自分が残るとまでは言わなかった。

 ブラウンは喜んで引き受けてくれた。君も彼の腕の中で笑っていた。

 時折転送で様子を見に行くメルシアに俺もついて行ったことがあったけど、いくら他の二人が俺を父親だと教えても、君の認識を変えることは出来なかった。

 そんなある日、ブラウンが言い出したんだ。

『このままエマルダを自分の子供として引き取りたい』と。


 受け入れてしまった。君が幸せな顔を見せるのはいつだって彼の前でだった。

 俺には家がない。彼には家がある。君の為になることは何かと考えたら、俺は一体でも多くの魔物を倒し、君に近づけさせない事なんじゃないかと思った。

 そしてブラウンに君を託す条件を出したんだ。

 母親はメルシア以外は認めない、と。


 —————

 —————————

 —————


「全部俺の甲斐性が無かったせいなんだ。メルシアは…君のお母さんは悪くないんだよ。」

「いや、あたしが魔物討伐を辞めなかったからだ」

 ロロックの話の最中、エマルダが口を挟むことは無かった。

 幼少期の出来事とはいえ、もしかすると所々で思い当たる事があったのかもしれない。

「その後君がブラウンと飛行船で生活していた時、メルシアは頻繁に会いに行ったが俺は行かなかった。帰ってきた彼女から君の成長を聞くだけで満足していた。もう会わないつもりだった」

「……でも、来たじゃない」

「……そうだね。それが君を傷つけた」

 エマルダの声は震えていた。緊張しているようだ。

「退魔業を引退して、あたしはここに村が出来始めたと聞いて魔法書店を開いた。ここはね、ブラウンの家があった場所なんだよ。それに、あんたが生まれた場所だ」

 メルシアがいつもより穏やかな声で話し始めた。

 椅子の脚が床をする音と足音。ドアの隙間からそっと様子を見るとメルシアが写真立てを手にしていた。裏の留め具を外すと中の写真を…二枚抜き取った。そして再び席へ戻り、父と娘の写真の下に隠されていたもう一枚の方をエマルダの前に差し出した。

「ブラウンとあたしの仲があまり良くないのは、あたしが外に出ているせいだと思っていただろうけど、そもそもあたしたちの間に愛は無かったの。ブラウンは死ぬまで本当の奥さんを愛していたしね。あたしたちの共通項は『エマルダを愛している』ことだけだったんだ」

 エマルダは黙って写真を見つめている。

「ロロックがここに顔を見せた時の事を覚えているね?

 最初はブラウンの葬儀の時。あたしたちを心配して様子を見に来てくれたのを、あんたはロロックがあたしの浮気相手だと思って睨みつけた。

 次はあんたが魔法学校に入る前の日。何年会えなくなるか分からないからどうしても一目見たくて来たこの人を、あんたは無視して行ってしまった。

 三度目はあんたが学校を卒業したのを報告に来た時。知らないだろうが、この人、あたしに隠匿と飛行の魔法を使わせて学校からあんたが出てくるところからこの村までずっと、乗ってたドラゴンを追いかけさせてたんだよ。…先回りする為に追い越した後でドラゴンに加速魔法かけるなんて思いもしなくて、丁度隠匿を解除したところに鉢合わせしちゃってあんたはそのまま王都にとんぼ返り」

「……」

「その三度きりだよ。あたしもあんたも、この家に来てからこの人と会ったのは。正確に言うなら、この人が会いたかったのはあたしじゃなくてあんただったんだよ、エマルダ。」

「もしかしたら受け入れてもらえるかなと思って…その度に君に嫌われてしまったけど……」

 申し訳なさそうに説明するロロックに、気まずさを感じたように俯くエマルダ。

「そりゃ、だって、そうでしょ、……そんなこと知らなかったんだもの」

「あたしが話しかければ無視、学校や職場へ面会に行けば何所かに隠れて、手紙も何度か出したけど読んでないだろ?」

「……」

「いい加減大人になってもらえないか。……いや、違うな」

 メルシアがロロックの手を掴み、自分のと一緒に手のひらを上にしてエマルダへ差し出した。

「今日からでいい。親子になってほしい」

「っ……」

 エマルダは言葉を詰まらせ、躊躇っていた。長年の蟠りがここで終わるべきなのかどうなのか判断しきれないのだろう。どんな諍いでも和解のタイミングは何度かあるものだ。でも、きっかけがあるだけでは動けないことも多い。

 後押し。第三者の。それは俺か?…いや。

「エマルダ」

「……あなた…」

「親子の問題は俺も偉そうには言えないが…ルイスがいる今の俺たちには、もう親の気持ちは分かるはずだ」

 アレクシスが俺を呼ぶように手を伸ばす。

 ドアの隙間に大人たちの注意が集まるのを感じて俺は子供らしくアレクシスの腕に受け止められに行く。エマルダが俺を見て、大きく息を吸い、ゆっくり口から抜いた。

「私にとって、パパは飛行船乗りのパパだけなの。それは譲れない」

 まっすぐ見つめてそう言われたロロックは悲しい顔を隠せなかった。

「でも」

 エマルダの両手が二人の手に重ねられた。

「『お父さん』でも良いなら、そう呼ばせて欲しいです」

「っ……」

 ロロックが握られていない方の手で口元を抑えて涙を流した。メルシアが落ち着かせるように背中をさすったが、逆効果だった。

「ありがとうエマルダ、この人当分喋れないから二人分感謝するよ。本当に、今まですまなかった」

「……そうね、お母さんが根気よくちゃんと説明してくれてたらもっと早く解決してたのに。……あの…大丈夫?」

「ぅ…ぅう…っ、んぅ…」

 ロロックの嗚咽が止まらない。

「大丈夫。この人、信じられないくらい気持ちが小さいだけだから。強く当たれるのは魔物相手にだけなの」

「ふふっ、そうなのね」

 思わず笑ってしまったエマルダに誘われ、皆の顔に笑みが零れた。


 一番最後まで泣き声を上げていたのは俺の部屋の隅で布団を頭から被った大柄な男だった。


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