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 食事中、父は帰りに見たものを事細かに伝えた。景色についてもそうだが、ほぼドラゴンについてだった。

「それでついに卵を買っちゃったわけ?」

 食器を下げながら呆れた声でエマルダが荷物に混ざっている卵を横目で見た。

 確定だ。アレクシスはドラゴンを以前から欲しがっていたけど、いままで理由が無くて買えなかったというところだろう。

「いやいやいや、それについては順番に説明するから」


 食卓が片付いたタイミングで俺たちはまず母へ土産を渡した。言われていたものに加え、ついでに買った珍しそうな果物も母は喜んだ。

 アレクシスの選んだ服や装飾品もお気に召したようだった。

「ありがとう、すごく嬉しいわ」

「良いんだよ、本当は君に似合いそうなものがもっとあったんだけど」

「充分よ。それじゃあルイス、他に買ってきたものも見せてくれる? まずは貴方のその格好からよ」

 俺は母の目の前に立ち、くるりと回って見せた。

「素敵ね。似合っているわ」

「ぼく勇者になりました」

「え?」

 エマルダは俺を見たまま固まった。

「おかあさん?」

「エマルダ、しっかり」

「あ、…勇者?」

「うん、勇者」

 頷く俺を見てもまだ事態が飲み込めないのかアレクシスの方を見るが、同じように頷かれてもう一度俺の方を見る。

「私てっきりグレイスに弓の才能を見つけてもらったんだと…どういうことになったの? 勇者って? どこの学校も出ずに?」

「そうなんだよ、グレイスが言うには…」

 アレクシスが本題に入った。俺もドラゴンの卵を抱いて椅子に座る。

 エマルダは黙って聞いているが、時折渋い顔をする。主にメルシアの名前が出る時。店を押し付けられたことを根に持っているのだろうか。

「ドラゴンも俺の為じゃない。ルイスの為なんだよ」

「…それは、そうね。居たほうが安全よね。でもそれにしてもこの年の子が勇者って…それにあの人がこの子を大事に見てくれるかどうか…」

「グレイスが根回ししてくれるし、メルシア様だって君を育てたお母さんなんだし」

「あの人に育てられた覚えはあんまりないわね」

「エマルダ…」

「かと言って魔法使いとしては一流だし…その辺のよくわからない退魔師に大事なルイスを預けてもしものことがあったら大変だし………ねぇ、本当に行かせていいのかしら」

「ルイスが頑張るって言ってるしなぁ」

「頑張る」

「頑張るって言っても怪我する時はするし、死ぬときは死ぬのよ? わかってないでしょ?」

「わかってる」

 魔物に喰われたことは何度かあるし。

「ああ不安だわ…私もついていこうかしら」

「おいおい、それは困るよ」

「こうなるとグレイスに会わせないまま、落ちこぼれのままでも良かったような気がするわ」

「酷いな」

「ひどい」

「ごめんなさい、でも寂しいのよ。凄く不安だし」

 ハァとかフゥとかため息が止まらないエマルダ。顔を両手で覆ったり俺を見たりアレクシスを見たり落ち着けないようだ。すまないな、気苦労を掛けて。

「どこかの学校に入ったとしても離れて暮らすことにはなっていたんだ。実践を学ぶ特別学級とでも思えばいい」

「……そうね、なるべくたくさん帰ってこれるようにお願いしなくちゃ。転送魔法の本をたくさん持たせましょう」

「他にも貢物を何冊か持たせるつもりだ。グレイスから言われているものもあるし。ところで身の回りの物はどれくらい持っていくものなんだろうな」

「行く先々に宿は有るから不便はないでしょうけど、寝間着とか…まさか野宿なんてしないわよね?」

「町が無い区域にだって行くだろう? …そしたら寝具一式は要るか?」

 と、あれこれ必要な物を旅に出たことのない両親二人が言い合っている。時折、

「…ねぇほんとに行くの? ルイス」

「うん」

