猟人修行開始
ドラゴンから降りてすぐ、俺は大きく伸びをした。一気に肩こりが酷くなった気がする。
ジェイマーは切り株の上に地図を広げて小さな文字で何かを書き込んでいる。
飛行の労をねぎらってドラゴンを撫でていたシェマが振り返った。
「取り合えずこのあたりの魔物から慣れていきましょう、ルイス様」
「おっと、そうだシェマ。ルイスに様付けるのナシになったから」
ジェイマーの報告に眉を寄せたシェマ。俺は同意済だと頷いて見せた。
「お互い気を使わないで行きたい」
「…と言われても…本当に良いのかしら? メルシア様のお孫様なのに」
「あの人こそ、そういうとこ気にしなくね?」
「まぁ…本人が良いなら」
俺はもう一度頷いて見せる。
「ところでメルシアってどういう人なんだ? この話題になると母親がすごく機嫌が悪くなるからあまり聞けなくて、よく知らないんだ」
「あー、なんつーのかなー、第一線だな」
「正直、あの人に家族がいることに違和感がある」
「旦那さんスゲー良い男だったんだろ? やっぱ惚れた男の為なら引退も出来たんだろうさ」
「そこは理解できる。素晴らしい選択だ。私はメルシア様を見習う」
「あーはいはい。お前はルイスが一人前になったらさっさと嫁に行け」
「頑張ろう、ルイス!」
「あ、ああ…」
訓練中はシェマのドラゴンはその場に待機し、ついでに卵を見ていてもらうことにした。
今晩ここに滞在することを決めて、今はジェイマーとシェマとでテントの準備をしている。
俺は2本の短剣の感触を試しながら待った。
「ルイスは魔物と戦った事あるんだっけ? あ、喰われたとき以外の」
ジェイマーがドラゴンから荷物を降ろし、テントの中に運び込みながら聞いてきた。
「小型の獣系は畑に何度か出たことがあって始末したことがある。狸みたいな。他の時代では魔物じゃないが野生の動物を狩って暮らしていたこともあるし、傭兵をやっていたから対人戦闘もある」
戦争中は人間と殺しあっていた。何人手に掛けたかなんて数えもしなかった。獣の皮を引き剥がして売っていた時だってそうだ。毎日何かを殺して生きていた人生を、少しだけ思い出す。
「へぇー、じゃあもしかして既に結構強い?」
「この体だぞ。弓もナイフも過去の経験が役に立つかどうか…。銃ならいくらか楽だったかもしれないけどな」
「ジュウ? ってなんだ?」
「筒みたいなもんに弾込めて、火薬やなんかでぶっ飛ばして相手にぶち込む武器だよ。…そういえばこの国では見たことないな」
「え? なになに? ルイスの生まれ変わりってこの世界じゃないところにも行っちゃうのか?」
「同じ世界だと認識したのは今が初めてなんだ。他はよくわからない。」
「へぇー…」
「不思議な話ね。生まれ変わりの話はたまに聞くけど全てはったりだと思っていた」
テントの外周をぐるりとチェックし終わったシェマが会話に入ってきた。
「今もまだ信じてないだろう?」
「本音を言えばね。だって、なにかある? 生まれ変わりの証拠として見せられるもの」
「物証はないな。過去の話は幾らか出来るけれど…その時から生きてる人間なら知りえるし、伝え続けられれば年代も越えるだろう。この5年で誰かから聞いた話だろうと言われればそれまでだ」
「確かに」
「俺は信じるけどなー、だってさ、普通のガキがこんな会話するか?」
「…それは、確かに」
「まぁどう思ってもらっても構わないよ。俺も自分が何なのかまだ分からないんだから」
場所を移動しながらも俺たちは会話を続けた。グレイスからの手紙と、実際これからすることの擦り合わせだ。
「すべての職業をマスターすれば糸口が見つかる、という話だったかしら」
「とんでもねぇ話だよな。けどグレイス様に見てもらったんなら絶対だよなぁ? てことは、やらなきゃだよなぁ?」
「まあな。ということで、ご指導よろしくお願いします」
二人に向かって頭を下げる。
「りょーかい! んじゃまず弓だろ? 俺が師匠な!」
