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チット山

「何だ?」

 当たりを見渡すが、見える範囲での異常は無さそうだ。

「地震か?」

「何だろうねぇ?」

 村人たちも一斉に窓やドアを開けて外を確認するほどだったが、しばらく待ってみもそれきり音はしない。

「どこかでデカい魔物でも倒されたのかもしれんぞ」

「ああ、この前の角が生えたヤツは凄かったなぁ。横倒しになるたびに地面が揺れたからなぁ」

 そんな会話をしながらスーっと家の中へ戻っていく。

「気にするほどでもないのかな?」

 村人たちから目を離しオザダを振り返ると、オザダはまた山の方を見ていた。

 あんな音を出すのは猿じゃないと思うけど? と笑おうとしたけど、いつもより険しい表情になっていることに気づいてやめた。

「オザダ?」

「…さっきあの辺りで土煙が上がった」

 山の中腹を指差す。そちらを見てみるが、今はもう特に変な感じはしない。

「どこかの退魔師が魔物を倒したんじゃない? ディノーさんかもしれないし」

「……そうかもしれないな」


 足元は涼しくなったものの上半身は夏の太陽を浴び続けるのを嫌がりだし、程なくして俺たちは工場へ戻ることにした。

「おい、どこに行くんだ?」

 戻って来るとちょうど工場の敷地からドラゴン姿のルイーズがレリアリを乗せて飛び立とうとしていたところだった。

「あ、主ー! 見つかっちゃった!」

 ルイーズが叫び、レリアリが顔を逸らす。

 また何か企んでたなコイツ…。

「怖い顔しないでよルイスさま。ちょっと散歩しようかと思っただけよ」

「嘘くさい。…ルイーズ、二人でどこに行くつもりだったんだ?」

「山だよ!」

「あ、こら!」

 ペチ、とルイーズの後頭部に平手を入れるレリアリ。

「魔物は山に入っちゃダメだって言ってるだろ」

「私たちは平気よ。その辺の子たちと一緒にしないで」

「山に何の用があるんだよ」

「本当に散歩よ」

「ルイーズ」

「なんかね、山の木が倒れたみたいなんだって」

「もうっ!」

 再びレリアリの手が飛ぶ。

「さっきの音はそれか?」

 オザダが山の方を見るが、どこだったかは分からないようだ。

「凄く狭い幅での地滑りだったから近くに行かないと見えないと思うわよ」

「で、チット山で地滑りが起きたからってなんでお前達が見に行く必要があるんだ? ルイーズ」

「あっ」

 レリアリははぐらかそうとしてばかりなので俺は最初からルイーズへ聞くことにする。

「あのね、一番に助けたら褒めてもらえるからなのよ!」

 助ける……?

