対峙
結局『まずはメシを食え』とのことでディノーがライザに食べさせることになった。
ライザは拘束されたままキンが足元だけ溶けてテーブルの傍へ移動させた。
ディノーのスプーンの動きに合わせてライザが口をあける。
大人しく従わないとすぐにアデギウスが送り込まれると警戒しているようだった。
「さあみんなも食べてくれ、せっかく冷やしたスープが温くなってしまうよ」
「そ、そうね、いただきまーす」
「ん! おいしー!」
「ディノーさんは料理が上手ですよね、ホント」
ちょっと異様な光景に戸惑っていたメンバーがやっと動きだす。
会話が生まれ、食卓の雰囲気が少しづつ緩んでいく。
硬い表情だったアデギウスもその雰囲気を感じ取り、ディノーに手渡されたパンをやっと口にした。
その時だった。
「アディ君、ごめんなさい」
ライザが初めてアデギウスに話しかけた。
ピタ、とみんなの会話と手が止まる。
相変わらず野菜の炒め加減が完璧だな。
「自分の気持ちを押し付けて……アディ君の気持ちを全然考えて無かった…」
「ライザちゃん、そんな事ない」
「あたしがいなかったらアディ君は退魔師にならずにディノーさんみたいな職人になれてたのに。あたしがアディ君の夢を壊したから……」
「俺は退魔師になったことを後悔してないよ!」
「嘘! だってセシルが」
「確かに俺は叔父さんみたいになりたいと思って…でもそれは今もずっと思ってることだよ!」
「……え」
「俺の目標は子供の頃からずっと叔父さんなんだ。叔父さんみたいに強くなって、引退した後は叔父さんみたいな職人になりたいんだ」
「…………え」
ライザが目を点にしてディノーを見る。
「えっと…ライザちゃんって、俺の職歴知らなかった、っけ……?」
「……しょく…れき?」
「俺、前は王宮の竜騎士だったんだよ。相棒のドラゴンが深手を負ったのをきっかけに引退して、ここに移住してきたんだ」
なるほど! だからこのガタイで強いのか!
一つ疑問が解消したせいか冷たいポタージュスープが美味い。
「そのドラゴンが産んだ子がセシルだ。俺もセシルも小さいときは叔父さんが竜騎士だったことを知らなくて、ただ叔父さんに憧れてた。けどこの人の余裕とか、強さとか、知識とかは騎士の時に培ったんだって知って、俺も騎士を目指そうって決めたんだ」
「こらこら、大袈裟に言うのはやめなさいアデギウス」
ディノーが照れを隠すように大皿からそれぞれの皿へ大きな杏を取り分け出した。生で食べるのはいつぶりだろうな。うん、みずみずしくて美味い。みんなも食べればいいのに。
「あまり戦いが好きじゃないセシルに発破をかけるとき、よくライザちゃんの名前を出してたんだ。『ライザちゃんに怒られるぞ』『馬鹿にされないように頑張ろう』って。それでライザちゃんを怖がることになっちゃったのかもしれない」
アデギウスは少し離れた場所に座っていたセシルを呼ぶ。
セシルはライザの様子を窺いながらゆっくり近づいてきて、アデギウスの横に座った。
「アデギウスが学校に入って、あんまり頭良くないのに勉強ばっかりして遊んでくれなくなったのはライザちゃんのせいだと思ってた」
「おい、俺の頭は普通だから」
「馬鹿だからライザちゃんに言われたとおりにしなきゃって思ってるんだと思ってた」
「おい……」
「アデギウスがライザちゃんのこと嫌いじゃないなら俺もキライじゃないよ。…ちょっとだけ怖いだけだよ」
セシルが首を伸ばしてライザに顔を近づける。そしてペロリと頬を舐めた。
「セシル……」
「ライザちゃんが強くなれって言ってくれたから、俺達も強くなれるんだって思えて、だから頑張ってこれたんだ」
「アディ君……」
「だからライザちゃん、俺達と勝負してくれないか!」
「!」
お。話が一気に飛んだ。
「俺がどれだけ強くなったかライザちゃんにわかってほしい。それで……」
「……」
「俺が勝ったらあの時の誓約書を破棄したい!」
「!!」
それは、結婚の意思はない、と宣言したに等しい言葉。
ライザは泣きそうな顔を見せまいと顔をブンブンと2回左右に振った。
