帰宅
「お家にドラゴンはいる?」
若い男はにこやかに話しかけてくる。
「いないです」
「生まれたら可愛いよ。大きくなったら君を乗せてどこまでも飛んでくれるよ」
生まれたてのドラゴンは見かけることが少ない。
繁殖能力が低く、有精卵が生まれることは珍しいためだ。
ドラゴンの寿命は5百年とも千年とも言われており、土地家屋と一緒に先祖代々引き継がれる。
個体数の増減が少なく需要数も極端に増えることもない。そのため高額になることもない。
退魔師が旅に連れるので即戦力になる成体の方が幾分値は張るようだ。
目の前に提示されている卵の価格も、手が出ないという程ではない。先ほど購入した弓矢1本の方が余程高価だ。
「持ってみるかい?」
「いいの?」
男は変わらずニコニコしている。
俺は目の前の卵を両手で持ち上げた。結構重い。
「ほんとにドラゴン生まれるの?」
「そうだよ、この中にドラゴンの赤ん坊が入ってるんだよ。おひさまに透かしてごらん」
言われるままに卵を顔より上の位置に持っていってみる。
透けた殻の中で、影が僅かに動いた。
「ルイス?」
店の中からアレクシスが出てきた。
「おとうさん、ドラゴンだって」
「これはお父様、おひとつ坊ちゃんにいかがでしょう?」
「ドラゴンの卵か」
我が家ではドラゴンを飼っていない。
家と職場が一緒だし、遠出することもないから必要に駆られたことが無かったのだろう。もしもの時はエマルダが転移できるし。
同じようにメルシアも魔法で行きたいところまで行けただろうし、彼女の旦那は飛行船乗りだったそうだから必要なかったのかもしれない。
俺は『必要はない』とアレクシスが断るのを待った。
「丁度よかった。ルイス、一匹連れて行った方が良いんじゃないかと思っていたんだ」
「え、僕に? …うーん…どうなのかな」
さっき『足』を買う、と言っていたのはドラゴンの事だったのか。確かに育ったら戦力になるし、空の移動も可能になるが。
「どの子もあと4~5日で殻から出てきますよ。色は生まれてからのお楽しみなんで、その分お安くできてます」
「確かに、黒とかは高いって聞くよね。やっぱりそれは入ってないんだ?」
アレクシスが興味深げに卵を眺めている。
「そこは自分らでもわかんないんですよ。ほんと、生まれてみないとって事で」
ドラゴンのカラーは様々で、親の色を引き継ぐわけではないらしい。町でよく見かけるのは茶色や緑色で、王宮竜騎士団は国旗の色に合わせて紫と黄の二色に限定されている。
黒は強そうだと武闘派の退魔師に人気で高値が付き、白は他と比べて短命だという噂があって少し敬遠されたりもする。
ほかにもいろんな色のドラゴンがいる。俺の飼っていたルイスのように真っ赤なドラゴンも探せばいるのかもしれないが、まだ他に見たことはない。
「いらないか?いたほうが何かと役に立つと思うぞ。」
「う~ん…ちゃんと育てられるかなぁ」
俺は卵を透かしたまま唸る。正直ドラゴンはルイスで懲りている。あいつは俺が乗っていても勝手な飛び方をするから何度も落ちそうになったし、実際落ちたこともある。畑の野菜を勝手に食い荒らすし、魔物を追いかけて何日も帰ってこないこともあったし、あんなのが生まれたら旅どころじゃなくなりそうだ。
「成体は扱ってないんですか?」
アレクシスが男に問いかけた。成体…それならある程度性格を見て決められるだろう。
「無くはないですけど…小さい頃から面倒見てあげたほうがよく懐くんですよ」
「ほんと?」
ルイスはあの時幾つだったんだろう。堅物ジジイが若造の俺を下に見ていたということなのか?
