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お見送り

「え?! 退魔師に戻るの?!」

 翌朝ライザが出立の挨拶にやってきた。

 昨日と同じデザインの黒のローブを身にまとってはいるが、殺気のようなものはもう欠片もない。

 村へ戻ってきてからアデギウスとライザは庭でセシルを挟んで昔話や会っていなかった期間の事を色々語り合っていたようだ。俺たちはとても興味があったものの、無粋なことはやめよう、というロディの指示を渋々守って盗み聞きするのを耐えた。

 今日は全員揃って朝食をとっている工場で話し始めたんだから、聞いてても問題ないはずだ。

「勝負の件も終わったし、SSになりたいなと思って。結婚への道も閉ざされちゃったし?」

「ライザちゃんそれは…」

「でね、見て!」

 アデギウスが何か言おうとしたが、ライザが遮る。

「もう一度だけ……これ、アディ君に書いて欲しいの」

「…『誓約書』? ライザちゃんこういうのはもう……」

「分かってる。でもあたし、今までコレがあったから退魔師の仕事を頑張れたっていう部分もあるの。だからこれからも、離れていてもまたアディ君と会えるっていう証が欲しいの」

 テーブル上の食器を寄せてできたスペースに誓約書が置かれる。ライザの字で書かれているそれは……不自然にスカスカしている部分があるようだ。アデギウスもそれに気づいてライザを見た。

「これ……どういうこと?」

「あたしだけが条件を決めたら不公平でしょ? アディ君が勝った時のほうはアディ君があたしにさせたいことを書いて。無かったら『現状維持』とかでも良いわよ。あ、前みたいなトイレの報告とかはちょっと…できるだけ大人の常識の範囲内でお願い出来れば…」

 誓約書を盗み見る。

【両人ともがSSランク取得後に行った勝負にて、勝者はこの書面に記した内容を敗者へ執行させる権利を得る。敗者の同意を得て執行とし、又、双方の合意のもとに無効とすることが出来る】

