丸め込み
「ダメだよアデギウス! ちゃんと話をしないと!!」
「ルイス…?」
俺はライザのローブの袖を握ったままアデギウスへ抗議する。
「お前はそんなに冷たい奴じゃないはずだ! そんな突き放し方は男として最低だぞ!!」
「な、なんだよ突然……」
「ライザさんも! すぐ投げやりになりすぎだからちょっと落ち着いて…」
「あたしは今すごく落ち着いてるわ。だから離して」
目が合ったライザはとても冷たく怖かった。最初に入山申請所で見た時より何倍も。
「……駄目だよ、今度はどこに逃げる気なの?」
「…………」
「ライザさん、俺も上手く事が進んだら面白いなと思って軽い気持ちで背中を押しちゃって、それなのに上手くいかなくてごめんね」
「なぁルイス、なんの話をしてるんだ?」
「っ…!………」
お前等の話だろうが!! と叫んでやりたいが、ライザに『落ち着け』と宥めている最中なので自重する。
「……アデギウスはライザさんの何が気に入らないんだ。強引なところか? 自分より強いところか? 思い込みが激しいところか?」
「え……いや……」
「どこか気に入らないところがあるにしたって久々に会ったばかりなのに、それはあまりに酷い仕打ちだと思うぞ」
「ぇ…………」
ぽん、と俺の肩にライザが手を置いた。
「ルイスくん、良いんだよもう。アディ君は悪くない」
「でも!」
「折角手伝ってもらったのにごめんね」
「ちょ、ちょっと待って! 俺よく分かってない! 何でルイスに怒られてるの?!」
……さすがにイラっときた。
「怒って当然だろ! 自分を好きなコに向かって婚約破棄だとか絶交だとか、ありえないから!!」
「!! はっ………ぜっ…?!」
まるで初めて聞いたみたいな驚き方をするのも気に入らない。
アデギウスがこんなヤツだったとは………。
「ま、…まって? 何のこと? え……?」
あまりに狼狽えるアデギウス。気づいたライザが自分が逃げることよりもそちらに気を取られた。
「…アディ君、もしかして誓約書のこと覚えてないの?」
「え? 覚えてるよ? 今も持ってるし」
「え? 持ってるの? 嘘でしょ?」
「お」
ライザが俺を横に退かしてアデギウスへ近づく。
「持ってる筈ないじゃない。あれは書いた後ディノーさんに保管してもらうことにしたでしょ?」
「え? でも俺持ってる……ほら……」
アデギウスは鎧の首元から手を入れ、下げていた小さな袋から何回も折りたたんである紙を取り出した。
それを広げてライザの前に差しだす。
……俺の高さでは見えないのだが。
「ね? ちゃんと二人のサインが入ってる。これでしょ?」
「…違うし」
「え?」
「いつ書いたやつ?! こんなの無効だから!」
「ええっ?!」
ライザがベシッとアデギウスの手元を叩いた。衝撃で紙が手から離れ、俺の頭の上にハラリと落ちた。
手に取ってその文章に目を落とす。
「…………」
「俺、コレの為に頑張ってきたんだけど!」
「知らないわよ!!」
俺は二人を置いて掘り起こされたガタガタの草原を走った。
「ディノーさん! 教えて!」
ディノーは甥っ子が大変だっていうのにもうロディたちと一緒に焼き肉を楽しんでいた。
「どうしたんだい? あれ、それは……」
俺の持っている誓約書に気が付いたディノーが皿とフォークを手放した。
「これ、例の書類の後? 先?」
「ええと……ちょっとお待ちを……」
ディノーのアイテム倉庫は手帳タイプ。所々に押し花で作った栞が挟まっているのがこの人らしい。
目当てのページを見つけると手でつまみ、ビリっと一気に切り離す。
その瞬間に手帳の紙は消え、別の紙が手の中に現れた。
「日付は……君が持っている方が古いみたいだね」
「アデギウスが持ってた」
「そうなの? 知らなかったな」
知らなくても無理はない。こちらの誓約書にはディノーの署名は入っていなかった。
「そっちも持って行っていい?」
「良いよ。それより早く終わらせて食べにおいで。無くなっちゃうよ」
そりゃあルイーズとマグマがいるんだからすぐになくなるだろうな。
「はい二人とも見る!!」
まだ言い争っていた二人の間に戻ってきた俺は二枚の誓約書を突き付けた。
