ライザちゃん
「ぎゃうっ」
叫び声に驚いたカラビウが着地に失敗して尻もちをついた拍子にドラゴンみたいな声を上げた。
「敵襲! キンがやっつけます!!」
即座に反応したキンがドロっと溶けて塀を伝い上っていく。
「あっ、ダメだよキン! その人はお客様……」
カラビウが慌てて手を伸ばすが届かない。
「…え、もしかして違った?」
「恐らくさっきの人だよ」
カラビウが合図とともにジャンプして伸びあがり、塀の向こうにいる人物を驚かせようという計画だったんだけど……人違いしたみたいだ。さっきの人って誰だ?
俺は慌てて立ち上がり、急いで外に回り込んだ。
「あ……」
路上で金色の寝袋に入った女性が寝ている……じゃない、キンに体を固定されてるのか。
「あの……大丈夫、ですか?」
顔を覗き込むと両目を閉じていて反応がない。まさに寝ているようだ。
そして確かこの人は入山申請所の女性で名前は『ライザちゃん』だ。
「気を失ってるのか……キン、その人を中に運べる? 丁寧にね」
俺の声を聞いたキンがゆっくりと地面を滑って進み始めた。
「おぅ……なんかちょっとナメクジっぽいねぇ」
遅れて来たカラビウがお尻をさすりながらナメクジの進路を妨げないように隅に寄る。
「ごめんカラビウ。てっきりジェイコフとかその使いの人かと思って」
「僕もやりすぎちゃったよ。……彼女、大丈夫かなぁ?」
「俺、ベッド使わせてくれって頼んでくるよ」
キンとカラビウが並んで歩いている横をすり抜けて工場へ走る。
中ではディノーの積荷の仕事をマグマとセシルが手伝っていた。
「ディノーさん! ごめん!」
「どうしたのポ……じゃないや、ル…イス君?」
「入山申請所のライザさんを驚かせちゃって、そこの道で倒れちゃったんです。ベッドを貸してください!」
「ライザちゃんが? いいよ、奥に運ぼう! 医者か回復魔法は必要? 頭を打ったとか?」
「どうだろう……倒れたところまでは見れてなくて…」
「頭は打っていません。叫んですぐに逃げそうだったのでボクが全部包んで拘束しました」
工場に入ってきたキンがライザの腹の上に顔だけ作る。
「そのあと、顔は塞いではダメと前に教わったのを思い出しました。すみません」
「じゃあ気絶したのは僕のせいじゃないのかな?」
カラビウが胸を撫でおろした。
「ボクが顔を覆ったときに目を閉じたあと、動かなくなりました」
「じゃあ多分寝てるだけだな」
ディノーが緊張を解いたのを感じる。
「え?」
「ライザちゃんは真っ暗な所だと瞬間的に寝ちゃう癖があるんだ。えーと……」
工場の一角に置かれた事務机に向かったディノーは上に置かれたランタンを手にして取って戻ってきた。
ライザの頭の近くでランタンを明るく灯す。
するとライザが目元にしわを寄せ、片目を開けた。
「おお……」
「大丈夫かライザちゃん」
「……ディノーさん……? ……。あ、あたし?! ウッ……」
起き上がろうと体に力を込めたけど動けない。
「キン、もういいよありがとう」
キンがライザの体から引きあげる。
「ごめんなさい、俺たちを追ってる人かと思って」
「追って………って、あなたたち追われてるの?! アディ君も?!」
グイっと胸倉をつかまれて引き寄せられる。
「あ、アデギウスが直接って事ではないけど…一応仲間なので連帯的には……」
「分かったわ! 私が加勢するから安心して!」
胸倉は解放されたが今度は両肩をグっと掴まれる。
大丈夫か? この人目が血走っているんだけど……
「ライザちゃん、少し落ち着きなさい。まずは椅子に座ろう」
ディノーの手がライザの手首を握り、俺から剥がしてくれた。
俺たちは椅子に座り、無言でディノーを待つ。
チラ、チラ、とライザからの視線が刺さるのを感じる。
マグマたちも何事かとジッと俺たちの様子を見ている。
「おまたせ、ワッフルアイスをどうぞ」
戻ってきたディノーは大皿に沢山のワッフルを乗せて戻ってきた。
「あ、もしかして野イチゴとミルクの……」
「! 正解! 何だ、知ってたのか。アデギウスに聞いてた?」
聞かなくても分かる。フワフワのワッフルにミルクアイスと野イチゴのジャムを挟んだリェリアンナの好きだった冷菓。見た目が当時のまんまだ。
「これは美味しいですね!」
「それは良かった。さ、ライザも食べなさい」
「うん……」
「ルイス、ルイス、俺も」
静かにしていたマグマにも、一つ取って口に入れてやる。
「うま!」
「え、今その子に食べさせた? 大丈夫か?」
「コイツ、何でも食うんです。いま、美味いって感動してます」
「へぇ、ドラゴンにも褒めてもらえるなんて嬉しいなぁ。おいで、もっと食べるかい?」
