後処理
チット山に近づくにつれ、よく見えてくる。
山から出現した昆虫系の魔物がめちゃくちゃ飛んでいるのが。
ただ、『結界が無くなったから今がチャンスだ!』『人間を襲いに行くぞー!』という考えを持つようなタイプではなくて、『なんか飛んでたらいつもより遠くまで出てこられたね〜』くらいの感じなんだろう。山の上空を飛び回る脚長で胴体が黒光りしている虫たちは何の目的もなく飛んでいるだけのように見える。…虫だしな。
「この数を逃がすと農地がかなりの被害を受けるから甘く見ないように!」
ロディの剣から渦巻く炎が吹き出すと、いちいち狙いを定めなくてもそれだけでその範囲にいた何十匹かが焼け焦げた。それを見たマグマが勝手に高度を下げて落ちてくる虫を口を開けて待ち構える。
「おいおい、食うなら自分で仕留めなさいよ」
「ん、ングング……よーし、いっぱい食うぞー!」
宣言とともに真上に向かって火を吹いた。焼け落ちてきた虫はそのままマグマの口の中へ飛び込んでくる。焼いては食い、焼いては食う。
「ルイーズも!!」
「ルイーズはダメ! あんまり食べ過ぎたら暴走するだろ!」
「えええええっ?!!!」
火炎を吐こうと大口を開けたルイーズが俺の制止に抗議の声を上げる。
「フィリーアにマグマとお揃いの首輪を作ってもらってから! 今は我慢!」
マグマの倍ほど体格のあるルイーズならその容量も倍なのかもしれないけど、現状どれだけ魔力を蓄えてるのかが見た目ではわからないので下手に許可は出せない。
哀願の瞳で訴えてくるルイーズに、俺は決して屈しない!
「うぇえええええ……」
よし!
根負けしたのはルイーズの方だった。
「おっと……ルイーズさん大丈夫?」
そんなにショックだったのか…ヘナヘナと落ちていく。
「ママ……かわいそう……」
マグマが母親に同情し、虫を焼くのを躊躇う。
「いや、やっつけるだけはやっつけて?」
「でもママが食えない」
なんと。マグマに遠慮というものがあったとは。
「ルイーズ! ちゃんと頑張ったらロディが後でもっと美味いもんをいっぱい食わせてくれるぞ!!」
「ホント?!」
「え? ああ、良いよ。ルイーズさんは何が好きかな? クマかゾウかサイか…それとも魚の方が好みかな? この辺では食用に適したサメが獲れるらしいけど…」
「!! 全部! ルイーズ、全部食べたい!」
「ははは、じゃあ頑張ってここの魔物を退治しようね?」
「わかった!」
さすがロディ。
一気に元気を取り戻したルイーズが俺達よりも高い位置までギュンッと上昇する。
そしてグルグル回りながら火炎をまき散らし始めた。
「危なっ!」
頭上から火の粉と虫の硬い甲皮が降って来る。
「俺も頑張る!!」
母の頑張りに触発されてマグマもやる気を取り戻す。
「ここは俺達だけで大丈夫そうだから君たちは山の向こうに回ってみてくれるか? こちら側から結界が崩れたとはいえ向こうも張りなおすまでの間に相当数の魔物が出てるはずだから」
「よーし、行こうぜセシル!」
「うん!」
マグマとセシルは競い合うように四方八方に火炎を吐きながらスピードを上げた。
…ああ……虫がまんべんなくいるなぁ………。
黒いヤツ以外にも見たことない虫が何種類も混ざっている。やっぱり山だな。
とすると、昨日こんなのがウジャウジャいる山へ入ったササは大丈夫だったんだろうか。
昨夜山から立ち上っていた煙と音は案外攻撃ではなくて虫を遠ざけるためのものだったかもしれないな。
「アデギウス…」
「ああ、あれは俺がやる」
アデギウスが持っている武器で前方を示す。その先には虫を捕食しようと怪鳥が飛んでいた。
ササのことを聞いてみようと思ったんだけど…それどころじゃなかったよな。
自分の武器ではどうにもならない相手ばっかりなもんで気が逸れてしまってた。反省しよう。
アデギウスが振り投げたブーメランは鋭く回転し、怪鳥の首を体から切り離して戻ってきた。
「いつ見ても気持ちが良い切れ味だな」
あれならやられた方は苦しむ暇がないだろう。
「ディノー叔父さんに言ってやって。喜ぶと思うから」
「え、その武器はあの人が作ったのか?」
あの時の世界でブーメランなんてあったかな?