「私は基本は槍を愛用しているけど、大剣も片手剣も短剣もある程度は扱えるわ」
「短剣を極めてもランク試験には関係ないか?」
「武器を特定してる職業は弓使いだけだし、試験のことで言えばメインの武器にトラブルが発生したとき用の備えという感じかしら。けど退魔を仕事にするのなら何の武器を使うにしても常に身に付けていた方が安心だと思うから、体に馴染ませておく事は必要じゃないかしら」
「槍も剣も準備してないんだけど、途中でどこかの武器屋に寄れるか?」
「途中の町で買うとしてもハルクデリウムほど子供用の品は揃っていないと思うわ。本隊と合流出来たら武器製造出来る人間がいるから、そこまでに弓をマスターしたらいいのではないかしら。…となると私が教えることは今のところなさそうね」
「ドラゴン騎士はシェマだけなんだけど、パーティには馬の方の騎士がいるんだ。そいつも槍が使えるから焦らなくても良いぜ」
「わかった。でもじゃあ、ドラゴンについては今のうちに聞いておいた方がいいかな」
「そうね。以前飼っていたのなら大丈夫だと思うけど、なにか知りたいことがあれば何でも聞いて」
「そうそう。俺にもなんでも質問してくれよ」
「はい、お願いします師匠」
「おお、いい響き。もっと言って」
「はい、師匠。頼りにしています」
「よしよし、任せたまえルイス君」
「……」
魔物が草を食んでいる。名前を聞くと肉屋でよく見るものだった。うちの食卓にもよく出ていた。見た目は兎に似ている。
じっと観察していると、方向を変えた魔物の右耳の先に、キラリと赤く光る石が見えた。
狙いを定め弓を引き、矢を放つ。
赤い石を捕えて砕こうとしたが薄い魔物の耳はその矢をいなし、驚いた魔物は茂みの奥へ逃げて行ってしまった。
「あー…」
「アハハハッ、あれは俺でも無理だって。足かどっかを狙って動き止めてからパリンだ」
「狙いは素晴らしかったわ」
「そうそう、アレに当てたもんな。あんな小さっこい魔物の小さっこい石なんか普通狙おうとも思わないぜ」
『魔物は体のどこかにある魔石を破壊すれば倒せる』という知識をつい先ほど知った。
魔石は魔力の塊で、魔物の身体に魔力を循環させる役割を持つ。心臓の代わりだそうだ。
個体によって魔石の位置はそれぞれで、体内にあって外から見えない魔物もいるらしい。
魔石が見つからない魔物を倒すには、魔力を消費しきるまでダメージを入れなければならない。
「見える時はアレを割れば解決。無駄打ちしなくて済むし戦闘が長引かないから楽チンだぜ」
そう言ってジェイマーが倒し方を見せてくれたのは額に魔石を付けた、さっき俺が逃がしたのと同じ種類の魔物だったのだ。
「もう一回やってみる」
矢を回収してから少し移動して、今度は魔石の位置が特定できない個体に遭遇した。
逃げ足の速さは確認済なので、先ほど助言を受けたとおり後ろ足の腿をめがけて射る。
兎は飛来物に気づき飛び跳ねたが、間に合わず矢を腿に受けて落ちた。
俺は木の陰から出ていって、兎の身体を持ち上げて調べた。
「んー…?」
顔、背、耳、ひっくり返して腹…兎が抵抗して俺の手を噛んだが、厚手の手袋のおかげで歯は貫通しない。
そのまま足の付け根や尻尾まで見ても見つからない。これは体内にあるタイプだろうかと見切りをつけようとしたとき、兎は動かなくなった。
「魔力切れよ」
「小さい魔石には少しの魔力しか蓄積出来ないんだ。今の噛みつきで使い切ったんだな」
「ただ噛みつくだけで魔力を使うのか? それで自分が死ぬのに何の意味がある?」
「あれには魔力吸収の付加がついてたんだ。一か八かの攻撃だけど、もしルイスが今素手だったら逃げられたかもしれないってこと」
「魔物の攻撃には色々付加のついているものが多いの。対処法が分からない魔物とはあまり接近しない方が良いわよ。回復魔法が使える仲間がいないときは特にね」
「なるほど」
やはり普通の動物とは別物だと考えたほうが良さそうだ。
長く生きてはいるが魔力や魔法についての人生経験は無いのだから。