ディノーは嬉しそうに自分もワッフルを手に取った。マグマは尻尾を振りながらディノーにすり寄った。
「で? ライザちゃんはどうしてうちを覗いていたんだって?」
モソモソとワッフルの端っこをかじっていたライザが手を止めた。
「……お昼で仕事上がりだったし、明日も休みだし、だから……」
「だから?」
「アディ君が戻ってきたら会えるかな…って」
「『会える』? 会うの? ホントに?」
「! そ、れは、その…………」
「どうしたんですか? アデギウスとなら、さっき対面しましたよね?」
「アレはあたしに会いに来たんじゃないからノーカウントだもん!!」
カラビウが質問を投げかけるとバンッ、とライザがテーブルを叩いた。
「ノーカウント?」
「ぅ…………」
「この子ね、子供の頃にあいつと約束したんだよ」
「何を?」
「【…………」
「だ、ダメ!」
ライザが持っていたワッフルを話始めようとしたディノーの顔に押し付けた。
が、止まらない。
「【今度会ったとき一対一で勝負してアディ君が勝ったら結婚してあげる! 負けたら絶交よ!】って」
なんと強引な…。
「それはどういう意味があるのですか? 好きなのかそれとも嫌いなのか……」
「2つ年下のアデギウスはとにかくライザお姉ちゃんに懐いていてな、どこに行くにもついて回ってたんだ。それを見た村の他の子たちが『金魚がフンをくっつけて歩いてる』ってからかった…だろ?」
「ぅ、…うん」
「ライザちゃんはその子らを蹴散らせるくらい強かったんだ。でもアデギウスはまだケンカの仕方も分からないし力も弱くて、ライザちゃんの後ろで縮こまってた。からかわれても言い返すもやり返すも出来ないアデギウスに苛立ったライザちゃんが、ついついさっきのセリフを口走ってしまったってわけさ」
「だって…アディ君に強くなって欲しかったんだもん」
「ライザちゃんはその日から寄って来るアデギウスを避け続けたんだ。アデギウスはそれからも何度か村に遊びに来てたんだがライザちゃんは王宮の学校に入学、アデギウスが追いかけて入ってくる前に飛び級で卒業……それからは村に寄り付かなくなって…馬鹿だよな」
「何が? アデギウスが強くなるまで会いたいのを抑えてたんでしょ? 美談だよ」
「ところがこの子、アデギウスが来そうにないところに逃げるために僻地専門で活動する退魔師団に入ったんだ。で、その退魔師団の入団条件が【Sランク】だったからって、取ってしまったんだそうで」
「Sランク? それは…」
「だって、アディ君が強くなるまでは会わないところにいようと思って…」
そして自分も強くなってしまったと………。
「そのアデギウスも今は…」
「Sだよね。同ランク同士で勝負か……結婚と絶交の確立が高いのは?」
「どうだろうな、ライザは魔法使いだから異種対戦だし、二年以上の経験差もある」
「そもそもアデギウスはその約束を覚えてるのでしょうか?」
「二人がサインした誓約書があるよ。因みに俺も承認者としてサインさせられた」
子供がなぜそんな手の込んだことを………。
「ライザさんはさっきアデギウスと再会しても気づきませんでしたよね? そんな今も彼と結婚したいと思うものですか?」
「そ、そりゃあ成長して変わってたから最初は気付かなかったけど……でもアディ君はきっと成長しても中身はアディ君だし……あたしの事、気付いてくれたし……ずっとSSランクになって迎えに来てくれるアディ君の事だけ考えて来たし……」
「でも今日会ったのはSランクのアディ君でした」
「ウー……」
「どうしてライザさんは申請所にいたんですか? 退魔団は?」
「あそこがライザちゃんの家なんだよ。父親が体調を崩したことがあって、呼び戻されたんだ」
「今ではピンピンしてるの。なのにあたしが退魔師に戻ろうとすると『あっちが痛い、こっちが痛い、今度は本当に大変な病気かも』って。そうやって仕方なく暫く残って手伝ってたら……ああ! しかもあんな態度のあたしをアディ君に見せちゃうなんてっ……」
あのケンカ腰の受付はやりたくない気持ちの表れだったのか。
ライザは顔を両手で覆ってしまった。
「勝っちゃったらどうすれば良いのぉ?!」
「わざと負けるとか」
「それは勝負の世界に生きてる人間にはすぐにバレるよ。アデギウスのプライドがズタズタで、それこそ絶交かもしれない」
「そっか……」
それも大変だなぁ。
「今すぐ魔法が使えなくなりたい………」
…………。
お?
「魔法甕なんて割れちゃえば良いのに」
おお。
これはもしや
「ライザさん、魔法甕を減らしたい?」
「え?」
「それなら何とかできるかもしれないよ」




