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ふかふかベッド

 俺の伸ばした手は間に合わず、ライザの膝が地面とぶつかりゴツンと音を立てた。

 けど前に倒れこむところに体を滑り込ませることはどうにか出来て、顔を打つのは回避させられた。

「…ご、ごめんキン、また運んでもらえる?」

 意識のない人の重さは上半身だけでもかなりある。俺では動かすなんてとても無理だ。

「わかりました。すみませんが、少しの間この子をお願いします」

「ええ、いってらっしゃい」

 抱えていた鉢をガララの前にそっと置き、キンが溶けながらこちらにやってくる。

「ライザちゃん……」

 突然倒れたライザにセシルは動揺しているようだった。


 工場はさっき出てきたときからは何の進展もないようだ。

 しいて言うのならばレリアリが寝返りをうって逆方向を向いたことくらいか。

 ……どうやってひっくり返ったんだろう。

「あれ、ライザちゃんはまた寝ちゃったのかい?」

 戻ってきた俺たちを見てディノーが腰かけていた椅子から立ち上がった。

「ちょっと現実逃避で……しばらく寝かせてあげたほうが良いかも」

「……わかった」

 ディノーはキンからライザを受け取り軽々と抱き上げて、自分のベッドまで運んでいった。

「知らない人がいます」

 人型に戻ったキンが、レリアリとルイーズに気が付いた。

「さっき言ってた新しい仲間の二人だよ。氷の中の方が皆に術を掛けて喋れるようにしてくれた人で、もう一人のこっちの人は、マグマのお母さんだ。みんなが揃ったらお互いに挨拶しような」

「わかりました」

「キンちゃん、キンちゃん!」

 カラビウが……ではなく、ロッジャルがキンを見つけて叫んだ。

「ねぇ、俺を外に連れて行ってくれよ。ここじゃ騒げなくってつまんないんだよ」

「ダメだろ。親分を置き去りにしていいわけがない」

「えーっっ」

「しーっ、うるさいとルイスが王宮に送り付けちゃうかもだよ!」

「ぅ……。」

 頭上から忠告の声を浴びて、ロッジャルはすぐに大人しくなった。

 出来れば魔物だけで待機するときはロッジャルを一緒にはしたくない。

 うちの子たちに変な影響が出たら困るからな。

「ボクたちもここに来た方が良いですか?」

「うーん……いや、大丈夫だ。お前たちは外を見ていてくれ。なにかあったら呼ぶから」

「はい」

 キンが庭へ出て行ったのと入れ替わりでディノーが戻ってきた。

「寝かせてきたよ」

「ありがとうございます」

「外で何があったんだい?」

「ええと…セシルがちょっと、ライザさんに怯えてて」

「…ああ、ライザちゃんは昔から口調がキツいんだよね」

「それからセシルが……」

「?」

 言いかけてから俺は周りを見渡す。

 カラビウがロッジャルの話し相手をしながらマグマとルイーズに干し肉のようなものを与えていた。

 こちらの会話は聞こえていないようだ。

「…セシルが、アデギウスは本当はディノーさんみたいになりたかったんだ、って」

 それを聞いたディノーは俺から目を逸らし、さっきまで座っていた椅子に腰かけた。

「…………そうか……」

「ライザさんは自分がアデギウスの未来を変えちゃったと思ったんじゃないかな」

「……」

「ディノーさんは知ってたんですか? アデギウスのこと」

「……あの子がちょくちょくこの村に来るのは、俺に会いに…というよりは俺が作ってる物を見たかったからだと思う。もともと退魔師に興味は無くて、親にドラゴンを飼いたいと強請ったのも騎士に憧れたとかでは無かった。生まれたてのセシルを見せに来た時にあの子が言ったんだ。『ドラゴンを連れて行ったらもっとたくさんの木を運べるでしょ』って。そのあとチット山にドラゴンは連れていけないって教えたら呆然としてたなぁ。慌てて『ほかの場所から運ぶときはすごく便利だから羨ましいな』ってフォローしたりして……」

「後を継ぎたかった、のかな?」

「はっきり聞いたことは無いよ。けど、そうだね…選択肢にはあっただろうね」

 けどアデギウスは騎士…退魔師になることを選んだ。

 ライザとの約束があったから。

「だがライザちゃんとの約束を選んだのはアデギウス本人だ。ライザちゃんが罪悪感を感じることは無いのになぁ」

「…誰かが自分のせいで人生を変えてしまうのは怖い」

「え?」

「ううん、何でもない。……そうだ、ディノーさんの寝るところが無くなっちゃってごめんなさい」

「ああ、いや良いんだよ。そうだな、簡易ベッドを用意しようか。どうも長引きそうだ」

 レリアリは相変わらず規則的な寝息を立てていた。

 ディノーがテキパキと木箱を並べ、その上に藁を詰めた袋…更にその上に水鳥の羽を詰めた袋を重ねる。

「この羽は何に使う用ですか?」

「大体はソファを作るときかな。他の家具にも使うこともあるけどね」

 話をしている少しの間に三人分のベッドが完成した。

「う……これは…………。…………」

 簡易ベッドとは言ってもかなり寝心地良く仕上げてもらい、レリアリの監視をしなくてはいけないのに俺は横になった途端に何も考えられなくなってしまってすぐに意識が無くなった。


