交渉
「よう兄ちゃん! あっー! 待って待って待って待って目を逸らさないで!!」
「…………なんだよ」
オザダから預かったロッジャルをガララに付けておこうかと持ち替えた拍子に運悪く中のヤツと目を合わせてしまった。
「暇なんだよ! 構ってくれよ!」
「面倒くさいなぁ。お前のことはキンに任せたんだけど」
「でもあの子、あれから馬の姿になってくれないんだよ。ほら、今は違うオモチャに夢中じゃん?」
「ああ……アレな」
キンはガララの傍で例のアレに温泉水をチョロチョロとかけているところだ。
「あの感じだともうお前のことはもう忘れちまってるだろうな」
「でしょー?! 寂しいんすよ俺! それに兄ちゃんも今暇なんだろ? 相手してくれよぉ」
「……俺、お前とは何をやっても馬が合わない気がしてるんだけど?」
「! ウヒヒヒ! ウケる!」
「…………」
手の上のロッジャルをギュと握る。そして数秒置いてから手を開く。
「ゴメン!! 面白くない面白くないよな! そういう事じゃなかったもんな! …そんなスグ怒らないでよぉ」
コイツはすぐ自分の立場を忘れるからな。定期的に知らしめないとな。
「こっちはお前との話題なんて無いし……もちろん外にも出せないぞ」
「俺さ、考えたんだよね。兄ちゃんが俺と会話できるのってさ、俺らの仲間を一人取り込んだからなんだろ?」
「……それが?」
「そいつと喋らせてくれよ」
「無理」
「なんで!」
「出せない」
「じゃあ俺もそっちに入るよ!」
「お前を取り込むのはなんか生理的に嫌だな」
「どーゆーことぉ?!」
「それに、もし入れたとしても出せなくなったら困るんだよ。ガララのペガサス計画が止まっちまう。なぁガララ。オザダと一緒に空を飛びたいもんな?」
目の前のガララと目を合わす。
「ええ。いつか羽を作って貰って、彼の思い描く天馬として飛行したいと思っていますから」
なんて素晴らしい受け答え。
ロッジャルとは大違いだ。
「俺はお前の望みよりガララの願いを優先する。当然の事だな」
「もー! じゃあもう一人捕まえてきて俺と同じ様に閉じ込めてくれよ!」
「そんなことを言われてもお前の仲間がどこにいるかなんて知らないしな。…あの島か?」
「あそこにはもういないけど! きっとどこかにいるから!」
「なんでお前の為に苦労して探さなきゃ駄目なんだよ、やるわけないだろ」
「やるわけあれよー……覚えてないの? 俺、昨日しっかり役にたったんだぜ?」
「それは……そうだけどさ」
確かにコイツが白い雨の体力回復を掛けてくれなければもっと状況が悪かったかもしれないが。
「ほら!」
「でも何をするにしたってすぐには無理だ。俺には次の行き先の決定権なんて無いんだからな」
「チッ」
「…お前のそれスゲー嫌い。もう今度使うまで箱にでも詰めとこうか」
「あーゴメンゴメンもうしないからっ」
「どうしたんだいルイス? 一人で賑やかだねぇ?」
飲み物を貰いに行っていたカラビウが両手にグラスを持って戻ってきた。レモン色の液体からシュワシュワと泡が氷の隙間を縫って上ってくる。添えられたミントも爽やかだ。
はやく受け取りたくて俺はロッジャルをサッサとガララに装着した。
「この馬が暇を持て余しててさ、話し相手が欲しいって煩くて」
「ふぅん?」
俺にグラスを手渡しながらカラビウがロッジャルをチラっと見た。
「僕も会話出来たら良いんだけどね、ごめんね?」
捕まえた本人なので罪悪感を持ってしまっただろうか。
「俺の中のヤツを出せとかダメなら俺の中に入るとか…コイツ、捕まってる身分のくせに我儘なんだよ」
「ルイスの中のナイトメアか。そうだね、出せたらジェイコフ様に献上できるんだけどね……」
カラビウのバッジが人質となっている今、いつかは手をうたなくてはいけないんだろうけど……ロディの方も何かありそうだったからなぁ。
「お互いヘンな甕で苦労するよね」
