ポタージュ
草原の色が変わって見えるほどの虫を焼き落とし、首を落とした怪鳥を食料としてアデギウスの倉庫へ保管する。大型の猿の群れは数匹にダメージを与えたら纏めて山へ戻っていってくれた。山の周囲を何周か確認し、ロディからやっと終了の許可が下りたのは昼を過ぎた頃だった。
「じゃあ詰所の奴らを戻すから、あんまり私のほうを見ちゃ駄目よ?」
人の姿で待機していたレリアリが再び黒馬の姿に戻る。
「…レリアリさんだと分かっていても、ついつい斬りたくなるね」
ロディが物騒な事を言ってるが、数日前に流れ作業のようなナイトメア処理班に身を置いていたのだから仕方ないだろう。それに、団長でありながら自分だけ術に掛かるという失態を見せてしまったことで焦りや苦手意識があるのかもしれない。何れにしても言われているレリアリ本人が特に反応しないみたいだし、こっちも特に心配しなくてもよさそうだ。
「【詰所の一つが突風で飛んできた石でガラスと扉が破損、それに驚いた担当魔法使いが瞬間的に魔法を止めてしまって結界が剥がれたがすぐに持ち場へ戻った。王宮からの応援が来た時には既に通常通りの業務を行っており、山から出た魔物による被害は確認されていない】。刷り込む記憶の内容はこれで良いかしら、ルイスさま」
「ああ、それで今日会った魔法使いたちから俺達の記憶が全部消えるなら良いぞ」
そう返答すると、ロディが追加で注文を出した。
「ごめん、それと一緒に俺が何箇所か聞き込みをしていた時の記憶も消せるかな?」
「お安い御用よロディさま」
レリアリは振り向くことなく返事をする。
確かに、ライザとディノーの名前を出して聞きまわっていたことを覚えられていては後々何かあった時に調べられる危険性があるからな。
「がんばれレリアリ様~」
ロッジャルの応援を無視して、レリアリは自分の周りに黒い靄を発生させ始める。
靄は一度レリアリの鼻先に纏まり、スルスルと細く長く前方へ伸びていく。そして詰所の壁を順に貫いていった。
靄は伸び続け、先端が山の向こうに隠れてもまだ進んでいっているようだ。
「見えてるのか?」
「支配してる人間は私の分身みたいなものだもの。どこにいても分かるわよ」
「あ、戻ってきた」
詰所の魔法使いをすべて経由した細い靄が村の上空を越えてこちらへ戻って来る。
先端は起点と合流し、山を囲んで巨大な輪を作り出した。
レリアリが出来上がった靄の輪を咥える。
「!」
「うわ」
放出された黒炎が一気に輪を燃え伝わり、靄は煙と煤となって風に流されて消えた。
「これでもう大丈夫よ」
レリアリが人型に変化する。
「今のは村の人たちに見られてないのか?」
「どうせこの時間帯は誰も外に出ていないでしょう? もし見てたとしてもきっと何をしてたかまでは分からないわよ」
それもそうか。
「じゃあもう戻っていいか?」
アデギウスがうずうずしている。
「良いよ。帰ろ…」
「っ?! セシル?!」
ロディが言い終わるのを待ちきれずにセシルが離陸した。そのせいで珍しくアデギウスがバランスを崩し、セシルの首に抱きついた格好でディノーの工場へ向かって飛んで行った。
「…俺達も帰ろうか」
「そうだな。……話し合い、うまく行くといいんだけど…………」
「ライザさんは大丈夫かなぁ?」
「あのコ達の記憶も変えちゃう?」
レリアリが笑う。
……それをやりだしたら無法地帯だろうが。
……。
でもそれが一番手っ取り早いんだよな……。
工場の扉を開けると、拘束された姿のライザがいた。
首から下をガッチリとキンに覆われているのでよくわからないが、その形からして多分、椅子に座っている。そして、その彼女の正面でアデギウスとセシルが同時に何か話しかけている。
「お疲れ」
扉のすぐ横の壁にもたれていたジェイマーがポンと俺の肩を叩いた。
「師匠…みんなも……ありがとう。助かったよ」
皆、アデギウスとライザから距離をとっていた。
二人を気にしつつ、小声でジェイマーと会話を続ける。
「…どんな感じ?」
「アデギウスが来るまでは元気だったんだけどな、『早く通報して王宮に引き渡して』っつって」
しかし今のライザは無言で俯いているだけだ。
