帰省
「ギャウギャウッ」
「あーごめんマグマ、寂しかったかー」
竜舎に一歩足を踏み入れた途端にマグマが俺の懐まで飛んできた……と思ったが抱き着いたのは俺にではなく俺の持っていた鶏の丸焼きの方だった。
「これ…あんたのドラゴンじゃないか?」
マグマを見たメルシアが驚いている。
「そう。あの時のが生まれ変わったみたいで。今はマグマっていうんだ」
「……そうだったか」
ガツガツと鶏を腹に収めていくマグマをジッと見ているメルシアは何かを考えているようだった。
10日掛けて来た道のりは転送魔法にかかれば一秒もかからない。
退魔団全員にドラゴン二頭に馬一頭。全部が一瞬で見覚えのあるリュゼ村に到着した。
家からは少し離れた牧草地。遠くに牛がいたけれど、俺たちが急に現れたせいで更に遠くに行ってしまった。
「私とマリーは先に行って説明してきます」
シェマがマリーに乗り込んで家の方へ飛んでいった。
「ルイスも行ってエマルダの機嫌を取っておいてちょうだい」
「…うん、わかったよおばあちゃん。行こうマグマ」
俺とマグマは牧草地を走って家に向かう。
人の家の横や畑を突っ切る最短ルートだ。
マグマに乗ったほうが早いだろうが…俺は走る。
「あれ?!ルイス!!」
細い用水路を飛び越える手前で聞きなれた声に呼び止められる。
「ケビン!みんなも久しぶり!」
村の子供連中が水遊びをしていた。
「ルイスにーちゃんっ」
スカートを膝の辺りで結んだダリアが両手にカエルを摘まんだままジャバジャバ寄って来る。
「久しぶり、ダリア。お待ちかねの人が来たよ」
「えっ」
手元の集中力が切れたのか、カエルが2匹同時に飛び跳ねて水の中に消えた。
「一緒に帰ろう。きっともうダリアのお家で待ってるよ」
「…うん!」
他の子供たちにひとまずの別れを告げ、左手にダリアの靴と右手にダリアの手を握る。
途端に俺の手を引っ張って駆け出す小さな裸足の少女の足取りはいつもよりも弾んでいるようだった。
「えっ?」
見慣れたダリアの家の庭だった場所に、見慣れない建物が建っていた。
そして、見慣れたオレンジ色のドラゴンが休んでいた。
「いつの間に竜舎建てたの?!」
そんな立ち止まった俺の質問に答える余裕がないダリアは払うように手を放し、目いっぱい背伸びして玄関のドアノブを掴み、引っ張った。
「ダリアちゃん!」
「ママッ」
こんな風にダリアを抱きしめるシェマを見たら、きっとロディも諦めがつくんじゃないかと思う。
「おかえりルイス」
ハーリーが俺に気付いてくれた。
「これ、お願いします」
持っていたダリアの靴を渡し、振り返って俺の家を確認する。さすがにウチには竜舎は増えていなかった。
店の方のドアを開ける。
「いらっしゃいませー」
姿が見えないが本棚の向こうからエマルダの声が聞こえた。
「おかあさん、ただいま」
「ルイス?!」
ガタン! ドサドサッ、ガチャン!! バタバタバタッ…!
驚きに上がった声の更に奥で惨事が起きたようだ。マグマが音に驚いて身構えた。
「ああ、ルイス…」
「ルイス!」
エマルダが先に駆け寄ってきて俺を抱きしめ、アレクシスは更にその上から覆いかぶさる。
うん、こういう扱いをしてもらうと素直に子供の気持ちに戻れるな。
「え。…あの人も来るの?」
感動の再会の流れで『おばーちゃんもあとから来るよ』と伝えた途端にエマルダの表情が一気に冷めた。
「結婚式に出たいんだって」
店の外に出るとお向かいさんも丁度家から出てきたところだった。
「ああ、あの竜騎士のお姉さんか。本当に来てくれたんだな」
「急いで造った竜舎が無駄にならなくて良かったわね」
俺たちを見つけたダリアがシェマの手を引っ張って、こちらに寄って来る。そして、
「ダリアのママなの!」
と自慢げに紹介した。
「これからよろしくお願いします」
「こちらこそ」
「おめでとうございます」
大人たちが挨拶を交わしていると、ロディを先頭にして団員達が到着した。
「お待たせ」
シェマがハーリーたちへ団員を順に紹介し、握手を交わしているうちに、メルシアが静かに俺の横に付いた。ぴったりと。
「…なに?」
「まぁ気にするな」
メルシアの声が聞き取れないくらい小さい。
明らかに恐縮している。
そして確実に『間に入れ』というプレッシャーを掛けて来ている。
孫を頼るなよ……。
俺もエマルダに聞こえないようにメルシアに問いかける。
「あんた娘に何したんだ? この店押し付けただけじゃないんだろ?」
「…………。」
黙秘と来たか。相当重い罪らしいな。
「あの」
話しかけてきたのはアレクシスだった。
「はじめまして。アレクシスと申します」
「婿さん、グレイスから聞いてるよ。エマルダは面倒掛けてないかい?」
口調が戻ったな、と思ったらエマルダは後からやってきた村の子供達やご近所さんと一緒にマリーの見物に離れたところだった。マリーを見ている何人かはこちらのドラゴンも気になるようで、チラチラと視線を感じる。
「マグマ、マリーさんのところに行ってあげてくれ。…くれぐれもはしゃぐなよ」
「ギャ」
フワフワ飛んでいくマグマ。大きなマリーのことは遠目で眺めるだけの子供達も、手ごろなサイズのマグマには怯むことなく好奇心のままに手を伸ばす。捕まらないようにギリギリの距離を保ちつつ子供達から逃げて遊ぶマグマを、実はここにいるアレクシスもさっきからかなり気にしていた。
じゃれるのは後でな。
「あの、メルシア様から見て、この子は大丈夫でしょうか」
聞かれてメルシアは俺の頭に手を置いた。
「まだ戦いぶりは見ていないが大丈夫だろう。ダメかもしれなくてもやらないと意味がないからな」
「……よろしくお願いします」
はい、わかっています。やりますよ。
「メルシア様ー。あたしたちは何をすればいいのかなー?」
ササとフィリーア様が手持無沙汰でやってきた。
「そうだな、飾り付け用の花を集めに行ってもらおうか。ルイス、ユリの花が咲いている場所はわかるか」
「わかるよ。案内できる」
「ジェイマー、魔物の出る場所は分かるね? オザダと一緒に行って食材集めを頼む」
「了解」
「承知した」
「私は王都まで行って衣装や必要な物を仕入れてくるよ」
「俺は何をすればいいのかな?」
お使いを言い渡されていないロディが催促する。
「あんたには明日の式に出られる神父を探してきて欲しい。頼めるか」
「もちろん大丈夫だとも。では俺もハルクデリウムへ送ってもらえるかな。実家に戻ればツテがあるだろうから」
「ああ。じゃあ早めに行こうか」
こうして団員たちはシェマの結婚式に向けてそれぞれの役目を果たすため行動を別にすることになった。




