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昼寝女子

「行きます! 我ライザの魔力をルイスへ!」

 ライザがそう叫んで間もなく、体に魔力が入って来る熱を感じ始める。

「こっちも行くよ。ルイス、あんたは見に来なくていいからね」

「え、……わかった」

 メルシアの本が光る。

 さっきまで俺を見ていた目はもう俺の外見に焦点が合っていない。

「……待ち伏せはされていなかったみたいだね」

「もう中に入ってるのか?」

「甕の中だ。今同時に着いたライザの甕と…あれがグレイスの甕か。それと…蓋というのはアレだな」

 甕の中を動いてるんだろうか。

「なぁ、安全そうなら俺も見ていいか?」

「ちょっと待て。聞いていたのと少し違う……ルイス、蓋にくぼみがあったのは見ていたな? いくつあった?」

「え? えーと……真ん中に1つの……全部で9つくらいだったかな?」

 実際見れば早いんだけど……意識が中に入らない様に笑顔で剣を構えているロロックと目を合わせながら思い出す。

「今はそのうちの2つが埋まっている。……寝てるのか」

「は? 誰も寝てないけど?」

「こっちの話だ。……少し刺激してみるから警戒していてくれ」

「大丈夫だよ」

 ロロックが柔らかな口調で答えると、メルシアの手が次の本を開いた。

 本から緑がかった光が俺の方へ伸びてくる。

「これ何?」

 と聞いている間に光は俺の額から入り、出てきたときには黒い色に変わっていた。

 そしてそれはメルシアの手元の本に戻っていく。その手元から目線をあげていくと、メルシアの口元が不気味にニヤリと笑っていた。

「ルイス、良いぞ。来てみろ」

 嫌な予感がしなくもないが……俺は甕の中に意識を移した。


「……なにやってるんだ」

「面白いだろ?」

 甕の中。

 なぜかメルシアの目玉の方がナイトメアを追いかけていた。

「どういう状況?」

「くぼみで寝てたのをちょっとつついたら起きたんだが、あたしと目も合わさずに逃げ出したんだ」

 ナイトメアが逃げる相手……。確かにメルシアなら目玉だけでも倒せそうだが……。

「なんだか分からんが敵意はなさそうだ。あたしは一旦出て外を見てくるからあとは頼むよ」

「え」

 追いかけっこを中断したメルシアが閉まりかけていた蓋の隙間をスルリと抜けて行った。俺を残して。

 それを見たナイトメアがゆっくりと速度を落とし、俺の右横で止まった。

 ……と思う。

 俺はメルシアが出て行ってすぐに塞がった甕と蓋の境目をじっと見ている。念のためだ。

「……ふー、びっくりした。何あの人」

 右耳が言葉を捉えた。

「……馬は喋らない」

「私は普通のナイトメアじゃないからね」

「じゃあなんなんだ」

「【女王】」

「……」

「ナイトメアの【女王】よ。因みに、他のナイトメアは私から分裂して生まれた弟たち。外にいるロッジャルもね」

「……」

「ねえ、自己紹介してもいい?」

 黒い影が横で揺らめいた。思わず右目を閉じる。が、左目でも見えるくらい影は俺の斜め前に出てきた。

 左目も閉じる。どうしようか、一旦出るか。

「逃げなくても大丈夫よ。あなたには私の術は掛からない」

 声が近くなった。

「……。」

「信じてないの?」

 そう聞かれたと同時に、顔に生温かく濡れたものが……

「舐めた?!」

「ヒヒヒヒ、ほら、大丈夫」

「あ……」

 思わず目を開けてしまった俺の真正面に大きな黒馬の顔があった。

 ……ビクついてる俺を笑ってやがる。

「お前等ナイトメアはみんな性格が悪いみたいだな」

「そんなことないわ。少なくとも私は優しいでしょ? あなたの知り合いに攻撃するのを抑えたんだから」

 抑えた? さっきの追いかけっこの事か?

