えんもたけなわ
「メルシア様って酒が好きなんだけど酔うと絡むんだよ。で、すぐ寝る」
「ああ……。」
ジェイマーの言う通り、メルシアは俺のことをさんざんこねくり回して満足したのか、さっさとテーブルに突っ伏して寝込んでしまった。
そしてまるで日課だというように無言で鎧の騎士が肩に担いで部屋に運んで行ったのだ。
「オザダはメルシア様担当なの。…シェマもだったんだけどね」
ツナギの女性が濡らしたタオルを手渡してくれた。お礼を言って俺は顔中を拭う。
「何でかは分からないんだけど、メルシア様の中に鎧装備は襲わないっていう謎のルールがあるのよ。今までは二人で両隣を固めてたから被害が少なかったんだけど…これからはメルシア様の隣の片方は……」
ああ……だよな。俺だよな。身内だもんな。……鎧、買うかな……。
「寝せてきた」
考え込んでいるうちにオザダが戻ってきた。見上げる俺に気付いて目が合うが、俺に声を掛ける気はないようだ。
あまり、歓迎されていないのかもしれないな。そりゃそうか。子供は足手まといだもんな。
「あの、祖母がいつもお世話になってすみません」
ペコリと頭を下げると、オザダの体がビクンと後ずさるのが見えた。
「だ……大丈夫、だ。気にしなくていい」
顔を上げるともうオザダは俺から目を逸らしていて、やっぱりあまり会話をしたくないようだった。
「じゃあそろそろ部屋決めしようか」
ロディが全員に向かって声をかけるとジェイマーが弾かれたように椅子から跳ねて俺に抱き着いた。
「俺はルイスと寝まっス!!」
「……公平に」
頭上からオザダの低い声と鋭い睨みがジェイマーに突き刺さる。
「あたしたちはいつも通りで大丈夫ですのでー。お先にー」
ヒラヒラした服の女性がヒラヒラと手を振り階段へ向かう。その後をシェマと、ツナギの女性が追う。……まだ二人も名前を知らない人がいる…
「あっ」
思い出した。俺はジェイマーを引き剥がし、女性陣の方へ急いだ。
「あのっ、技工士の方はどちらですかっ?」
三人が足を止めて振り返り、ツナギの女性が軽く手を上げた。
「私、技工士のフィリーアよ。どうかした?」
「フィリーア様! あなたは本当に素晴らしい人です! ありがとうございます! いくらお礼を言っても言い足りない! あなたは俺の神様です!」
「えっ? ……えっ?」
フィリーア様。なんと素敵な名前なんだ。なんとなくこの人の周りに神々しいオーラまで見える気がする。
顔だちも優しそうだ。きっと素晴らしい人格者なんだろう。
「俺に出来ることがあったら何でも言ってください。何でもします」
「あ…う、うん。ありがとう?」
「おやすみなさい、神様!」
フィリーア様はゆっくり俺に微笑んでくださってから他の二人と一緒にお部屋へ向かわれた…。
「おい、気が済んだらこっちを助けろ」
ジェイマーが俺を羽交い絞めにする。
「…ただの部屋割りだろ? そんなに重要なのか?」
何をこんなに嫌がっているのか。せいぜいどっちかの寝相が悪いとか鼾が凄いとかの類だろうに。
体格から予想すると、厄介なのはオザダの方だろう……ああ、こっちを睨んでいるな…
「簡単に言うと、寝てる間中さっきのメルシア様みたいな感じになる」
「は?」
「舐め回しては来ないけど、撫でまわされはする」
「なんで!」
「知らねーよ、ヘキだろ癖」
「そんなの一人で寝せときゃいいだろ」
「添い寝がないと怖くて寝らんないっつって他の部屋の奴らをたたき起こして歩くんだよ。縛っても叫び続けるし。マジやべーんだってば」
怖くて寝られないだと? あんなデカく育ったくせに中身は子どもかよ……呆れるな。
俺はオザダを睨み返した。
「さっきもシェマに酷ぇ事言ってたしなー、あれで強くなかったら誰も一緒に旅したくないっての」
「……ん?」
「ん?」
「一応聞くけど、これ今どっちの話?」
俺の人差し指がロディとオザダの間をフラフラと行き来する。
「決まってんだろ」
ジェイマーに固定された指先の向こうは、勇者ロディ様だった。
部屋決めに使われるのは色のついた酒瓶の口に少しだけ隙間を開けて布を貼ったもの。中に串が10本ほど入れてあるクジだ。
【当たり】という呼び名のハズレ1本だけ、串の先を赤く染めてある。
いつも二人でこれを順番に引いていると思うと切なくなるな。
「さあどうぞ!」
ロディが楽しそうに瓶を差し出してくる。
……俺に。
「俺も!?」
「君の名前…ルイス、だよね? 親交を深めるためにも今日は是非一緒に寝たいな、ルイス」
「いやいやいやロディ、それは流石にマズいっしょ! ルイスはまだ子供だしっ」
だよな! さすがジェイマー! 大事なところでは常識があるじゃないか!
「俺と一緒に寝ることに歳が関係あるのかい?」
あるよ。まずは自分の歳を考えろ。
「あー…コイツほら、まだアレなんだよ。オネショとか、な?」
「なっ!?」
「えー……そうなの?」
「ここまでの道中ずっと俺が世話してきたんだぜ? だから今後もコイツの面倒は俺が見るってことで」
失礼な! お前の前で誰がいつ漏らしたって言うんだ!
ジェイマーが『話を合わせろ』という合図を送って来る。
しかし……屈辱的すぎる。
今のジェイマーは俺を守ってるんじゃない。俺を口実にして面倒事から離脱したがってるだけだ。
この話に乗れば、俺も助かることは助かるが…。
そしたらロディの横で無言で微かに震えているあのオザダが一人負けとなり、今後全部の負担を被ると…
「師匠、こういうので姑息なことすると必ずツケが回ってくるんだぜ」
俺はロディから瓶を受け取り軽く振る。中で串がカシャカシャと音を立てた。
「ルイス?!」
「俺も今日からここの一員なんだから。公平じゃないと」
ロディとの相部屋相手は一巡目で決まった。
ジェイマーが『裏切者~』と唸っていたが、そもそも結託した覚えがない。
虚偽の発言の報いだと悔いるがいいさ。
…とはいえ、こっちもこっちで落ち着かない。
久しぶりの室内での就寝のせいではない。
オザダとの二人部屋は……気が重い。
部屋に入ってからオザダは一度も口を開かない。
黙々と私物を整理し、黙々と装備を外し、黙々と片づける。
鎧っていうのはもっとガシャガシャとうるさいものだと思ってたけど、オザダの鎧は片付けている最中もほとんど音がしない。特殊な材質なんだろうか。
気になって見ていると、オザダが視線に気付いたのか一瞬だけこちらを確認し、戻る。
「う、うるさいか、すまない」
「あー、いえ、逆です。静かだなと思って」
「そうか……気になることは言ってくれ。直すよう努力する」
「……はい。ありがとうございます」
この感じは、嫌われているわけではなさそうだな。
無口な男だと思ってしまえば沈黙も気にはならないが…
「あの、だったら聞いても良いですか?」
俺の掛けた声で、ビク、とオザダの背中が強張る。
やっぱりちゃんと聞いておいた方が良いだろう。
「あ、ああ。なんだ?」
「オザダさんは俺が気に入らないんですか? それとも俺が怖いんですか?」
「!」
振り返ったオザダは俺を睨んで……いや、……怯えて、いる?




