ウェルカムドリンク
川の流れる音がする。
転送先は水車の前だった。
「いい天気だなぁ」
カラビウが空を見上げてつぶやいた。
雲一つない夜空を月と星が占領し、その明るさは水面をもキラキラと輝かせていた。
「うん、静かな夜…………でもないか……?」
ドン、ドン、と地面を震わすような音が遠くから響いてきた。
ふとチット山を見ると山頂に近い方で煙が上がっている。
「よかった、まだ戻ってきていないみたい」
「うちのメンバーかな?」
「採取予定の場所があの辺りなの。今日の申請であそこまで行く入山者は他にいなかったはずだから」
「そっか。じゃあライザも今日はゆっくり休んで備えられるね」
「!そ、そうね…………ぅぅ、大丈夫かしら……」
甕を一つ減らせたというのにライザは不安そうだ。
アデギウスもそんなに弱くないんだから大丈夫だと思うんだけどな。
村に入ると、そこは昼とはまったく違った雰囲気に包まれていた。
街灯以外にも家屋に取り付けられた様々な色や形の照明が瞬き、水路の中の宝石たちが輝く。
そして、
「ライザちゃんじゃないか? 外に出てたのかい?」
「おおライザちゃん、ご一緒はお客様かい?」
「あんたらも一杯どうだい?」
外に人が沢山いる。すごくいる。
そして思ったよりも気さくな人たちのようだ。
「いただくわ」
躊躇うことなく村の男から伸べられた酒の瓶を受け取ったのはレリアリだった。続けて差し出されるはずのグラスも受け取らずに瓶の口を咥えてグイっと一気に逆さまにすると、そのまま止まることなく中の液体を体内に流し込んでいく。あまりの豪快さに思わずその場の全員がゴクゴクと鳴る喉の音を聞いた。
「おお……すげーな姉さん」
「……ぷふー、おいしいぃ~。もう一本~!」
空瓶を振って交換を要求するレリアリ。
「おーよしよし、さあどんどんいってくれ」
新たに手渡された酒も一瞬で飲み干すと、周囲から喝采の拍手が向けられる。
「おい……大丈夫なのか?」
俺はレリアリの腕を引っ張った。
「ゥヒヒヒヒ、ヘーキヘーキ!」
あ、もう大丈夫じゃなさそうだ!
「やベーよ、レリアリ様は酒飲んだら暴れるぜ!」
ロッジャルめ、忠告はもっと早く言え!
「急いで帰ろう! 変化が解けたら大変だ」
カラビウとライザに耳打ちすると二人は頷き、レリアリを左右から抑える。
「え~なになに? 二人も飲みたいの? ヒヒッ」
「そうですねぇ、飲むのは帰ってからにしましょうか」
「ごめんなさいみんな、この人お酒を止められてるらしくて」
「おやそうなのかい? すまんね勝手なことをして」
「ううん、大丈夫。ありがとう、良い夜を」
「ぇえ~? もっと飲みたいんだけど~~?」
「そうですねぇ、帰ってからにしましょうかねぇ」
ごねるレリアリを宥めながら引きずって行く二人。
その様子を大勢の村人たちが見ている…………。
「あの、どうもありがとうございました。……皆さんはこの村の職人さん、ですよね?」
「ああそうだぞ。君たちはこんな村に旅行かい? まさか退魔師……じゃないよなぁ?」
「ええと…僕は見習いみたいな感じなんですけど……実はほかの仲間が家具の修理をお願いするためにディノーさんのところに来ていて………」
二人がどれくらい進んだか横目で確認しつつ、できるだけ村人たちがそちらに目を向けないように会話を続ける。
「ディノーのところか。そういえばあいつ今日は来ないな」
「多分僕たちの帰りを待ってるんだと思います。ライザさんに近くを案内してもらってたら遅くなっちゃったから心配してるかも…っ? …おい、…おいマグマ…、ルイーズも!」
人が賢い子供を装ってるときにこの親子は……何をやってるんだ!!
