前夜
細かい作業が得意なフィリーア様は小さなハサミで次々と下処理を済ませ、一気にユリの花を摘み取っていく。
そしてフィリーア様の10分の1も進んでいないササはもう飽きてしまっているのが見て取れた。
なぜか鼻歌を歌いながら見つけたキノコに【発火】を施し、マグマに食べさせている。
「早くしないと暗くなってくるよ姫」
「だってーむずかしいー」
「もー…メルシアは何でこの人選をしたんだろう? 全く役に立ってないよね姫」
「帰りに飛べるからよ」
淡々と作業をこなしながらフィリーア様が答える。
「そっか、ごめん姫。姫は転送する為だけに来てくれたんだね。姫に期待しすぎてたよ姫」
「ぶぅー。ルイス君が冷たいー」
実際の所は俺とフィリーア様とでもう少しやれば間に合いそうだというのが全員わかっていたので、険悪な空気にはならない。
黙々と作業しなければならない体への、気晴らしみたいな会話だ。
「冷たいと言えば、メルシアってロディに結構強めに発言してるみたいだけど大丈夫なのか?」
「メルシア様は特別だよー。相当頼みこんで仲間に入ってもらったからねー」
「そうなの? 私が入る前だから知らなかったわ」
フィリーア様が好奇心に負けて手を止めてしまった。この話題は良くなかったか…でも俺も聞きたいし仕方ない。
「二人でこの村に来てー、仲間に入ってくれるまで何日も粘ったんだよー。大変だったなー」
俺の生まれる前…両親が王宮で働いていた頃か。
喜んで誘いを受けていたとばっかり思っていたが、違うみたいだな。
「姫が一番最初にこの退魔団に入ったのか?」
「そうよー。幼馴染のお願いは断れなかったみたいー」
「…ん? みたいって……?」
他人事か?
「あたしがロディに勇者になればー、って言ったのー」
「えっ、そうだったの? じゃあ姫はロディとずっと一緒なのね」
「そうよー」
「だったらさ、ロディが一人で寝られない理由も知ってたりするのか?」
「……」
俺がその質問を投げ掛けた途端に、ササの表情が険しくなった。
「……知ってるけどー、知ってほしくないわー」
視線をそらすように、花摘みの作業に戻る。
「…そう……」
踏み込むな、とササが纏っている空気が訴えている。
そんなにうまくは行かないか。理由がわかれば対処法も見つかるかと思ったが。
ササが遊んでくれなくなり、マグマは自分で火を吐いて焼きキノコを食べ始めた。
誰も喋らず、ユリの雄しべを切り落とす音だけが聞こえる。
そんな沈黙が暫く続き、最初に耐え切れなくなったのはササだった。
「期待させちゃってごめんねー。何でも言っちゃいそうだったでしょーあたしー」
ごまかすように明るく振る舞うササだが、元通りには程遠くてぎこちない。
「ほんとだよ。一瞬見えた光明がどっか行っちゃったよ」
それに気づかないように軽口で合わせる。
「とりあえず、今日は添い寝の心配がなくて良かったねルイス」
「え? ロディは今日戻らないのか?」
「実家に行くならそのまま泊まるんじゃない? きっとメルシア様もそのつもりで行かせたんだと思うし」
! そうか、ロディを毎晩転送で実家へ送ってやれば……性格悪すぎるか?
「ロディはお家ではねー、40匹の犬と一緒に寝るのよー」
「は?! 40?!」
ササが何を驚いているんだ、という顔をしているが俺の反応は間違っていないはずだ。
ほら、フィリーア様も目を丸くしているじゃないか。
「それってみんな一緒に寝られるほど大きい大きいベッドがあるってこと? さすがお金持ち……」
気になるのはそこなのか……
「なんでそんなにいっぱい飼ってるんだ?」
「最初は4匹だったんだけどねー、毎年子犬が産まれるからー。知り合いにあげたりもするみたいだけどどうしても増えちゃうんだってー」
最初の段階でちょっと多い気がするが…
「もしかしたらまた増えてるかもしれないわねー」
「そのうちの何匹かでも旅に連れていければなぁ」
「犬かぁ…ちょっと弱いよね」
「フィリーア様のアイテムで強く出来たりしないんですか?」
「魔物を強く、かぁ……。甕で能力の最大値を増やす人間と違って、魔物の強さは持って生まれた魔石の質だからなぁ…」
「質……? 魔物の魔石ってみんな一緒じゃないのか?」
初めて聞いた。魔石の大きさで強さが違うと思ってたのに…質?
「種別ごとにみんな違うのよ。色や大きさ、強度とか魔力蓄積の限界量とかね。強い魔物は小さい魔石にとてつもない魔力を蓄えてるし、一度の攻撃じゃ破壊出来ないの」
なんてことだ。
「どんなやつでも魔石に一発当たれば倒せると思ってた」
「それならすごく楽だね」
ですね。
「ねー、そろそろ帰ろー? お腹減ってきたよー」
気付くと空が薄暗くなっていた。
俺たちは残りの花摘みを急ぎ、ササの転送で村に戻った。
会場になる集いの広場には既にテーブルや椅子が運び込まれていて、前夜祭のような雰囲気だ。
普段集まらないような村人たちまで顔を出し各々料理を持ち寄って楽し気にしているのを見ると、シェマが村全体に歓迎されていることが分かる。
「ロディはやっぱり明日の昼にメルシア様が迎えに行くそうよ」
端っこの方でバケツを並べて薄く水を張り、採ってきたユリの茎の切り口を浸けていると、王都から戻ったメルシアの様子を見て来たフィリーア様が教えてくれた。
「メルシア様が持ってきたドレス、すごく綺麗だったわ。明日がすごく楽しみ」
「そうか…。あ、フィリーアも食事にして。うちの母さんの料理は結構美味いよ」
「うん、ありがとう」
子どもたちと一緒に先に食べはじめていたササのテーブルにフィリーア様が加わった。
俺たちが戻った時には食材集めに行っていたジェイマーとオザダは既に戻って来ていて、肉屋の前に獅子やら野牛やらを明日一日では食べきれない程積み上げていた。
今はまだ三人でせっせと解体をしていて、使わない部位をもらうためにマグマが片時も離れない。
「ちょっといいか」
花の下準備を終えたところに声を掛けて来たのはメルシアだった。
「なぁに、おばあちゃん」
「……今はガイに用がある」
「え」
手招きされて向かった先は、誰もいない我が家の裏だった。




