ロディ退魔団
「ここだ、『セグルの宿屋』。飯が美味いからこの町に来たときはいつもここなんだ」
大きな通りに面し、入口を建物の両脇に二箇所取っている大きな宿屋は一階が酒場となっていて既に賑やかだ。
そろそろ腹も減ってきたが…取敢えず俺たちは宿の受付に向かった。
「すいません、騎士の格好をした女とオレンジ色のドラゴンは来ましたかね?」
「ええ、その方なら二階の勇者ロディ御一行様のお部屋へ」
「へ? ロディも来てるって?」
「はい、お名前はそう仰っていましたが。8名様の御予約で、現在6名様まで御集まりです」
「まじか! あ、それ、残り俺らっス! 上行ってもいいスかね?!」
ジェイマーが急に焦り出した。
「行くぞルイス! っとと、コイツはどうすっかな。これ、部屋イけますかね?」
受付のご婦人がジェイマーの指さした先のマグマを見やる。
「他のお客様とすれ違える幅であれば問題ございません。どうぞ二階の左端から続けて4部屋のご利用です」
「どもっ」
言い終わる前に俺の腕はジェイマーに引かれ、俺の足は二階への階段を上がり掛けていた。
「俺はルイスと寝るぞーっ」
二階に辿りついて開口一番、ジェイマーが叫んだ。
「うるさい。いま立て込んでいる」
階段に一番近い部屋のドアが開かれており、中にはたくさんの人影が見えた。全部で…6人。宿屋が言っていた全員が揃っているということだな。
一人を中心に周りを取り囲んでいる。その中心は…シェマだった。
「シェマ、よく考えた方が良い」
今さっきジェイマーを一蹴した男の声だ。二人いる男の、体つきのガッチリしたほう。装備も体格に合った重厚感のある鎧を付けている。
ヒラヒラしたドレスみたいな服を着た女性が続く。
「そうよー、大事な事よー」
ツナギ姿の女性も同意した。
「私もその人のことちゃんと知ってからの方が良いと思う」
これは…退団のことで揉めているんだろうな。
「ダメだと言っているわけじゃないんだよシェマ、ただ急いで決めなくても良いんじゃないかな。まだ焦らなくてもさ」
もう一人の男は動きやすそうな軽装備で腰に大剣を備え、シェマの正面に立っている。
「いいえロディ! 私はもう決めたんです。皆さんには悪いですが、ここで抜けさせてもらいます!」
「んー…」
ロディ、と呼ばれた男。真ん中で分けた長い前髪が首を傾げると目元に流れ落ち、それを耳にかけると再びシェマをじっと見つめる。
この男が勇者…この退魔団のリーダーか。
「正直に言うとね、俺は君の幸せよりも自分の生存確率の方が大事だよ」
正直すぎるだろ…とその場の誰もが思っただろう。
指摘の声が上がらないのは、彼が勇者だからか、それともこういう発言が日常茶飯事なのか…。
「君の強さはもちろんだが、何といってもマリーを手放すのは惜しい。彼女が離脱するとなると戦力がどれだけ落ちるか…君だけならまだしも…」
「すみませんが、これからのことは皆さんで対応策をご検討下さい。それから、私とマリーはどこまでも一緒ですので」
「参ったなぁ…君達が抜けたら俺たち死んじゃうかもしれないんだよ? どうなんだろうね、騎士として、仲間を見捨てるなんてことはさ、君の中では許されることなのかい?」
「…そ、れは……」
勇者の割には卑怯な尋問をするヤツだな。それだけ手放したくないという表れなのかもしれないけど。
「もうその辺で諦めたらどうだい。せっかくこの子が自分の意志で伴侶を決めたんだから」
ここまで何も発言していなかった一人が腰かけていたベッドから立ち上がった。
こちらからは後姿しか見えないその人は、やはりかすかに見覚えのあるシルエットだった。
「それにね、無理やり引き止めても身が入ってない状態じゃあ余計に危険を招くこともある…実体験から言うんだけどね。退魔師だって人間なんだ。人生の選択を責められる謂れはないさ」
「メルシア様…」
シェマがメルシアの言葉に肩を震わせた。
「ハーリーは良い子だよ。あんたを大事にしてくれるだろうさ」
「メルシアさん、それじゃあこれからの旅がっ…」
諦めきれない勇者様はメルシアに抗議するが、メルシアはそちらには返事もせずクルリと部屋の出口に体を向けた。
そして、俺と目が合う。
「久しぶりね、ガイ」
「!」
ガイ。
それは昔の俺の名前だった。
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「私はグレイス、この子はメルシアよ。よろしくね」
「ああ、狭い所だが遠慮なく使ってくれ」
ロロックという勇者が仲間を連れてやってきたのは俺が死ぬ半月程前だった。
凶悪な魔物が山向こうに現れたという情報があって、いくつかの退魔団で共闘して倒すことになった。魔物が別の場所に逃げないように囲い込むため、空と陸あらゆる方向から目標地点に向かっている最中で、この彼らの進路にちょうど俺の家があった。
俺は小さな集落からすら離れた山で畑を作って暮らしていて、花形職業の退魔師なんて見たこともなかったから逢えたことが嬉しかった。彼等から色々話が聞きたくて家に泊まることを提案した。
ロロックが連れていたのは縁に水色の刺繍が入った白いローブを纏ったグレイスと、露出箇所が多い黒のコスチュームを身につけたメルシアという二人の魔法使い。同じ団の戦士と技工士は別ルートで進んでいるとのことだった。
「ガイはこんな山奥で一人で暮らしていて寂しくないの?」
夕食を終え、三人から冒険譚を聞いている時だった。ふと、暗くなった外を眺めながらグレイスが聞いてきた。
「ずっとここで暮らしてるからなぁ。もう慣れちゃったよ」
「魔物が出たらどうするのさ、ここじゃあ自警団すらめったに寄らないんじゃないかい?」
そう聞いたのはメルシアだった。
「この辺は昔から小物しか出ないんだ。それに…ドラゴンも飼っているし」
「ドラゴン? どこかに居たか?」
剣の手入れをしていたロロックが顔を上げてグレイスが立っていた窓の方に目を向ける。
「あー、ええと、多分その辺の見回りに…そのうち戻ってくると思う」
俺が言葉を濁しつつ、みんなにお茶を淹れるためにと竈に火を熾そうとしたときだった。
火打石から火花が出るより先に、ロロックの剣から炎の玉が飛び出して薪に火を付けた。
「それ、魔法が出せる剣なのか? やっぱり凄いなー退魔師って!」
「こんなの発火魔法程度の魔力しか使わないよ。そうだ、同じ効果の付いた使ってない武器があるから君にあげるよ」
「あ、いや、大丈夫。多分魔法がからっきしの俺には使いこなせないから」
「あら、魔法が苦手なの? 武器の効果発動は魔力消費するだけだから難しいことなんてないわよ」
「あー、うん、でも大丈夫。そんなに困ることもないしさ。ありがとう」
退魔師として活躍している彼らを前に、自分は魔法が全く使えない、とは言い辛かった。