「でもアデギウスが来た途端に黙りこんじまってさ。セシルもすげー謝ってるんだけど全然。なんなの? あいつら嫌われてんの?」
「いや……好きすぎて緊張してるんだと思う」
「…………はぁ?」
「なになに?」
会話の内容が気になったのか、ササとフィリーアが寄って来る。
オザダも近くにいるな。いないのは……。
「えっと……カラビウが詳しいからそっちに聞いてもらっていい?」
「……まぁいいけど、なんか説明下手のイメージなんだよなお前」
ジェイマーのその言葉にカラビウが憤慨する。
「そんなこと無いよ! 僕がしっかり事の経緯を教えてあげる!!」
「もー! 声がデカいー!」
「す、すみません姫!!」
「だからー!!」
一気ににぎやかになってしまった工場を突っ切って俺は奥の部屋へ向かった。
「ディノーさん!」
「ああ、お帰り。お疲れ様」
ライザに連れまわされていた疲れはないのか、ディノーは台所で大きなフライパンを握り大量の野菜炒めを作っていた。
「……大丈夫なんですか?」
「俺? 全然。それよりお昼ごはんに冷製スープは付けた方が良いと思う?」
「え、俺は要らないかな…」
「今日はイモじゃなくてトウモロコシのほうだよ?」
「じゃあ要る」
「だと思った」
「…………」
………いかん、懐かしいやり取りにホッコリしている場合ではない…。
ディノーが食糧保存庫からトウモロコシを取り出したので横に行って両手を差し出した。
立派なトウモロコシが俺の手の上に4本乗っかった。
「アデギウス達も戻ってきたかい?」
「…うん。でもライザさんが何も喋らないみたいで」
皮を剥き、髭を毟る。ディノーはバゲットを切り分ける。
「そうか…あの子、行動力はあるのに不器用なんだよね」
「どうしてこんな事をしたのか、言ってましたか?」
「『もう終わりにする』ってさ。最初は捕まりたかっただけみたいだったけど、『やっぱり連行されるところをアデギウスに見られるのは恥ずかしい』と言い出してね。どうすればいいか決められないまま君たちに追い詰められて山に逃げた頃にはもう『世界ごと全部消えちゃえ』くらいの事を叫んでたよ」
「犯罪者になったらアデギウスが愛想を尽かすだろう、って? …極端だな」
「気持ちはわからなくはないけど、普通はそれは選ばないよね」
ディノーがナイフでトウモロコシの実を削ぎ鍋で加熱しつつ、俺が横から牛乳や調味料を加えていく。
「ま、再会しちゃったんだし、逃げられないってわかっただろうし、どうにかするしかないでしょ。それよりお願いがあるんだけど」
「えっ?」
「マグマ君の冷たいブレスを借りても良いかな? 朝食抜きだったからお腹減っちゃって、ゆっくり冷えるのを待ってられそうにないんだ」
「……どうぞ」
まだ熱い鍋を少なめに水を張った一回り大きなボウルに重ね、マグマに弱い冷気を吹き付けさせる。
テーブルに他の物を準備しているうちに冷製スープはしっかり冷えた。
「ライザちゃん、何も喋らないといつまでも解放してもらえないよ?」
ディノーがスープを装いながらライザに圧をかける。
しかしライザは無視を決め込んでいる。
「…アデギウス、ちょっと来なさい」
「…………」
一瞬たりともそこを離れたくなさそうなアデギウスだったが、ディノーが手招きをやめないので仕方なく歩いてくる。
「さあ、これを持って」
「けどそんな心境じゃ…」
「ライザちゃん、今からアデギウスがキミにこの食事を食べさせてあげるからね」
「!!!」
ガバッ、と顔を上げるライザ。
「手が使えないんだから、仕方ないよね」
「い、要らない!!」
ライザがブンブンと頭を振る。
「暴れるとアデギウスがキミを抑えなきゃいけないから触れるよ。いいのか?」
「っ!!!!」
更に暴れるライザ。でもキンが多めの分量で足元を抑えているのでビクともしない。
器を持ったアデギウスがライザの前に戻る。そして、膝をついた。
「ライザちゃん、口あけて」
アデギウスと目が合ったライザが動けなくなる。
スープをすくったスプーンが、差し伸べられる。
徐々にアデギウスの手が自分に近づいてくるのをじっと見つめ、スプーンの先が唇に触れそうになった時。
「もう無理降参……爆発しそう……!」
と真っ赤になって音を上げた。