「…スキルが発動しない様に?」

「そうよ。じゃなかったら彼女、今頃大暴走よ。対処に何人か配置してるみたいだけどそんなの無駄。本気で彼女を押さえつけたり攻撃したりできる人がこの場にいると思う?」

「……」

 旦那と崇拝者……カラビウはパワーはあるけど緊急事態への反応速度が少し怪しいか。

「敵対する気は無いんだな?」

「そうよ。むしろ逆」

「逆?」

「私は貴方の下僕よ、主さま」


 ガチャと蓋が開き隙間から目玉が覗く。

「ルイス!」

「メルシア」

「こちらからは僅かな魔力でも開くようだ」

「来させないでね! 目が合っちゃったら困るのはあなたたちなんだから!」

「あんたは来るな、ってコイツが言ってるんだけど」

「聞こえている。その黒馬は話せるんだな。ではドラゴンの方はどうだろう?」

 スルっと再び入り込んできたメルシアが蓋の真ん中あたりに移動する。

「ちょっと、起こすと怒るわよ」

 聞こえてはいても全く聞く気はないようだ。

 甕の隙間からさっき見たのと同じ緑色の光が流れ込んできて、丸まって目を閉じているルイスらしきドラゴンにバシンとぶつかった。

 散った光は再び集まり、ぶつかってはまた散るを繰り返す。

 そうしていくうちに、緑色だった光がどんどんと赤い色に変わっていく。

「一体それは何の魔法なんだ?」

「魔力属性を調べるための採取魔法だよ。ぶつけた衝撃で剥がれた外側を絡め取るんだ」

 外側……皮膚ってこと?

「あれ、やられたところがヒリヒリするのよ。凄く不快」

【女王】が煩わしそうに後足で空中を蹴った。

 何度目かの光の体当たりに、ドラゴンの体が僅かに動いた。

 そして、ゆっくりとくぼみから這い出てくるそれを赤く染まった光は待とうともせず、自分の仕事は終えたとばかりにさっさと外へ飛んで行った。

「お目覚めだね。さあ、アンタはどんな声なんだい?」

 蓋から離れたドラゴンはメルシアの目玉と向かい合う。

「……」

「どうした? 何か言ってご覧よルイス」

 挑戦的な目でルイスを見るメルシア。

「ジジイになってボケちまったのかいルイ…………」

 言い終わる前に目玉が方向転換して逃げ出した。

「え? メルシ……」

 呼び止める暇もないくらいの素早さで目玉は甕から外へ出ていき、ほんの一瞬遅れてその場所を火炎の波が襲った。

「『ルイス』じゃないもんーーー!!!」

 という叫び声を乗せて。



「ルイス、無事かい?」

 目玉と外から聞こえていた声が外からの呼びかけだけに変わった。

 メルシアは完全に俺の外に出たようなので俺も意識を体の外に切り替える。

「逃げるの早すぎだろ」

「流石にあんなのをくらったら失明するんでな。で、ルイスは?」

「だから『ルイスじゃない』んだってば」

「そうなのか? 深紅の竜だからてっきりルイスかと思ったんだが」

「だから! あいつはルイスなんだけどルイスじゃなかったんだよ!」

「意味がわからん」

「どういうことだい? 俺にもよく分からないよ。君の中にいるのはルイスなのか、それとも別のドラゴンなのかどっちなんだい?」

「ルイスだよ、ルイスなんだけど……本当は『ルイーズ』なんだってさ!」

「…ルイーズ?」

「ついでにオスかと思ってたらメスだったよ! いま中で『ずっと違うって言ってたのに!』ってめちゃくちゃ泣いてるよ! ごめんなさい! 俺のせいです!」

 完全に引き継ぎミスだった。多分訛りが強かった祖父が原因だろう。『ルイーズ』と言っていたのを親が良かれと修正変換した。けど結局それが間違っていた、と。

 知らなかったとは言え、違う名前を呼び続けてたらドラゴンも拗ねるか……。

「誰か……泣いてる女子をなだめるのが上手い人はいないか?」

 俺は周囲を見回した。

「あたしに言われてもねぇ」

 そうだな。あんたには頼まない。

「すまないね、そういうことは苦手で」

 そうだな。基本気が弱いから役に立たなそうだ。

「…えっ、あたし? 無理よ、会ったこともないのに」

 …そうか、女子同士でいけるかと思ったが事情の分からない人には頼れないか。

「では僕が行きましょうか?」

「俺行く俺!」

 ……カラビウとロッジャルが揃って乗り気なのがイラっとするのはなぜだろう。


 ドン!!

「っ?!」


 突然頭の中に衝撃が走った。


 ドンドン!!


 …また。


「どうした」

「…中で暴れてるみたいだ。俺を呼んでるのかも。…………あー、戻りたくねぇー…」


 ガン!!

 ガン!!


 二発来た。

 …しまった…中には全部聞こえるのか…………。

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