改名
「一応聞くけど、『キン子』っていう名前は決定なのか?」
「決定です」
うーん、ハッキリ言われてしまった。俺も大概だが、この世界全体規模でネーミングセンスの良い奴が見当たらないな……。
「キン子、キン子、頑張って早く出てきてください」
キンがゆさゆさ揺れる茎にエールを送る。それを聞いてか、茎は今までよりも激しく動きだす。左右、前後、上下……上に被さった土がその力に負けて浮き上がってきた。
発芽の現場に立ち会うのは初めてだな。
……魔物だけどな。
土の割れ目から見覚えのある種皮の色が覗く。
「お」
邪魔をするなと言わんばかりにその種で周りの土を外側へ押しやり周辺を綺麗に整えると、満を持して重い頭を持ち上げた。
「キン子! もう少しです!」
種は細い茎に支えられながら……グルグル回転する。
どんどん加速し、捥げてどこかに飛んでいくんじゃないかってくらいになった時、
「あ痛っ」
本当に黒いそれは飛んで行って、まだ寝ていたレリアリの肩のあたりにぶつかってペチッと軽い音を立てた。
「もー……何するのよっ」
レリアリが摘まみ上げてこちらに投げ返す。
「キン子!」
キンは投げ捨てられたそれを大事そうに拾い上げた。
「キン、キン子はこっち。それはただの種の皮だから」
次第にキン子の光速回転が緩まり、その形が見えてきた。
種皮を脱いだ子葉が広がり、更にその中から双葉も出ている。
「キン子! やった、キン子!」
キンが誕生の喜びにキン子を連呼する。
すると、
「ちょっと、やめてもらえます?」
という聞き覚えの無い子どもの冷めた声が聞こえた。
その時に誰もが思っただろう。『やっぱりコイツも喋るのか』と。
「ずっと言いたかったんですけど、今まで喋れなくて…ボク、あんまりベタベタされるの好きじゃないんですよ。あ、あと、その呼び名はボクには合わないと思うので変更を要求します」
そして『ややこしそうだな』と。
「…………キン子?」
キンが不思議そうな顔でクールな若芽を見つめる。
「そうです、その『キン子』という名ですよ。アナタに育ててもらったというのは確かにそうかもしれませんが、自分の名を子供に継がせるというのはやや安直すぎませんか? ボクにはもっと相応しい名があった筈です。例えば……アレキサンダーとかネオシュナイダーとか…そうだ!『エクストリーム』です!」
なにやら聞き覚えのある名前が上がったな…とジェイマーを見ると合った瞬間に目を逸らされた。まだ一言も攻めてないんだけどな。
「俺は何にもしてないぞ。何度か声をかけたくらいだぞ」
「アナタからあの名で呼ばれたとき、ボクは何がなんでもこの世に生まれなければいけないと強く思いました」
「キン子…………」
無表情なキンが、とても寂しそうだ。我が子がやっと産まれたと思ったら反抗期だもんな。
「ということで、今後はエクストリーム…もしくはエクと呼んで下さい、お母さん」
「…………」
「キン、返事してやらないと」
「ボクですか?」
「お前だろ。フィリーアのことじゃないよな?」
「ええ、ボクを食べ尽くすことしか考えていない方をお母さんとは呼びませんよ」
「ぅ……そこまでじゃないよぉ……」
フィリーアの弱々しい否定の声の横で、キンが『お母さん…お母さん……』とぶつぶつ繰り返す。
「嫌ですか? では『キンさん』と…」
「ボクは『お母さん』! エクのお母さん!」
キンは鉢を持ち上げ、ギュウ、と懐に抱きしめた。
そして、指で優しく葉を何度も何度も撫でた。
「もう、やめて下さいよ…恥ずかしいなァみんな見てるのに……」
キンの手を避けるように身を捩るエクだった。
「素晴らしい!」
翌日の朝にはロディの依頼した家具の脚が出来上がった。
元のデザインと寸分違わないそれは、頼んだ数よりも多く手渡された。
「また齧られても良いように多めに。それと、これ。魔物が苦手な匂いのする植物のエキスなんだけど、使えそうだったら使ってみて」
ロディは受け取った透明な液体が入ったガラス瓶の栓を少しずらし、鼻を近づけた。
「ありがとうございます。試してみます」
「じゃあ……もう出発?」
フィリーアが昨日派手に広げたばかりの工具やアイテムたちを見やる。
「ごめん、俺は装備品の修理にもう暫く村にいないと」
確かにライザとの闘いでアデギウスの装備品はかなり痛んでいる。