「鳥みたいなもんでね、生まれた時にそばにいた相手が親で、親が大事に思ってる人は兄弟家族・・・まぁ、同族みたいな感じに思うらしいです」
だとするとあいつは俺のことを何だと思っていたのか。同族と思われていなかった? なめられていたことだけは確かだが…。
「じゃあ…これにする」
俺は持ち上げていた卵を懐に抱いた。多くは期待はしない、多くは期待はしない、と念じながら。
「ではこれを」
父は満足気だ。実はずっとドラゴンを飼いたかったのかもしれないな。
「ありがとうございます。可愛がってあげてくださいね」
アレクシスが代金を男に手渡し、男は卵をちょうど入るサイズの麻袋に入れてくれた。
「温めたりした方が良い?」
「そのままで大丈夫。生まれたら早めに名前を付けてあげてね」
「うん、ありがとう」
若い男は手を振って元居た場所に戻っていき、通りかかった親子に再び笑顔でセールスを始めた。
「随分荷物も増えたし、そろそろ帰ろうか。ドラゴン乗り場まで行こう」
「うん」
アレクシスが言う通り、装備品やお土産や卵やで二人とも両手がふさがってしまったのでこれ以上歩き回るのは疲れるだけになりそうだった。
ドラゴン乗り場と馬車乗り場は各区画に整備されているそうだ。
遠方からドラゴンで乗り入れ、街の中は馬車で移動する旅行者が多いためらしい。
「リュゼ村までお願いしたいのですが」
「お二人様ですね? お荷物は以上で?」
受付の男性が値踏みするように見てくるのを不快に感じたが、アレクシスは気にしていないようだ。
「重量で見ますと小型で宜しいかと思いますが、如何しますか?」
「それで大丈夫です」
乗るドラゴンにたどり着くまでに、中型、大型、超大型のドラゴンの前を通った。
なるほど、ドラゴンのサイズを決めるのか。値踏みではなく、重さを見ていたのだと気付いて俺は男性に心の中で謝罪した。
俺たちが乗る小型のドラゴンは緑色で背中に人と荷物を載せる為のカゴが付いていた。
直に跨って乗るのは一般市民には危険なのだそうだ。
…そうか。俺は昔一般市民だった。ルイスが特別やんちゃだったわけではないのかもしれない。
俺たちと荷物はそれぞれカゴに帯で固定され、首元に跨ったドラゴン使いが合図を送るとゆっくりとドラゴンが羽ばたき、地面から浮いた。
カゴの乗り心地は悪くない。高い壁に囲まれた町の外側は草原が広がっていて、進行方向には森に囲まれた湖が見えた。
夕日に照らされた水面がキラキラと光って美しい。遠くに見えるうっすら雪がかかった山も、所々に見える町並みも、視界に飛び込んでくる景色はみんな綺麗だった。
こんな空の旅が出来るなら、ドラゴンも悪くない。
家のあるリュゼ村に着くころにはもう日は沈んで辺りは暗くなってしまった。
途中、低い山を幾つも越えた。雪こそ積もってはいなかったが山の上は気温が低く、防寒装備でもないのにと心配していたら、ドラゴンが火の塊を口から吐いてカゴの両サイドに浮かべた時は驚いた。
「ありがとうございました」
家の前にピタリと俺たちを降ろしたドラゴン使いは代金を受け取って、夜の空に消えていった。
荷下ろしの音や会話が聞こえたのか、住宅側の玄関からエマルダが顔を出した。
「おかえりなさい!」
「ただいま」
「ただいま、おかあさん」
「すごい荷物ね! さぁ入って、夕食にしましょう。何があったか早く聞きたいわ」
エマルダは開けたドアを体で抑えて二人が家に入るのを促した。中からスープとパンの匂いが漂ってきたところで俺たちは昼食を忘れていたことに気づいた。
「え? 食べてないの? よく我慢できたわね」
「それどころじゃなかったな」
「うん、なかった」
俺たちは笑って食卓へついた。