「ああぁ…不安」

 というやり取りを繰り返しつつ。


 翌日の昼頃、グレイスから手紙が届いた。

 メルシアの了解が取れ、すぐに向こうから迎えが来るとの内容だった。

「すぐ?! すぐっていつなのかしら?!」

「すぐは…直ぐじゃないか?」

「もうっ、そんなに急がなくてもいいのに! あの人っていつもそうなのよ! よく考えるってことを知らないの!」

「エマルダ、悪いが店からここに書いてある魔法書を集めてきて封を解いてくれ。それから…ルイス、装備は一人でちゃんと付けられるか?」

「もう全部着れたよ」

「そうか、さすが勇者だな」

 エマルダは店と住居スペースを必要以上に行ったり来たりと忙しなく、アレクシスは比較的淡々と準備を進めているように見せつつもチラチラとこちらを見ては目頭を押さえる。

 俺はとりあえず昨日揃えた武器防具一式を身に付けた状態で、袋の中に入れたままの卵の様子を観察する。

 けど外側は何の変化も見られない。すぐにやることが無くなってしまった。

「あ…おとうさん、今のうちにみんなにお別れ言ってきてもいい?」

「そうだな、慌ただしくて気が回らなかった。行っておいで。なるべく早く戻るんだぞ」

「うん、わかった!」


 俺は家を出て先ず、向いの家のドアをノックした。

 すぐにドアは開き、俺を見た家主が格好に驚いた。

「どうしたんだルイス、そんな良いもん着て」

「これから旅に出るんだ。ダリアは起きてる?」

「ああ、ちょっと待ってな」

 大工のハーリーの娘ダリアは一つ年下でよく面倒をみてやっている子だ。

「どうしたのルイスにーちゃん」

 やってきたダリアは右手に食べかけのパンを握りしめていた。

「これから修行に行くからしばらく会えなくなるんだ」

「しゅぎょうってどこ?」

「わかんないけど、遠くだよ」

「遠くってどこ? あたしも行く」

「無理だよ、ダリアの事は連れてってくれる人にお願いしてないし」

「やだ! ルイスがいなくなっちゃうのやだもん!」

「行くならダリアパパとお別れだよ?」

「え…」

「ダリア、俺を一人置いてどっか行っちまうのか?」

 すかさず、横で話を聞いていたハーリーが悲しそうな顔をダリアに見せた。

「そしたら俺は一人残されて、寂しくてどうにかなっちまうんだろうなぁ」

 ダリアはハーリーと俺を見比べて、ハーリーに縋り付いた。うん、出来た娘だ。

 その仕草にハーリーは満足そうに俺ににんまりと笑ってみせた。ダリアには見えないように。

「ダリア、うちの父さんと母さんも寂しくなると思うんだ。ダリアがたまに様子を見てくれると嬉しいんだけど」

「いいわよ。あたし、ルイスパパもルイスママも大好きだもん。あたしがみんなを守ってあげる!」

「ありがとう! じゃあ俺、他の奴らのとこにも言いに行ってくるから」

「あっ…」

 ダリアは俺に続こうと踏み出すが、ハーリーを掴んだ手を放していいかどうかで悩んでしまったようだった。

「今は良いよ。行ってきなさい」

 大きな手がダリアの両肩を包んで、俺の方に押し出した。

「ルイスにーちゃんっ、あたしも行くっ」

「うん。じゃあそのパン食べちゃいなよ」

 パンの欠片を口の中に放り込んで、空いた右手を俺の左手とつなぐ。

 遊びに行くときと同じように。


 俺たち二人は、よく遊ぶ村の子供たちの家を訪ねて回った。

 仕立屋のケルビン、養鶏場のハオ、雑貨店のトルネリ。

 みんな突然の別れに驚き、寂しがってくれた。

 平和な村で、仲のいい友がいて。行かなきゃ行かなくてもいいんだよな、という思いが何度も過る。

 けど、と心の中で踏ん張る。俺はこの子たちと違う。過去があって、今があって、何もしなければその先もある。

 そして、俺以外みんな、既に発火魔法が使える…。

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