藁の寝床
「ロディ達と別行動でもロロックに立ち会ってもらえばもし問題が起きても対処できるだろう」
「ロロックも? …それならもし魔物たちが暴走してもどうにかなるか…」
メルシアから甕を取るわけでもないし、ナイトメアを封じ込めた経験のあるカラビウもいる。
「カラビウ、それでもいいかな?」
「ゲホ、ぼ、僕は構わないよ」
まだダメージの残る鳩尾を抑えながらカラビウは頷いた。
「ライザさんも大丈夫?」
「あ…あたしの甕の行く末をメルシア様が見てくださるなんて…っ!」
「大丈夫そうだね。うん、じゃあそれで行こう。…なぁメルシア」
「なんだい」
「もし見つけても【何も居なかった】って報告してもらえるよな?」
メルシアはその問に暫く返事をしなかった。そして、
「……どうしようかね」
と、断言するのを避けた。
「ルイス~!」
「おとうさ~ん!」
家に帰るとアレクシスが戻っていた。
ひとまず子どもとしての仕事をこなし、その間に違和感なく本題へ入る会話の流れを組み立てる。
「おとうさん、王宮に本を持って行ってたんでしょ? お城の人たちは大丈夫だった?」
「ああ、数日前に大きな戦いがあったそうだが被害は想定よりも小さく済んだみたいだぞ。真っ黒に染まって帰ってきたと騒がれた人たちもすぐに元に戻ったらしいしな。ただ魔物の巣まではたどり着かなかったから今度また近いうちに軍を出すらしくてな、今日の納品分だけじゃ足りないそうだ」
「そっか、忙しい時に来てごめんね」
「良いんだよ、ルイスの顔を見られて元気が出たからな。そっちの旅の調子はどうだ?」
「うん、普通。新しい仲間の人とかも入ってきて、楽しいよ」
「それは良かった。くれぐれも無理はするなよ。強くなるのはちょっとずつで良いんだからな」
「うん。それでね、さっきおばーちゃんとも話したんだけど、そろそろグレイスさまに甕を返さないとなって言ってて。王都が大丈夫そうなら行きたいんだけど魔法書は出来そう?」
ああ、と思い出したようにアレクシスが山積みの本を崩していく。
「そうだったよな。大丈夫、もう準備してあるんだ。ええと……これだ【魔力奪取】。相手の魔力甕を一つ自分の物に出来る本だ。……だが、良いか? くれぐれも他の人には見られないようにしてくれよ」
「うん、わかった。ありがとう」
「婿さん、あたしの方にも頼んでおいた分を貰えるかい?」
「ええ、もちろんです。露出と譲渡は余裕があるので2冊ずつどうぞ。それと……何に使うんです? こんな魔法」
アレクシスからメルシアに5冊の本が手渡された。
「ちょっと面倒な仕事でね。助かるよ」
本はすぐにメルシアの腕輪に収納されて消えた。
「さて、ついでに何冊か買っていこうか。引退したら使わないと思って殆ど魔法書はあげちまったからね」
「大変助かっております」
店の魔法書を物色していたカラビウが気付いてメルシアに礼を告げた。返します、とは言わないところがカラビウっぽい。
「そうだ、いただいた魔法書でコレを手に入れたのですよ!」
そう言って服の胸元を触り出したところで思い出した。
「カラビウ!」
俺は走っていってそのままカラビウに体当たりした。
「なっ、なんだい?」
「重くて疲れちゃった! ちょっとだけこれ持ってて! 大事な本だからちゃんと両手で持ってね!」
「う、うん分かったよ」
先ほど受け取った本を押し付け、カラビウの両手を塞ぐ。
「ルイス、大事なものは頑張って自分で持たないと。そんなんじゃ筋肉が付かないぞ」
アレクシスの指摘は尤もだが他に思いつかなかったのだからしょうがない。
「えへへ」
「まったく仕方ないやつだな。うちの子は勇者には程遠そうだ」
不自然さを感じそうなものだけど、うちの両親はありがたいことにそういうところが鋭くなくて助かるな。
カラビウとメルシアが魔法書を数冊ずつ補充しているうちにエマルダが夕食にと作ってくれた料理を持たせてくれた。
「あ、パイが入ってるね」
「前に来てくれた子たちが喜んでくれたから。皆さんによろしくね」
「うん。それじゃあまたね」
「ルイス、頑張るんだぞ」
「うん。ありがとう」
「あら、お母さんも一緒に行くの?」
「ああ、途中までね。婿さんありがとう、助かったよ」
「いえいえ、また必要なものがあればいつでも言ってください」
店の外に出ると薄暗くなってきていた。
「あたしの転送で行くよ」
メルシアが集まるように指示を出す。ライザは出来る限りメルシアから距離を取ろうとした。
光に包まれその場を離れる瞬間に聞こえたのは、
「あーーーーっ!」
というダリアの叫び声だった。
ごめん、また今度な。
転送で着いた先は俺の昔の家がある山。
「ロロックを呼んでくる。竜舎で待ってろ」
「わかった」
今はもう誰も住んでいない竜舎に足を踏み入れる。
使ってない筈なのに、また少し修繕の手が入っているようだ。
「おや? どうしたんだい?」
背後のカラビウが誰に話しかけたのかと振り向くと、相手はマグマだった。
「マグマ?」
「……」
マグマが落ち着かない様子でキョロキョロと竜舎の中を見回していた。
「どうした?」
近づいて頭を撫でる。
「……わかんない。ざわざわする」
言葉の通り、少し震えているみたいだった。
「寒いか?」
「わかんない」
ドラゴンは温度はあんまり関係ないんだったか?