 そして、署名欄のほかに記入欄がある。


【ライザが勝利した場合:結婚 を前提とした交際をする 】

【アデギウスが勝利した場合:             】


 強制力が殆どないその書面に、ライザの気持ちがすべて記されているように思えた。

「あたし、今度は全力で勝ちにいくから」

 ライザは真っすぐアデギウスを見ている。

「……叔父さん、ペン貸してくれる?」

 ディノーが胸元のポケットからペンを抜き取って、差し出された手のひらに乗せた。

 アデギウスが書類へ向かう。

 俺たちはアデギウスが書き終わるまで、そのペンの動きを無言で追った。

「ッ…………」

「~~!!」

 …途中、声を出しそうな人々が何人かいたけど。

「証人の署名はどうする? みんなに入れてもらおうか?」

 書類から顔を上げたアデギウスが再びライザを見る…と、さっきまで凛々しかったライザはもういなかった。

「…………」

 喋れない。仕方がないだろう。

「アデギウス、それ貸して?」

「あ、ああ」

 俺は紙とペンを受け取りって、紙の下の方に【証人署名欄】を作り、名前を書いた。

 そして隣のササへ、ササは署名してまた隣へ……。

 全員が書類を受け取るとニヤリと笑みをこぼし、それを見守るこちら側もニヤリとするというのを繰り返す。

「…はい、ライザ」

 最後にディノーが名前を入れ、しゃがみこんでいるライザの元に誓約書が戻った。

 全員、アデギウスがそれを書いたところを確認した誓約書。


【アデギウスが勝利した場合:     婚約する    】


「……良、い…の?」

 興奮に息を切らしながらライザが問いかける。

 アデギウスは席を立ち、そのライザに手を差し伸べた。

「俺、次の試験で必ずSSに上がるから。ライザちゃんも、な?」

「……アディ、君…………うん!」

 ライザがその手を握る。引き寄せられて立ち上がり、勢いのままアデギウスの胸に包まれた。

「!!!!」

「ぅはー!」

 見ていたササがこらえ切れずに叫んだ。ライザ本人は驚きすぎて声も出ないようだ。

「お互い頑張ろうな」

 ぎゅ、と抱きしめるとアデギウスはすぐに体を離す。「ぁぁ~………」と声を漏らしたのはやはりササだった。

 密着が解けるのと同時にライザの緊張も少し緩んだようで、息を整えてもう一度アデギウスをしっかり見つめる。

「…………次は、絶対勝つから……!!」

「昨日もライザちゃんの勝ちだったろ?」

「あれは無効試合。それにあたしの全力はあんなもんじゃないの。完膚なきまでにへこませて、一生尻に敷いてあげる!」

「そ、そうか……楽しみだな……そうはさせないけどな」

「フフフッ」

 アデギウスを見上げるライザの笑顔はとても輝いて見えた。


「やっぱり甕返すよ」

 庭の魔物たちとの別れの為に移動するライザに俺とアデギウスがついていく。

「大丈夫よ、ルイス君が持ってて」

「でも、一つ足りないと大変なんじゃないの?」

「そうかもしれないけど、いいの。じつは空いたところに生命力甕を入れてね…ドラゴンを操れる魔法使いを目指そうかと思って」

「え」

 ドラゴンがいなくても魔法書があれば飛べるし火炎も放てるのに?

「ドラゴン2頭で並んで空を飛ぶのが夢なの」

「俺に乗るんじゃなくて?」

 セシルが寂しそうに聞いた。まだライザとの間のわだかまりを気にしているようだ。そんな勘違い、彼女のこの表情を見たらするはずないと思うんだけどな。

「セシルに乗ってたらセシルの顔が見えないでしょ? あたし、空を飛んでいるときの二人の笑顔を隣で見たいの」

 セシルの鼻先を撫で、抱きついた。

「これからもアデギウスが誰にも負けないように助けてあげてね」

「うん」

「またね、セシル」

「うん」

 魔物たちとも別れの挨拶を交わしたライザ。

 解凍されたレリアリがロディ退魔団との仲間設定を解除させると、その瞬間から魔物の言葉は聞き取れなくなった。

 セシルがすり寄ってライザの名を呼ぶが、もう分からない。

「ちょっとの間だけだったのに変な感じがするわね…」

「ライザさんならあのままでも良かったのに」

「これから他の退魔団に入るんだからそうはいかないでしょ。ケジメはつけないと。ね、セシル」

 名残惜しそうにもう一度鼻を撫で、一歩ずつ後ずさり、距離を離していく。

 セシルが何度も『またね! またね!』と繰り返し、アデギウスが宥めた。



 両親に会ってから王都へ発つというライザをアデギウスが送っていき、残されたメンバーたちはディノーの淹れた温かいお茶で一息つく。

「見たー?」

「見た見た! アデギウスかっこよかったね~!」

 と女子二人が先ほどの二人の様子をネタに盛り上がっている。

「姫はああいうプロポーズがお好みですか?」

「……なによー、文句でもあるのー?!」

「あるのー?!」

 ちょっと聞いただけのカラビウが非難を受けてたじろいでいる。

「SSランクを目指してくれるのはうちの団としてもありがたいことだな。俺達も応援してあげよう」

 ロディがリーダーっぽいコメントを発してまとめようとしたが女性陣には通じず、

「あんたもまだSでしょー? もちろん次の試験に出てSSを取るのよねー?」

「えっ、僕ですか? えーと……まぁ出来ることなら…………」

「そんな弱気じゃダメだよカラビウ! アデギウスみたいにバシっと決めなきゃ!」

「ぅ……は、はい……」

 と、どんどん気圧されていくカラビウ。

「そうすると今回試験を受けるのはルイスも入れて3人か……。……なぁロディ」

「ん? なんだい?」

 ジェイマーが真剣な面持ちでロディに告げる。

「俺も戦士の試験を受けたいんだけど良いか?」

 ロディのカップを口元へ寄せる手がピタリと止まる。そして、カップはテーブルへカツンと音を立てて戻された。

「どうして?」

 その短い一言に、俺は初めてロディに出会った時を思い出した。

「剣も極めたい。……勇者になるために」

 ずっと悩んでいたジェイマーがやっと腹をくくったんだなと、俺を含め彼の気持ちを知っていた者たちは安堵に似た感情を抱いただろう。

 でも。

「勇者? え? どうして君が勇者になるの?」

 ロディは聞かされていなかった側だった。

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