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投降

「【返滲雨】」

「雨だ」

「雨なの?」

 大きな雨粒がアデギウスとセシルへ降り注いでいる…らしい。

 アデギウスが再びセシルを班球体へ回収すると遠くへ放り投げて、自分はその場に膝をついた。

「雨が滲み込んだところから力を吸い取って流れ出るのよー。多分アレ、装備にも影響するやつだわー」

「怖っ…そんな魔法があるのか……」

 ジェイマーとオザダが一歩後ろに下がった。雨、こっちの方まで降ってるんだろうか。

「発動時間は短いけどああいう吸収系の魔法書は持ってても良いわよねー」

「姫、あれは回復魔法に分類されるのでしょうか」

「そうねー、攻撃としても有効だからあんたも持ってればー?」

「わかりました。今度探してみます」

 反撃できないアデギウスから目を離さずにもう一冊の本を取り出したライザ。

 こちらは飛行の本らしく、ライザの足が地面から浮く。

 雨の発動時間が終了して力を失った本を捨てるとすぐに次の本を手にして一気にアデギウスとの間合いを詰めに来る。ほんの数メートルの距離まで迫ったところでピタリと止まると、今度はアデギウスの体が浮く。その間でどうにか回復薬を一本飲み干せたアデギウスだったが、行動を縛られてしまい攻め手を考えているようだ。

「範囲効果の魔法と飛行魔法の組み合わせ? アデギウスは思い通りに動けなくなったみたいだけど、あれでどんなダメージを?」

 カラビウが首を捻る。

 アデギウスが後ろに押される。ライザに制御されてるようだ。

「知ってるわ、アディ君の飛行ナイフはさっき投げたあの3本だけ。もう持ってない」

「……」

 浮いたまま向き合うライザとアデギウス。距離間隔を支配され、投擲武器が手元に無いとなると……。

「アディ君、人間はどれくらい上から落ちたら死んじゃうのか知ってる?」

 ライザが微笑んだ。

「なにを…っ……」

 二人が同時に上空へ昇っていく。通常の移動で飛ぶ高度を越えていく。

「え、まさか……」

 上昇が止まったのはもう空に2つ黒い点が浮いているようにしか見えなくなってからだった。

「アデギウス、今セシルがいないよな」

 セシルが入った半球体は、ここからではよく見えない草むらの中だ。

「あっ?」

 点のうち一つが急降下を始めた。アデギウスの方だ。

「まさかあれ、範囲効果の本では?!」

 カラビウが指さした先にはアデギウスより先に落下してくる魔法書。

 範囲効果が無くなったことでアデギウスへの飛行魔法も解けたのだ。

「えっ、あのまま地面に叩きつける気ー?!」

「ど、どうする?! 流石に無理だろアレ」

 観戦者たちが慌て出す。ササは何かの魔法書を準備した。

「手を出したらアデギウスの負けだ」

 口調は冷静そうなオザダだが、手元は慌ただしくアイテム倉庫から藁の束やらテントやら色々出し始めた。

 そうしているうちにアデギウスの高度はぐんぐん下がっていく。

「アデギウス、降参! 降参って言え!! 言ったか?!!」

 ジェイマーが叫ぶが、人の形だと確認出来るまで近づいたとはいえ声が届いているかどうか分からない。

 そしてライザは空中で止まったまま。

 あそこではアデギウスが『参った』と言ってもライザにも聞こえないだろう。

 もう聞く気が無いのか?

 ライザはアデギウスを殺すつもりなのか……?