「ルイスの残留思念があるのかもしれないな」
「ロロック」
装備を付けたロロックが入ってきてマグマに触れる。
「大丈夫だよ。君はマグマだ」
「あいつの思いがここに残ってるのか?」
「俺がそう思いたいだけかもしれないがね。……どうしようか、ひょっとすると君の中のルイスと影響し合うかもしれないが」
「……マグマ、先にチルチットに戻るか?」
「え! やだ! 俺もここにいる!」
「……だよな」
もし俺の中のルイスが出てきたとしても、もとは一緒だ。攻撃されることはないと思うが……。
「最悪封じる」
メルシアが本棚を出して数冊選ぶその中に見覚えのある表紙の物があった。
「おお、それは【密封の書】ですね! ナイトメアには効果的でした!」
カラビウが思い出したように胸元に隠していたロッジャルを取り出した。
「……それか、ジェイコフが回収して来いと言っていた馬は」
八面体ガラスの中でロッジャルがメルシアの一睨みにビクリと跳ねた。
「没収ですか?! そんな……」
「待ってよ、こいつ性格に難はあるけど飛行と回復に使えるんだ。手元に残したい」
「だがあいつは黒馬を根絶やしにしたがっている」
「どうにかならないのか?」
メルシアはロッジャルを見たまましばらくの間沈黙した。
「……こっちの件は後にして先にお前の中を見る」
何か考え付いたのか分からないが、メルシアはロッジャルから視線を外し、本を持って竜舎の中の方へ移動する。
「ルイス、お前自分の甕の中は見えるんだったか? 黒馬を入れた後はどうなっている?」
「え? えーと……見てない。中で目が合っておかしくなったらマズいかと思って」
「…なるほど。瞬間を狙われるとあたしでも対応しきれないかもしれないね」
グレイスの露出魔法の時は目だけ入ってきていた。同じようにするのなら、目を合わせて洗脳する相手には狙いを付けられやすいだろう。
「かなり前に見たときは、残ってたのはグレイスの甕だけだった。ルイスが入った時に流れ込んだ魔力も知らないうちにどっかに行っちゃってたし」
「あの魔力が消えたのか? …お前の甕も漏れてるんじゃないだろうな」
カラビウを見ると『仲間?』と嬉しそうな顔をしている。
多分違うぞ。
「考えても分からんものは分からんな。ロロック、あたしがぶっ壊れたらよろしく頼むよ」
「ははは、それは大変そうだね」
笑いながら片手剣に手を掛け、鞘から少しだけ浮かせた。
「ルイスは藁の真ん中に。カラビウ、あんたはルイスの背後を見ていてくれ。」
「わかりました」
カラビウが竜舎の奥の壁側へ走る。
俺はルイスが寝ていたときそのままの藁を踏み進んで真ん中に立った。
「あんたは少し距離を取った方がいい。譲渡で甕を送った後は何かあった時の為に備えていてくれ」
「分かりました!」
良い返事をしたライザは差し出された魔力譲渡の本を遠い位置からめいっぱい手を伸ばして受取り、マグマがいる出入り口に近い位置で本を開いた。
メルシアは俺の正面に胡坐をかいて座り、地面に背表紙を上にして本を並べる。
そして一番左の、露出魔法の書を手に取った。
「始めるよ。ライザ」
「はいっ」