「まず見てわかるようにアデギウスの持っていた方が古い。契約書とかの更新だと、新しく作り直した書類の方が有効だよね?」
「そうよ! だからこれは無効!」
「でも、日付が新しい方の内容を見ても、これの更新として書かれたものかどうかは分からない」
「そ、そう? わかるでしょ、どっちも勝負についてのことだもの」
「でもアデギウスはそういう認識はなかっただろ?」
「……ごめん、正直こっちの書類は全然覚えてなかった…」
ディノーの署名もある書類を、まるで初めて見たように確認するアデギウス。
ライザにとってはそれはそれでショックのようだが……。
「ライザさんもこっちの古い約束はさっきまで忘れてたよね? もしかして、探せば他にもあるんじゃないの? 誓約書」
「そ………それは…」
「俺達いつもこういう罰ゲームをいっぱい書いたうちから一枚引いて競争するみたいな遊び方をしてたから……」
罰ゲームを書面で残して後々逃がさないようにする子供……恐ろしいな。
「でも、ディノーさんにサインしてもらったのはこれしかないのよ!」
「あの人は二人が他にも誓約書を書きまくって遊んでたことを知らなかったよ。もちろん自分が預かったものが何かの更新版だという認識も無かったみたい」
ライザとしては本気の証としてディノーに預けたんだろうけどな。
「もう勝負内容の認識がお互い合ってない時点で成立してないと思わないか?」
「でも……」
まだ渋るライザ。どうにかして自分のしでかしたことへの罰が欲しいんだろう。
「俺この時に結婚とか絶交が何なのかなんて理解してたかなぁ?」
アデギウスがその頃の事を思い出そうと考え込む。
「何歳?」
「えっと、4…かな?」
「4歳の子供が結婚が何か分かってたとは思えないよな。でも6歳のライザさんは本気だった」
「…あ……」
「6歳のライザさんがプロポーズをして待ち続けて、大人になった今それを突然お前が無効にすると宣言した。どう? 最低だろ?」
「……最低だな……ごめん、俺ホントに酷い事言ってた」
「………」
「アデギウス、いっそさっきの降参を取り消したら?」
「そんなことは出来ない」
「…じゃあ喧嘩両成敗でこの両方を有効にする?」
「! ………それは…」
ライザが動揺する。よし、もう少しだ。
「そうしようか? こっち【負けた方は勝った方におしっこする前に必ず報告する】だけど」
「っ」
「アデギウスが勝ってたらこれを無効にしたかったんでしょ」
「それはだって、ライザちゃんにそんな………だめでしょ」
原因が分かればなんてことはない。アデギウスはアデギウスなりにライザを思って勝負に挑んでいたんだ。
「これ、いつまでっていう期限がついてないからこれからずっとなんじゃないの? アデギウス、報告大変だね、がんばって」
「……え、でもそしたら絶交も有効だろ?」
「……」
「そうなんじゃない? 絶交してるけど、おしっこするときは教えにくるんだよ。報告してからじゃないとおしっこ出来ないんだよ。騎士たるもの、一度約束したことは守るよね。大変だね、がんばってね」
「……」
「ライザちゃん……報告に来ても逃げないでよ?」
「……」
「報告ってどういうことだろうね?『あとどれくらいで出そう』とか『どこでする』とか? 一日に何回この村に来なきゃいけないんだろうな」
「転送か……誰に……カラビウに頼むしか…………」
「も…もうやめて………」
「なぁにライザさん?」
「やめて…無効……破棄…」
真っ赤な顔を手に持っていた本で隠す。報告を受けるシミュレーションでもしたのだろうか。
「どっちも? ホントに良い?」
「良い…良いから……」
俺はさっさと二枚の誓約書を重ね、小さくなるまで何度も破った。
「はい、これで絶交も無し! 今からは何のわだかまりもない友達同士に復活! じゃあみんなで肉食べに行こう!」
細かくした紙は風に飛ばし、空いた手でアデギウスとライザの手を握る。
振り返ると、観戦していたメンバーが誰も見守っていないことに気が付いた。
「あっ…みんな薄情だな………ほら、俺たちが一番最後だよ! 急ごう!!」