「武器も防具もだからな、一週間は欲しい」
「ふむ……そうなると……」
ディノーの見積を聞いてロディが考え込む。
「キンが良ければ海に行くのはすこし先に延ばそうか。折角なら全員で行きたいだろう?」
「はい、みんなで行きたいです」
キンがコクリと頷いた。
「では一週間後にここで合流、それまでは各自自由行動にしよう。但しジェイマーは俺と同行」
「え」
「王都へ戻るからササかカラビウにも来て欲しいんだが……」
「王都ー? 大丈夫なのー?」
「ナイトメアの件はメルシア達が上手くやってくれてるはずだよ」
バタバタして教えていなかったメルシア達とのやり取りを簡単に説明する。
魔物の一部を作り出すアイテムの話をすると、フィリーアだけでなくロディも興味深げに聞いていた。
「あの、僕のバッジ……」
「そうだったな。では一緒にジェイコフ様の所へ行ってみよう。それと…俺が代理で試験の申込をしてこようと思う。アデギウスはSSを受けるんだったな?」
「ああ。よろしくお願いします」
「他に受けるのは…ルイスは一通りかな」
「魔法使い以外だけど」
「ああ、そうだね」
「私は残ってても良いのよね? ここには良い工具が沢山あるから今のうちに色々試したいの」
フィリーアはそう言うとさっさと作業スペースに戻って行った。期限がはっきりしたせいで急ぐ必要性が見えたのだろう。
「俺は……俺も残る」
オザダは迷ったが、今回は早めに決まったようだった。
「ルイスはどうする? ジェイコフ様の件が問題ないなら王都に行くのも問題ないだろう?」
「んー…でも今は特に用事もないし………」
俺はつい、ディノーの方を見てしまった。
「?」
ディノーは俺と目が合っても、その意味は分かっていない。
「俺も…もう少しここにいようかな」
前世の妻と離れがたいなんて、わざわざ説明してまで分かってもらうことでもない。
「本当? 嬉しいな。ルイスとはもっと話したいなと思ってたんだよ」
別に、誰も分かってなくても構わないんだ。
「レリアリのはチョーカーにしたよ」
「あら可愛い」
レリアリはフィリーアから躊躇なくそのチョーカーを受け取り、首元に付けた。
「ルイスさま、どう? 似合うかしら?」
嬉しそうに上半身を前のめりにして首元を見せてくる。
揺れると金色に光る金属のプレートが二枚触れ合って微かに音を立てる。
瓢箪形と星形だ。
「ああ、似合うから壊さないように大人しくしてくれよ」
「…ルイス様は褒めるのが下手ね」
レリアリはつまらなそうな顔をして体勢を戻した。
「星形のほうが魔物スキル特有の魔力を感知すると発光魔法に変換する【魔物スキル発光】のヘッドで、お酒が体内に入ると五感が絶たれる【断酒】が瓢箪型だよ」
「えっ?! 变化だけじゃないの?!」
レリアリめ、フィリーアの優秀さを甘く見ていたな。俺が酒を飲ませないように何かするだろうとは思っていただろうが、このタイミングだとは気付かなかったらしい。
「謀ったわね…………」
恨めしそうな目つきで睨んでも無駄だ。
「人を操って酒をせしめる奴を放っておくわけがないだろうが」
煩わしそうに首の後ろに手をまわし、金具に手を掛ける。しばらくいじっていると、そこにフィリーアから補足情報が伝えられた。
「あ、そうそう。後ろの留め具にロック機能が付けてあるわ。ルイスの手じゃないと外れないようにしてあるからね」
「…っ~~~もぉお!」
地団太を踏んで不満をアピールされても外す気はない。
俺はもうガララに怖がられたくないからな。
「ありがとうフィリーア」
「魔物スキルを変換するプレートは一応もう一枚作ったんだけど、ルイーズには必要なさそうかな?」
「うん、暴食対策が出来てればドラゴンの姿でいても特に問題ないしね」
「ルイーズも可愛いの欲しい~」
自分の名前が聞こえて人型のルイーズがマグマに乗ってこちらにやってきた。
「お前にはその手首のチェーンがあるだろう?」
「これだけじゃ可愛くないもん」
ドラゴンが可愛さを求めてどうするんだ。
「じゃあルイーズには何の効果も付けないチャームを作ってあげる」
「ホント?! わーい!」
「どんな形が良い? 」
「えっとー…………お肉!!」
「お肉……で良いの?」
「うん! お肉!!」
………可愛さ関係ないじゃん。