「ああ、そう言えばそっか。こっちは謎の蓋、そっちは謎のヒビだもんな」
「……ねぇ、僕が斧を飛ばしちゃったときのこと覚えてる?」
「え? うーん、あんまり……」
ほんの一瞬だったし、暫く意識もとんだしな。
「そっか、えっとね、ちょっと気になることがあったんだけど聞いてくれる?」
「うん、なに?」
俺たちは暑さから逃れるために塀の影に移動して腰をおろした。
「あの時、まず僕がめいっぱい魔力を込めた斧がすっぽ抜けてガラスを割ったでしょ?」
「ああ、ワフが設定してた以上の魔力がガラスにぶつかったせいだよな」
「そうみたいだよね。で、そのあとの事なんだけどね」
カラビウは近くに落ちていた木の皮を拾い、尖った部分で土の地面に絵を描き始めた。
人の形。そしてその横に斧。
「君の背中に刺さるまでの一瞬だから見間違いかもしれないんだけど、斧からね、こう……」
斧の刃の部分から、人の方へ向けて波線が書き足された。
「斧に溜まっていた魔力が君に向かって一気に流れ込んだように見えたんだ。それからこう、バッって赤い壁……あとから翼だったって聞いたけど、それが広がって、その後に斧がルイスの背中に……」
斧から人に矢印が引かれ、人の背中にバツ印が付いた。
「思ったんだけどね、自分で言うのもアレなんだけど、僕の魔力って常識外れじゃない?」
「そうだな」
「ガラスの壁をぶち破るのにもかなりの力が必要だっただろうけどさ、斧にはきっとまだ魔力がかなり残ってたんじゃないかなって。それがもし君に直接当たっていたら、やっぱり生きてはいなかったんじゃないかな?」
「……俺が怪我をしたのは斧の殺傷力の分だけだった? だから死ななかった?」
「うん、それで、その翼が出たのはもしかしたら……」
「カラビウの魔力が俺に流れ込んで、甕の蓋が開いたから……?」
「僕の魔力が、ひょっとしたらきっかけになってたのかなって」
そういう事があるんだろうか。
グレイスと甕を見たときは魔力譲渡の本を使ったけど……カラビウなら魔力量に物を言わせて強制魔力譲渡という芸当をやってのけることが出来る、とか?
「……どうかな?」
「……」
「ちょっとだけやってみる?」
「……」
カラビウの『ちょっと』は信じても良いものかどうか……。
「もし蓋が開いたら馬とかドラゴンが出るんだけど、カラビウ一人で大丈夫?」
「……そ、そうだよね。えーと…やっぱり襲いかかってくるのかなぁ?」
そこは考えてなかったのか。
「やらかすと姫にまた怒られるんじゃない? まぁそれも嫌じゃないんだろうなっていうのは分かってるけどさ」
「あはははは……」
「やるとすればマグマもセシルもいるから攻撃は出来そうではある、けど回復系も一人は欲しいよな」
「僕は回復系の魔法書持ってないからねぇ…」
「…保留?」
「だね。」
「…だそうだ。残念だったな」
ロッジャルを見ると前足で引っ掛かりのない八面体の壁をズルズルと引っ掻いている。
「諦めんなよ! 回復なら俺がいるっしょ!」
「白い雨の一種類しかないんだろ? ダメージがデカい時に回復が追いつかなかったら終わるんだよ。」
「もー! めっちゃ期待しちゃったのにぃ………」
暴れ疲れたロッジャルはバッタリと後ろの壁にもたれ掛かって動かなくなった。
静かになったなら問題解決だな。
レモンスカッシュを飲み干し残った氷を噛み砕いていると、ガララが前足でカリカリと地面を鳴らして俺たちを呼んだ。
「どうかした?」
「先程からその塀の向こうに誰かいらっしゃいます」
「え?」
振り返ってみるけど塀は俺の身長よりも高いしそもそも座ってる状態なので何も見えない。
俺はカラビウを手招きし、耳打ちした。
カラビウは手で了解の合図を見せると、音を立てないように腰を浮かせてしゃがんだ体勢に移る。
「………いい? いくよ、サン、ニィ、イチ…」
「ゴーウ!!」
「キィャアァアアアッ?!!」