「おいしそー」
「骨残るよな? くれないかな?」
綺麗な焼き色のついた鳥の丸焼きが皿の上に乗っているのを二人並んでテーブルをかじりながらじっと見つめている。
「やめろよ、恥ずかしいだろ」
ルイーズをグイグイ引っ張ってみるがテーブルから離れない。くそ、見た目より力があるな……。
「嬢ちゃん、そんなに食べたいのか? ちょっと待ってろよ」
見かねた一人の男性がモモのところを切り分けてルイーズに持たせてくれた。
「坊ちゃんも食べるかい?」
「え、えっと」
「遠慮しなくていいぞ。ああでもディノーも夕食を準備してるだろうから怒られるか?」
「持って行ってさっきのひょろ長い兄さんと分けりゃ大した量じゃないさ。なぁ?」
「うん! どうもありがとう! …行こうルイーズ!」
俺は大袈裟気味に喜んで見せてから、黙々と肉にかぶりついているルイーズの空いてる方の手を引っ張って走り出した。
「おいおい、転ぶなよ~」
振り返って村人たちに大きく手を振る。
躓いて転びそうになって堪えるところまでしっかり演技した。
彼らは予想通り俺の動きの方に気を取られてくれた。
「うわ」
曲がり角を曲がったところで突然壁が現れ顔をぶつけた…………と思ったら柔らかい。
よく見ると馬の姿に戻ったレリアリの腹だった。
「ちょ、誰も目は見てない?!」
「大丈夫だよ! でもどうしよう、なにか魔法を掛けないと逃げちゃうかな?!」
「あたしの手持ちに【盲目】ならあるけど……効くかしら……」
腕を持っていたはずの二人はそれぞれ馬の前足にしがみついている状態だった。
酔ったレリアリは焦点が定まっていない。
そして動きそうにない。
下手に刺激して暴れても困るしな…………
「そうだ、マグマ! マグマ! この肉をやるから氷でコイツの目を塞いでくれ!」
「おう!」
マグマが真上からレリアリの目元に向けて凍る息を吹き付ける。
「わ~ツメタ~イ…キモチイ~………」
酒で火照ったところへのアイシング……なんてつもりではなかったんだがな。
視界を塞げて、しかも喜んでもらえるとは何よりだ。
……とりあえず暴れる心配はなさそう、か?
しかし見えないせいかレリアリの足元がおぼつかなくなってヨロヨロと足踏みし始めた。
「フぅ~~……」
レリアリの前足がカクンと折れ曲がる。
「わわ、危ないな……ここで寝ちゃうんじゃない?」
「カラビウ、そのまま腹の下に潜ったらロッジャルの力で浮かないか?」
「えー? 重そー……」
いま文句を言ったのはもちろんロッジャルだ。
「お前、女王様を『重い』とか言って平気なの?」
「! 聞かなかったことにしてください!」
懐に入ったカラビウがレリアリを背中で担ぐ格好のまま地面から浮いた。
「ちょっと体制が苦しいけど……行けそう」
「よし、じゃあなるべく人目に触れないように急ごう」
俺たちはレリアリの両脇を固め、中にいるカラビウが見えないようにして慎重に進む。
馬の下に人が入って移動しているところなんか見られたら確実に怪しまれてしまうだろう。
「この辺の照明を全部割ってから進みたい……」
「音で余計怪しまれるわよ。…きっと大丈夫よ、この辺に住んでる人たちはさっきの宴会で見かけたも…?!! キィャアァアアっ~~」
突然目の前に大きな影が立ちはだかり、ライザが奇声を上げた。
「待て待てライザちゃん俺、俺だから!」
「っ」
動揺した影がライザに一歩近づくと、街灯がその姿を照らした。ライザが両手で自分の口を塞ぐ。
「なんだ一体……ん?」
「……んーーー……」
眠りかけていたレリアリが唸り、うな垂れた頭がわずかに持ち上がる。
それを見て焦る俺たちにディノーも気づき、口を噤む。
「だ、いじょうぶだよ~………寝てていいからな~………」
俺は内心必至でレリアリの首元を撫でながら耳へ囁いた。
「ぅん~…………す~…。す~…。す~…」
「……ふぅ」
規則正しい寝息が聞こえてきて、俺たちがついたため息はほぼ同時だった。
「すまん…遅いから探しに行こうかと出てきたんだが」
「ん?!……ぅん、大丈夫…」
決して俺の耳もとに手を添え小声で謝るディノーにドキドキなんかしてないぞ。
これはさっきのライザの叫び声に驚いた名残だ。
…………。
「……ひとまず今は静かに急ごう……」
色とりどりの街灯に照らされながら、俺たちは無言でディノーの家に歩いた。
静かな通りに鳥の骨を嚙み砕く音だけが響いた。