そして直ぐにアデギウスを睨みつけた。
「…良いわ! あたしがアディ君に負けるはず無いじゃない!」
戦いは一時間後。拘束を解かれたライザは準備の為に一旦家へ戻った。
「あ、家族の記憶……」
ディノーの詰所の修繕について来てしまってから思いだした。
ライザの親は山の管理者なんだろうから、役割上は異常が発生したら報告義務がないわけない。
急いでレリアリに行かせようか。
「申請所か? あそこは大丈夫だろ。自分の娘が起こした事件をわざわざバラしたりしないさ」
一緒に来たジェイマーが器用に窓ガラスを枠に嵌め直していく。
「え、誰の犯行か知られちゃってるの?!」
ライザ、家で何を言われてるんだろう。この後で勝負とか、大丈夫なんだろうか。
「ササに運ばれて村に帰って来た時に見られちまってな。ディノーさんが一通り説明したんスよね」
「穏便に済ませるから任せてくれって言ったら感謝されちゃったよ。……よし、これで完了!」
入口のドアは丸々交換した方が早いと、工場で作ってきたばかりの物と付け替えた。
本当に早い。
「あれ、もう終わったんですか?」
奥から魔法使いが顔を出す。
「すみませんこの度はご迷惑を掛けまして」
とジェイマーが軽く探りを入れる。
「何のことですか?」
と魔法使いは首を傾げた。
「ああいえ、修理に来るのが遅くなってしまったので」
「いえいえ、すぐ来てもらって助かりましたよ。さすがチルチットの職人さんは仕事が早いですよね」
「また何かあったら呼んでください。うちの大将はいつでもいい仕事しますんで! ね、大将!」
「あ、ああ。今後とも御贔屓に」
「ありがとう」
俺たちは見送られて詰め所を後にした。
「全然違和感なさそうだったな」
ジェイマーはオザダから借りたガララに乗り込んだ。そしてディノーはセシルに乗る。
魔法使いはライザを確保したときに顔を合わせていた俺のことも、人質として一緒にこの小屋にいたディノーの事も覚えていなかった。当初は賊の犯行のせいにしていたものが突風が原因だったことにすり替わっていた。
「レリアリがうまく動いてくれたら世界征服も出来そうだよな」
「そういうこと言うのやめてよ師匠、俺も思ってるんだから」
向かい合って立つアデギウスとライザ。
場所は川の下流、村からはかなり離れたから誰かの往来を邪魔することもない平原だ。
「ジャッジメントは必要かな? 野暮ったいから要らないよね」
ロディは誰よりも早く木陰に見物場所を確保して腰を下ろした。
退魔団のメンバーもその周りに集まる。
「ルイス、僕にはライザさんが勝とうとしてるように見えるんだけど、気のせいだよね?」
カラビウが不安そうな声で話しかけてきた。
「俺もそうにしか見えない」
「え? うーん……」
ライザはアデギウスと結婚したかったから負けたかった。
でも、アデギウスは自分が勝ったら約束を無かったことにしたいと言った。
ライザは相当ショックを受けただろう。
思い詰めるタイプの彼女なら、いっそ自分が勝って絶交しようと思っているのかもしれない。
そもそもアデギウスはどうしてあんなことを言ったんだろう。
彼女が傷つくのは分かっていただろうに。
俺はちょっとアデギウスに怒っていた。
「ルールは? 制限時間はどうする?」
「そんなものはいらないわ。参ったと言った方が負け。それだけよ」
ライザの黒いローブが風になびく。
流れる髪の毛の隙間から見える冷たく鋭い眼光がセシルに乗り込むアデギウスを捉えている。
それはアデギウスと向き合うことを恥ずかしがっていた彼女とはまったく別人のように見えた。
「スタートの合図は俺が出そうか。落下傘が開いた瞬間に戦闘開始。どう?」
「頼む」
「いつでも良いわ」
ジェイマーが弓を構え、無言で上空に矢を放つ。
羽の部分にくっ付いていた重りのような塊が二人の頭上を差し掛かった瞬間に矢からはずれて落ちてくる。落下して受ける空気抵抗によって塊が解れ、糸で繋がれた重りと傘部分に分かれた。
そして、
「【土発天】!!」
開いた瞬間に落下傘は突き上げる無数の土の槍に貫かれた。