あったとしてもリェリアンナが使うことなんて無かったと思うんだが……。
「それからこの防具も」
どうやらディノーは木工以外の技術にも長けているみたいだ。
一人でチット山に採取に入っていたから退魔師としてのレベルも高そうだし……底が知れないな。
「……短時間だったとはいえ、結界が外れて逃げ出す魔物はこの程度しかいないもんだろうか」
もう一羽怪鳥を見つけて対処してからアデギウスが呟いた。
「山の中は強い魔物が多かったのか?」
「そうだな、猛獣系は色々いたよ。あいつらなら鉄柵くらい軽く越えて来そうなものなんだけど……」
鉄柵はかなりの高さだった筈だけど…そうか、あれを越えるのか……。
空はマグマとセシルとで見てくれているので俺たちは地上に気を配ることにした。
「いないな……ひょっとして昨日のうちに皆が倒し尽くしちゃったとか?」
「まさか。幾ら俺達が頑張ったってこのデカい山の中全部の魔物を一晩でやれる訳ないだろ」
「うーん……でも見当たらないし………。……ん?」
「今のは……急ごう!」
山を半周…真裏の辺りに差し掛かった時、突然地上に向けて稲光が走った。
空は明るく、雨雲もない。自然のものではなさそうだった。
「誰だろう。オザダ達は村を警戒してるし」
「詰所の魔法使いかもしれない。それか、誰かが王宮から人を呼んだか……」
アデギウスの表情がまた硬くなる。
「大丈夫だよ、目撃者はいない」
「……ああ、まずはあれを確認しよう」
「なんだお前か」
アデギウスが大きくため息をついた。
「それはどういう意味かな?」
魔法を発動させていたのはカラビウだった。アデギウスが脱力しきっているので、代わりにフォローしてやろう。
「カラビウで良かった、って意味だよ。もしかして一人でずっと魔物の対処してくれてた?」
「いや、実は僕一人じゃないんだ……けど……あー、ルイス…あの……」
これから俺が感謝を述べようとしているのに、カラビウはなぜか気がそぞろだ。
「?」
「今回の件は仕方ないと思うんだよ。普通にやってたら被害も出たし、もっと大変な騒ぎになっただろうし……」
なんだ? しきりに俺の背後を気にしてるな。
「何のことを言ってるんだ?」
「うん、だから………。…! ああ、振り返っちゃダメっ!」
どうもアデギウスも気になって後ろを確認しようとしたらしく、それを止めようとカラビウがアデギウスの頭に飛びついた。
「待って! まだ見ちゃダメ!」
「なに?! なんだよカラビウ!」
……ああ、なるほど。
原因がアデギウスのすぐ横まで飛んできた。
「ごめんなさいね、もう少しで終わるからそのまま待ってて頂戴」
「!! 誰だ?!」
突然耳元で囁かれたアデギウスが驚いて暴れ出す。
目を瞑ったまま必死にアデギウスを押さえつけるカラビウ。
そしてそれを面白そうに眺めるレリアリ。
「いちいち遊ぶなよレリアリ。それより今何をしてきた?」
「彼らの記憶をちょっとだけいじった。それだけよ」
「いじった?」
「結界が消えてた間の記憶を摘まみ取って捨てたの。それと、一応まだ私の支配下に置いてるわ」
「レリアリさんてば王宮から確認に来た人たちを操って魔物の対処にあたらせてさ、それが落ち着いてきたらさっさと追い返しちゃって」
「だって、魔力が切れて使い物にならないのがいたって仕方ないじゃない?」
応援はもう来てたのか。そりゃ国の対応がここまで遅いわけがないよな。
それにしてもナイトメアの能力で偽装工作に王宮魔法使いの乱用か………めちゃくちゃ悪いことしてるんじゃないか?
でも、とても効率的だ。
「レリアリ、他の詰所も頼む。向こう側は落ち着いてるけど、記憶は統一しておいた方がいいだろう」
「さすがルイスさまは理解力があるわね。じゃあちょっと行ってきま~す」
耳をクルクルさせてレリアリは次の詰所に向かっていった。
やっとアデギウスに視界が戻る。
「…ナイトメアって記憶を消す能力もあるのか」
とポツリと漏らしたので、
「そういうのに頼っちゃだめだと思うよ」
と一応釘を刺しておくことにした。