 懐かしい香りに覚醒を促される。

 バターの効いたオムレツの匂いだ。

「リェリアンナ……パンは焼きすぎないでくれよ…………」

 いつもパンを焼いているときに限って他のことに気をとられてしまうんだから。

「蜂蜜は…たくさん……」

「これじゃあ足りない?」

「…。………!」

 飛び起きると目の前に綺麗な黄色のオムレツと、はちみつとハーブの香りの湯気がたち上るカップを持ったディノーが立っていた。

「おはよう。お腹が鳴った君から朝食をどうぞ」

「あ……どうも………」

 テーブルへ移動し、既に準備されていたパンを手に取る。

 オムレツを切り分け、パンに乗せてから口へ運んだ。

「あれ? 俺と食べ方一緒だ」

 ……リェリアンナはよく俺の食べ方を真似してたからな。

「すみません、寝てしまって」

「大丈夫だよ。何も無かったし」

 レリアリを見るとまだ寝ている。

 ……流石に寝すぎでは……?

 あ、カラビウも寝てる。

 だよな、あの寝心地の良さは耐えられないよな。

 ……あれ、食い物の匂いがしてるのにルイーズとマグマが寄ってこない。

 脱走したか?

「カラビウ君、おはよう。朝ごはんだよ」

 ディノーはカラビウの肩をポンポンとたたいてから奥の部屋へ戻っていく。そしてカラビウがのそのそと俺の横の席につくのを見計らったように、俺のと同じ朝食セットを持って戻って来た。

 そして皿を置いたディノーは再び戻っていく。

 忙しい人だな。……いや、俺たちが忙しくさせてるのか…………。

「…美味しい」

 オムレツを一口食べたカラビウが噛みしめるように漏らした。

 そして俺はその一言にちょっとだけ優越感を感じた。


「~~~っ!」

 庭から大きな声がこちらまで聞こえてきた。ただ、何を言っているかまでは分からない。

「……帰ってきたのかなぁ」

「……そうかも……」

 蜂蜜がたっぷり入ったあったかいハーブティーをコク、と飲んでは一息つく。

 思えば毎日何かが起きてて気が休まることが無いんだよな。

 こういう時間がいつまでも続けばいいのに…………。

「ライザちゃん!!!」

 重いはずの工場の扉が勢いよく開け放たれ、飛び込んできたのはアデギウスだった。

 まったりしている俺たちを見つけて、アデギウスが飛びかかってきた。

「ライザちゃんは?! どこにやったんだ?!」

 肩を掴まれたカラビウが前後に揺すられてガックンガックンと頭が取れそうになっている。

「早く教えろっ!!」

「!!!?」

 アデギウスの叫び声に寝ていた黒馬が驚いて床で跳ねた。

 縛られた足をバタつかせ、ガツン! ガツン! と氷の壁を蹴っている。

「奥、奥の部屋だよっ」

 俺がそう言うとアデギウスはカラビウを放り投げて奥へ走って行った。

「ぅえ、………ゲホ…」

「おい、せっかく作ってもらった朝ごはんなんだから戻すなよ!」

 床に手をついて咳き込むカラビウをそのままに、急いでレリアリの方へ向かう。

「なに!! 何なのこの壁!」

「レリアリ! レリアリ! 落ち着け!」

 体を捩って蹄で壁をガツガツ蹴っているその音で俺の声が掻き消される。

「やだもう! なんで割れないの!」

「おい! 大人しくしてくれないと解いてやれないんだぞ!」

「なに!? だれ??!」

「俺だよ! ちょっと大人しくしろ!」

「だれ! なんのつもりなの!!」

 ……ダメだ。氷が厚すぎて会話にならない…………いや。

「…レリアリ、そっちからの声はハッキリ聞こえてるんだけど?」

 普通の音量でそう伝えると、レリアリの動きが止まった。

「…ルイスさまはこういう所があんまり面白くないわよね」

「悪かったな」

 水の匂いを嗅ぎ取ったレリアリは鼻先をバケツに引っ掛けて自分の方へ倒した。

 豪快に水を浴びると、顔をバケツに突っ込んだまま黒馬の姿から人間へと変化していき、その過程で縛っていた手足に自由が戻る。

「ふー、良く寝た」

 濡れた髪をバサバサと振り、広くなった氷の檻の中で伸びをした。

「本当はいつから起きてた?」

「いつだったかしら。あの女の子が運ばれてきた頃?」

「……狸か」

「馬よ」

「おい! いないじゃないか!!!」

 奥の部屋でアデギウスが暴れていた。

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