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腹の中

ねぇお母さん、人は死んだらどこへ行くの?


それはね…別の世界だよ



 転生も16度目となると慣れたものだ。

 とは言っても記憶にある転生の回数だから、その前の転生が何回あったのかは分からないが。

 今世での俺の名前は、未だついていない。

 性別はおそらく男だろう。

 ついさっき誰かの腹の中に落ち着いたところだ。

 ここから数か月はこの中というわけだな。


 この、母親となる女性の腹の中で意識があるというのはとても…そう、とても暇だったりする。

 最初のうちは、もどかしくてよく身じろぎしたものだったが、母体に負担がかかるのだと知ってからは大人しくその時を待つようになった。

 それに、転生を重ねるごとに、この期間が大事な時間だとわかってきた。

 前世を整理し、今世への心づもりをするのだ。


 例えば、前世の俺は40歳の手前で死んだ。戦争だった。町で食品店をやっていた両親の元に生まれ、俺が継いだ。

 妻と、子供は男の子が3人。

 けれど、突然始まった隣国との戦争に巻き込まれた村は半壊、戦いなど知らない人々は生活のために兵士となった。

 使い捨ての駒だった。

 死んでも転生できることを知っている身でも、家族と別れること、仲間が死ぬこと、誰かを殺すこと、今の人生が終わることは悲しい。

 妻は出兵の朝に笑って見送ってくれた。前の晩、布団の中で声を殺して泣いていた。

 長男は婚約したばかりだった。俺と一緒に兵士になり、流れ弾に当たって俺よりも先に逝った。

 次男と三男は今も無事だろうか。別れる時に約束した通り、母親を守れているだろうか。

 戦いが終わって、俺が戻らなくて、それでも幸せを見つけて生きてくれるだろうか。

 もしそれが叶わなかったなら…次の人生は報われて欲しい。


 今までの人生で、一片の悔いもないことなんて一度たりともなかった。


 前世の記憶があったとしても、次に生まれ落ちた場所は全くの別世界。

 知り合いがいるわけでもない。言葉も生活習慣も分からない。

 これまでの記憶を引き継いで生まれ変わることは、普通では無いようだ。

 これまで知り合った人間で、転生した、と言いまわっている人間はいなかった。

 いたとしても、どうなるものでもないが。


 そこにない技術や知識を基にのし上がることはやろうとすれば出来る。

 8度目の転生の時、俺はその世界で電気を発明した人物になった。

 7度目にはこの後も転生するなら損はないだろうと死ぬほど勉強し、そのまま病で逝った。

 なんの回収も出来なかった悔しさもあって、次は遊んで暮らしたいと思った。

 知識を売り、富を得た。広い庭のある屋敷を手に入れた。家事をしない妻。家事をする使用人。

 町は夜でも昼のような明るさが続き、急速に経済が発展し、比例するように治安が悪くなった。

 突然の発展に政治が追い付かず、統制が取れなくなったのだ。

 そして屋敷は襲われた。金品は奪われ、屋敷に火がつけられ、全員死んだ。


 やろうとすれば、きっと何でも出来る。

 でも、世の中の流れに乗るか、自らで流れを作って動かせる器が必要だと知った。

 俺にはそんなたいそうなことは出来ない。

 寿命の尽きるそのときまで、平穏無事に過ごす一生を送りたい。

 それが俺の目標になった。


 9度目の人生は、始まった途端に終わった。

 堕胎されたのだ。

 母親の泣く声の記憶だけが残った。


 女性に生まれたことも何度かある。

 転生していることを自覚してから、初めて女性に生まれ変わった時。

 女の自分に慣れるまで、ずいぶん時間がかかった。

 そして、男に求婚されても微塵も喜べず、それどころか激しく拒絶してしまった。

 俺はその男を気の合う友人と思っていた。

 相手はそれを俺からの好意と取っていたのだろう。断られたとき、とても悲しそうな顔をした。

 そしてその日を境に俺の前からいなくなった。

 俺は一生を独身で過ごした。貴族の屋敷に住み込みで仕えたから生活には困らなかった。

 60を過ぎたころ肺の流行り病で床に伏せ、そのまま終わった。

 御屋敷の御主人はやさしい人で、使い物にならない俺でも最後まで置いてくれた。

 自分の主治医をあてがってくださって、奥様もお嬢様も毎日顔を見せて励ましてくれた。

 やさしさに涙が流れた。恩を返さなければと思った。

 でも、そのまま終わってしまった。


 教師をしていた年上の人と結婚したことがあった。

 10度目の時、女性に生まれるのは4度目だった。

 9度目の人生の終わりが突然すぎて、次は幸せになると決めていた。

 姉の同級生で、小さいころから一緒に遊んでいたひと。

 木登りが得意な俺と姉を、いつも下から心配そうに眺めていた。

 17になった年、向こうは25。姉はもう、遠くの村へ嫁いでしまっていた。

 相変わらず体を使うことが苦手なその人が、急に木に登ろうと言い出した。

 幹のどこに手を回せばいいのかとオロオロする彼を見て、無理だから諦めて、と俺は笑った。

 大丈夫大丈夫、と自分に言い聞かせるように繰り返しながらゆっくり登っていく彼。

 落ちてきたら受け止めなければと今度は俺がオロオロしたが、彼はそのまま何とか太い枝までたどり着き、腰をかけた。

 上から手招きされて、自分も登る。

 夕日がきれいな日だった。

 一緒の時間を生きたい、と言ってくれた。

 同じ朝日で目覚め、同じ夜を迎え、悲しみも喜びも二人のものとして感じたい。彼はそう言った。

 俺は素直に嬉しく思った。兄のように慕っていた彼に、自分も既に別の感情を持っていたから。

 結婚して少ししてから俺は女の子を産み、幸せな日々を送った。

 娘は父親を尊敬し、自らも教員の道へ進んだ。

 彼は先に逝き、俺は娘と孫に看取られた。

 これまでの人生で、一番安らぎと幸せを感じた一生だったと思う。

 この最後なら納得できる、と思ったものだ。

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