逃亡
「どこだよ! ライザちゃん!」
ベッドの布団をめくり、温室のドアを開け、台所の保存庫を覗き、風呂場のドアをノックして開け、トイレのドアをノックして開け、またベッドの布団をめくる…………。
「いないよね」
「うん、いない」
カラビウと二人、部屋の入り口でアデギウスの行動を見守る。
床板を剥がそうとしたり、壁をぶち抜こうとしたら止めようと思っている。
「そういえばディノーさんもいないよ」
あれ、そういえばそうだな。俺らに朝食を出してくれた後で自分の分を作ると言ってこの部屋に戻った筈なのに……。
俺は狭い部屋を走り回るアデギウスにぶつからないように台所に向かった。
「あ、オムレツ作って………うわ…」
作りかけの綴じる前のオムレツがフライパンに残っている。
そして、その黄色い固まりかけの卵の上には赤い文字で『サガサナイデ』と書かれていた。
俺はフライパンを持って振り返る。
「アデギウス、これ」
「!」
「なになに…うわ、血文字?」
荒々しい文字にカラビウが後ろへ飛び退いた。
「さすがにそれはないでしょ。トマトソースだよ」
アデギウスはフライパンを俺から奪い、その中をじっと見つめる。
そしてそのフライパンを持ったまま外に飛び出して行った。
「なにごとー?」
工場に入ってきた木材採取隊が猛スピードのアデギウスとすれ違う。
「おっと、こちらにも初めましてのご令嬢が」
ロディが氷の檻に気づく。
「おはようございます、ロディさま」
「おはようございます。名前を知っていてくれるとは嬉しいな。ところでどうしてそんなところへ?」
人魚座りで壁に両手をつき、ロディを見上げる。
「それが……ルイスさまが突然私をこんなところへ閉じ込めたのです」
「おや」
「私のことを手放したくないと仰って…このままこの中で私を飼うと………」
「レリアリ、馬鹿な事やってないで手伝えよ、お前なら自分で出られるだろ? …みんなお帰りなさい。探してた木は見つかった?」
「ああ、庭に置いてあるよ。それより突然魔物たちがおしゃべりになったのは君の仕業かい?」
「ごめん勝手に。それから今そのせいで問題発生中なのもごめん」
「アデギウスが慌ただしい件か? たしか、ライザちゃんがどう……とか…?」
「そう。ライザさんがディノーさんを連れて失踪したかもで」
「なんじゃそりゃ?」
ジェイマーがテーブルの上から残っていたパンを一つ取って口へ運んだ。
「ルイス、もう少し詳しく教えてもらわないと意味がわからない」
「そのライザさんっていうのは誰なの?」
「アデギウスの幼馴染でSランクの魔法使いで入山申請所の娘でアデギウスと結婚するかもな相手だけど絶交するかもで今は何をしでかすかも分かんない人だよ」
「……ますます訳わからん」
「そうだな。少し補足してほしいが……ルイスも少々混乱しているようだし、カラビウに聞いた方が良いかな?」
「え? えっと、メルシア様のファンで、魔法甕が一つルイスに移動して、あとは……よく倒れる人だよ!」
聞かなきゃよかった、という表情で皆が顔を見合わせる。
大丈夫、何も間違ってないぞカラビウ。
「………。とりあえずアデギウスをおいかけとこーかー?」
「そうだな」
「さっきそこの窓からセシルが向こうに飛んでいくのが見えたわ」
「おっけー、先行くねー」
フィリーアが窓の外を指さすと、ササが本を広げて工場から飛んで出て行く。
「ごめん、いろいろ説明したいんだけどライザさんが今は何するかわかんない状態だからまずは見つけたいんだ」
「わかった、俺たちも手分けして探すのを手伝おう。…レリアリさん? は、手を貸さなくても大丈夫ですか?」
「ええ、今出ますのでご心配なく」
片手に本を取り出すと、檻の中を一気に炎で埋め尽くした。
どんどん氷が溶け、水が床を濡らしていく。
一番最初に蹄で蹴られてダメージを受けていた壁に穴が開き、レリアリが抜け出てくる。