「誰を助けに行くんだ?」

「ディノーだよ!」

「?!」

 体中が一気に粟立つ。

「ディノーがどうしたんだ?!」

「どうしたか分からないから見に行くところなのよルイスさま。もしかしたら無事かもしれないし」

「無事じゃないかもしれないのか?!」

 俺は飛び跳ねて浮かぶルイーズの脚を掴み、そのままよじ登ろうとするが上手くいかない。

「落ち着けルイス」

 背後からオザダの手が俺を支え、持ち上げられる。

「お前は行けない。無断で入ったらチェックされる」

「そんなことに構ってられない! レリアリ、俺も連れていけ!」

「ルイス!」

「…ルイスさま、行くなら連れて行くわ」

「頼む!」

 レリアリの差し出した手を掴む。

「ルイス!」

「なにー? どうしたのー?」

 騒ぎに気付いたササたちが工場から出てきたようだ。

「ルイスがディノーを探しに山に行くと言って……」

「えー?」

「ママ! 俺も行く!」

「マグマはまだ無理だからお留守番だよ!」

「えー!!」

「喋ってる暇はないんだ! 放してくれオザダ! ルイーズ! レリアリ!」

 オザダの脇腹付近にルイーズの後ろ足の爪がヒットし、そのタイミングに合わせてレリアリが強く俺の手を引いた。

「ルイスさまの事は任せて。行きましょうルイーズ!」

「待て! 俺も行く!」

「ごめん、先に行く!」

 ルイーズが大きく羽ばたき、一気に上昇した。

 ピタリと高度を決め、真っすぐ山に向かって飛行する。

 レリアリに後ろから支えられ、ルイーズの加速に耐える。

 どんどん山を囲む鉄柵に近づいていく。

「ルイスさま、あの結界魔法は山から出る魔物と山に入る人間に反応するの」

「だから何? 俺は構わないぞ!」

「このままじゃ私も国から要注意人物になっちゃうのよ」

「は? 大丈夫なんじゃなかったのかよ!」

「首輪を取れって脅してるわけじゃないわよ。対策をするから驚かないで欲しかったの」

 そう言うとレリアリは俺の腹の前で一冊の魔法書を広げた。

「何を……うわ!」

 本から突然光が溢れだし、空中で膜を作る。

 膜は大きく広がっていき、頭上を覆った。太陽の光が遮られると、それが金色だったことに気づく。

「……キンか?!」

「お願いね、キン」

「頑張ります」

 キンは更に大きな風船のように膨らんでいき、俺だけでなくルイーズの胴体ごと包んでしまう。

 金色の風船は風も通さず、周囲の音もあまり聞こえない不思議な空間を作り出した。

「素晴らしい!」

 そう叫んだのは本……から顔を出したエクだった。一緒についてきていたのか。

「お母さんは美しいですね!」

 エクは興奮に葉を震わせる。

「ボクは誇らしいです!」

 震えは次第に動きを増していき……揺れ……回転……そして……

「えっ、おい?!」

 本から半分ほどしか姿を現していなかった鉢からついにエクが飛び出した。

「アイタ!」

 エクは俺の肩口まで飛んできてペチンと体を打ち付けた。

「ワァアァアアアァ…………」

 俺は咄嗟のことで対応しきれず、受け止めてもらえなかったエクはそのまま落下していった。

「エク?! 大丈夫ですか?」

 キンの心配そうな声が空間に響く。核はどこにあるんだか分からない。

「大丈夫ですぅー………」

 キンの膜を滑り落ちていくエク。ルイーズの腹の下に隠れてしまって見えない。

「待っててください……今そちらに…」

「もう結界よキン、通り過ぎるまで集中して耐えて!」

 レリアリが言うのと同時に、雲の中に入ったように薄暗さを感じた。外からの力を受けて薄いキンが波を打つ。

「ぁ」

 エクの声が聞こえた気がした。しかしすぐにそれは吹き込んできた風の音に搔き消された。

 キンの膜の一部が破けたのだ。

「ああもうっ」

 苛立ちながら飛んで行ってしまいそうなキンを魔法書に回収していくレリアリ。

「どうしたんだ?!」

「キンが集中出来ていなかったせいで山の瘴気に気を取られたの。タイミングが悪かったわ」

「エクは?」

「落ちた」

「探さないと!」

「今は無理よ、ディノーの生存確認が先でしょ」

「…………」

 会話中にもルイーズはどんどん目的地へ向かって進んでいく。振り返ってみても、エクが落ちた場所を特定することは出来なかった。

「ねぇ、広いところが無さそうだよ?」

「いま飛行魔法をかけたから人型で降りてきて」

「!!!!」

 持ち替えた本で飛行を発動させたらしいレリアリは、俺を抱えてルイーズから飛び降りた。

『行く』とか『飛ぶ』とか言えよ!

 叫びたい気持ちはやまやまだけど急降下に食いしばってる今はちょっと無理だ。

 高度を下げたレリアリが無言の俺を抱きかかえたまま木が滑り落ちて土が見えてしまっている山肌を確認する。

「どこが狭い範囲なんだ」

 遠くからでは分からなかったのに、ここまでくるとかなり広範囲で崩れていたことが分かる。

「……あそこだわ。ルイスさまは少し待っていて」

 俺のことは被害を受けなかった周辺の中では一番太い木の上の方の枝に降ろし、他よりも目立って大きな土砂の山が出来上がっている場所に向かっていく。

 ルイーズも追いついた。

「ルイーズは木をお願い。向こうに平らな場所があるから」

「わかった」

 返事をしたルイーズは両手を土砂の山に突っ込んだ。

「うりゃ」

 と軽く引っ張ると土の中から倒木が二本現れる。よく見ると頭上まで持ち上げられた木の幹にはルイーズの手がめり込んでいた。

「行ってくるー」

 そのままふわふわ飛んでいく。

「俺にも出来ることは無いか?」

 次の行動の準備をしているレリアリに問いかける。

「一番早く事を進めるには邪魔しないことよルイスさま」

 レリアリはこちらを見ることなく答えた。

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