「ねぇアレ!」

 カラビウが今度は目の前の地面を指さす。

 今は誰もいないはずの戦いの場で、何かがうごめいていた。

「武器!」

 俺が叫んだのと同時にブーメランが3本アデギウスに向かってゆるゆると浮かびあがった。

 おそらく自己回帰の効果だろうが、かなりフラフラしている。力を奪うという雨に触れたせいだろうか。

 ゆっくり昇っていくブーメランにアデギウスが追い付いてしまう。

 地面にぶつかるまであと何秒あるだろう。

「何やってるんだアイツ! おい! 降参しろ!!」

 ジェイマーがやきもきしている。

 しかし向こうからの声は聞こえてこない。

 アデギウスがキャッチしたブーメランを投げた。

「なんで地面に投げたのー?! ミスー?!」

 ササが今にも救助に飛んで行ってしまいそうだ。

 それを止めた方が良いのかどうかもアデギウスの様子からはまだ判断がつかない。

 最初に投げたブーメランが草むらに突っ込んだ。

 回転しながら地面に突き刺さる瞬間に何かを弾き出した。

 2本目に投げたブーメランがそれに絡まって回転し、吐き出す際に更に空中へ浮かせて仕事を終え、自身は落下していく。

 最後のブーメランが2本目を追い越したところで折り返し、それを掬い上げてアデギウスの手元へ帰還した。

 銀の竜がアデギウスを乗せてゆっくり地上へと戻る。

「…………」

「…………」

 混乱状態だった観戦席に沈黙が訪れる。そして、各々が身の回りを片付け始めた。

「大丈夫なら大丈夫って言えよ………ったく…」

 ジェイマーは何故両手にニンジンを握りしめていたんだろう。

 アデギウスは落下しているブーメラン2本を回収し、ライザが降りてくるのを待つ。

 ライザはゆっくりと降下してくる。

 そして、偶然にもお互いが最初の戦いが始まる前の最初の立ち位置に戻った時。


「「参りました」」

 それは同時に発せられた敗北宣言だった。



「は? 降参? なんだそりゃ?」

 身の回りを片付けていたこちら側のことなんか気にもせずにあっさりと勝負は終わってしまった。

「どうして? まだ戦えるだろう?」

 アデギウスがライザに問いかける。

「もう魔法書が無いの。打つ手なしよ」

「まさか!!」

 疑うアデギウスにライザが自分の魔法書の棚を見せる。

 彼女の言う通り、棚にはもう一冊も本が無かった。

 たぶん最後の飛行と範囲効果はまだ使えるんだろうけど、さっきの方法以外に攻め方が思いつかないのかもしれない。

 5冊。それは同ランクとの勝負に挑むにはあまりに少なすぎる魔法書の数だったのではないだろうか。

「ライザちゃんどうして!? 俺に勝たせようと手加減したの?!」

「そんなことない。でも他の本はさっきの逃亡で使っちゃってたから。回復アイテムももう無いし」

 拉致監禁事件の後にライザは魔法書の補充をしていなかったのだろう。

 だったら準備が整うまで待たせれば良かったのに。

 やはり負けたかったんだろか。

「あたし、最初は負けようと思ってた。みんなにも手伝ってもらって、負けるために準備してた。でも今の勝負は本気で行った。最後の落下で誰かが介入してくると思ってたのに…読み間違えたわ」

「ライザちゃん……」

「アディ君こそ、さっきの言葉を取り消しても良いのよ。一発あたしを殴るか火炎を浴びせるかしたらもうあなたの勝ちなんだから」

「それは俺の戦い方じゃない。俺の武器はこの飛行ナイフだから。これが使い物にならなくなった時点で俺の負けなんだ」

 アデギウスが手に持っているブーメランは刃が欠け、軸にヒビが入っていて今にもバラバラになりそうだった。

「それに、セシルは俺の体の一部だけど、もしセシルので勝ったとしてもそれは俺が勝ったことにはならないから」

 そういうものなのか、とアデギウスの言葉は俺には少し違和感が残る。

 俺が騎士じゃないからなのかもしれないけど。

「アディ君らしいと思うけど、真剣勝負にそういうこだわりは要らないんじゃない? とにかく、この勝負はアディ君の勝ちだから」

「待ってよ! そっちこそ、最初は負ける気だったとかって、なに? ちゃんとやってたらライザちゃんの勝ちだったんじゃないの?!」

「だから、本気でやったって言ってるでしょ!」

「俺もちゃんと戦ったし負けたんだってば!」

「そろそろ焼けるよー!」

 遠くでロディがトングを振って呼んでいる。

「出来たわよー!」

 ルイーズが前足にチェーンを巻いてもらって喜んでいる。

 しかし勝ちを擦り付け合う口喧嘩は続く。

 どちらも引き下がらない。

「何なのよ! アディ君のくせに!!」

「そっちこそ何でそんなに頑固なんだよ!! ライザちゃんの勝ち! 俺は約束を守る! それで良いだろ!!」

「良くない! 勝ちたかったんじゃないの?! あたしとの約束が嫌だったんでしょ!」

「嫌だよ! 当然でしょ!!」

「そっ…」

 ライザが言葉を詰まらせた。

「…………そこまであたしのことが嫌い?」

「え」

「……わかった。ごめんね、アディ君の気持ちを考えるって決めたばっかりだったのにね」

 興奮気味だったライザが、ふっと諦めの表情に変わった。

「ライザちゃん?」

「よかったね、あたしの勝ちよ。」

 閉じていた本を開こうと手が動く。

「ライザさん待って!」

 俺はいても立ってもいられず、つい口を挟んでしまった。

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