炎は更に威力を増して渦巻き、すべての氷を溶かし切る。
そして、その炎は床を濡らした水まで蒸発させてから静かに消えた。
「素晴らしい魔力ですね」
「本当はもっと凄いのよ」
「だったら働け。それから、これが落ち着いたらちゃんと俺たちに謝罪しろよ」
俺は緊張感のないレリアリに釘をさしてから庭へ急ぐ。
「おいルイス、なんなんだあのネーちゃんは」
振り返るとジェイマーとオザダがすぐ後ろについてきていた。
「俺の中に入ってたナイトメア」
「は?」
「女王様らしいよ。意味わかんないよな、なんだよ女王って」
「……」
「……なに?」
「……いつもと違って余裕が無さそうだ」
「だな。今日のお前、なんだかツンツンしてるぞ」
「……」
二人にそう言われてしまうと、そうなのかもしれないと思う。
「ごめん、ちょっと良くないことばっかり想像しちゃって」
「あー…そんなに深刻な状況なのか?」
「俺の考えすぎかもしれないけど」
「…とにかく見つけ出そう」
「うん、ありがとう!」
庭に出ると昨夜とは明らかに景色が変わっていた。
持ち帰った木材が多すぎてめちゃくちゃ狭くなってる。
脚一本作るだけなのにこんなに要らないだろ……よく見ると何種類か混ざってるみたいだな。献上品か?
そんな丸太を積み上げた山のてっぺんにマグマとルイーズが座っていた。
「おっと、あのお嬢ちゃん登っちゃってるよ」
「ああ、危ないな……」
「マグマ! ライザさんを探しに行くぞ!」
「おう!」
すぐにマグマが俺の方へ飛んでくる。
残されたルイーズが叫んだ。
「ルイーズは?!」
「え?」
「なんでルイーズのこと呼ばないの?!」
こいつ、俺よりも不機嫌だな。息子に嫉妬するなよ……。
「だってお前その姿じゃ………」
と言いかけて思い出す。
「そうか、元の姿に戻ればお前は立派なドラゴンだ!」
「うん!」
ルイーズはただのドラゴンなんだからレリアリと違って元の姿に戻ったって人に迷惑をかけない。
「よし、じゃあルイーズも力を貸してくれ!」
「うんっ!」
と元気に返事をしたルイーズがその場で元のドラゴンの姿に………………
「……危な………!」
ジェイマーが叫ぶ。
突然ドラゴンの重さがかかった丸太が耐えられずに積んでいた山から一本外れて転がり落ちてきた。
当然そこから全部のバランスが崩れ出す。
更に、一番上でグラグラと揺れる丸太に乗っていたルイーズが恐らく何も考えずに丸太を踏みしめてから飛び上がったのが決定打。
一気にゴロゴロと音を立てて工場側へ雪崩れてきた。
「下がってろ」
オザダの手が俺を後ろへ押しやり、自分は工場の壁を背に丸太と向き合う。
出現させた長い槍を両手で握り、地面に突き刺した。
槍の刺さった場所から地面がヒビ割れる。
「え……なに?」
転がってきた丸太がそのヒビの手前でピタリと止まった。
「あれ、槍で止まってる?」
「地面の魔力を使って壁を出してるんだ。あの隙間からフワ~っとな」
「ジェイマー、急いでもう一度積みなおそう。あまり高くしない方が良いらしい」
「うぇーい、しょうがねえなぁ………」
崩れて低くなった丸太の山の向こう側にガララとキンの姿が見えた。
「二人とも無事かー?」
「問題ありませんよ、ジェイマーさん」
「ボクも無事です」
「ガララ、これが済んだら少し走るぞ」
オザダは丸太の端を持ち上げながら、背後のガララに声を掛ける。
「ええ、ライザさん達の捜索ですね」
「ああ………」
「オザダは彼女の顔は覚えていますか? 私は覚えましたから見つけたらすぐに教えますね」
「ああ………」
「私はセシルのことも心配です。彼の気持ちも皆さんには理解していただきたいところです」
「そうか………」
「あ、左後ろに綺麗に咲いている花があります。踏まないように気を付けて」
「ああ……」
オザダとガララのそんなやり取りがしばらく続いた。
……オザダ、まさか『馬見知り』なんてことはないよな………?




