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8話 可愛い義妹ができるまで

シルヴィア視点です。

 彼女の名前と存在を初めて知ったのは、アランがとても落ち込んだ顔でうちの屋敷にやってきた日のことでした。驚いてどうしたのかと聞くと、彼は項垂れながら魔力測定を受けたことを話してくれました。


「俺の魔力、とてもショボいんだって……。チェルシーはものすごく強いらしいのに、どうして…」


 泣きそうな彼の顔を見て、私もとても悲しい気持ちになったのを覚えています。私の魔力を彼に分けてあげることができたなら、どれほど良かったことでしょう。


「こんな言葉、気休めにもならないかもしれないけど…。私はアランのものよ。だから私の魔力も全部アランのものなの。私の魔力を好きに使って?」

「……ありがとう」

 

 しばらく彼に寄り添って、彼が少しだけ元気になったことを確認してから、私は先ほどの彼の言葉で気になって仕方がなかったところを聞いてみました。


「…ところで、チェルシーって誰?」


 彼に3歳年下の妹さんがいたことを、この時初めて知りました。妹さんの存在を知った私は、あろうことか彼と血のつながった実の妹さんに対してまで嫉妬心と警戒心を抱いてしまいました。


 「生まれた時から彼と一緒で、私よりも長い時間を彼と過ごしている彼女がうらやましい」、「アランが素敵すぎるから、もしかしたら妹さんは重度のブラコンになるかもしれない」って。


 …我ながら本当に嫌な子だなと思ってしまいます。


 それから、彼は時々妹さんの話をしてくれるようになりました。最初は両親が妹を甘やかすから、とても我儘な性格に育ってしまって残念だ、もっと小さい頃は素直で可愛い妹だったのに、といった内容の話がほとんどでした。


 ある日、妹さんが原因不明の高熱を出して寝込んでしまったらしく、彼はとても心配していました。幸い数日で熱は下がって回復したようですが、回復後も記憶障害の後遺症が残ってしまったらしく、彼はそのことをとても悲しんでいました。


 妹さんは、記憶の一部を失ったことが原因なのか、それまでの我儘なところは鳴りを潜めたものの、その代わり家族に対してもよそよそしい態度になってしまったようでした。高熱を出している間、付きっ切りで自分を看病してくれた専属メイドの方にのみ、心を開いているとのことでした。


 その話を聞いたときの私は、妹さんを不憫に思う気持ちももちろんありましたが、どこかで妹さんがアランに対してよそよそしい態度になったことに安堵し、喜びさえ感じていました。


 …我ながら本当に最低の人間だなと思ってしまいます。


 妹さんと初めて会ったのは、当時私はその子がアランの妹さんであることに気づかなかったのですが、今思えば第二王子の9歳の誕生日を記念して行われた王宮でのお茶会でした。


 アランの近くで、彼に近づこうとする女の子たちをやんわり威嚇・威圧するという、お茶会における自分のルーチンワークをこなしていた私の視界に、会場の隅っこで魔力制御の練習をしている女の子が偶然入ってきました。


(あら、めずらしいわ)


 貴族の女の子にとって、王宮のお茶会は憧れのイベントの一つ。しかもその日のお茶会は、あの第二王子が主役とあって、第二王子に自分をアピールして顔と名前を覚えてもらえる絶好のチャンスでもあったのです。


 そんな場所で、黙々と魔力制御の練習をしているなんて。よほど魔法に強い興味を持っている子なのか、それとも魔力のコントロールが効かないことで、昔の私のように何らかの症状に苦しんでいるのか。


(闇属性と…水属性かしら)


 彼女の魔力は綺麗な青紫の夜空色でありながらも、どこか禍々しさを感じさせるものでした。闇属性を表す黒紫と、水属性を表す水色が混ざった色と推測しました。


 そしてその魔力は私のような化け物じみたものではないものの、相当なレベル…そうですね。たとえば先日うちの屋敷に訪問された、この国の四天王の方を超える強さでした。


 あれだけの魔力で、しかも他属性と比べ数が非常に少なく、その性質や特徴に関して解明されていないところが多い闇属性の適合者。何か副作用が出ていたとしてもおかしくはありません。


 次の瞬間、アランに他の女の子が近づいていることに気がついたので、私は彼女に声をかけるタイミングを逃してしまいましたが、闇属性の強力な魔力を持つ女の子は私の記憶に残っていました。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「直接ご挨拶させていただくのは初めてですね。初めまして、チェルシー様。アラン様と親しくさせいただいております、シルヴィア・ラインハルトと申します。お会いできてとても嬉しいですわ」

「初めまして。チェルシー・ローズデールと申します。こちらこそお会いできたことを嬉しく思います」


 闇属性の女の子との再会は意外にもすぐにやってきました。それはお茶会の数か月後、アランとの交際報告のためにローズデール家に訪問した際のことでした。


(彼女がチェルシー様だったのね。…とても可愛いわ)


 満面の笑みで私に挨拶をする彼女は、近くでみるとアランの顔のパーツをそのまま女の子らしくアレンジしたような、とても可愛らしい女の子でした。アランの顔は世界一美しい、神様の最高傑作ですから、アランそっくりの彼女の美貌もまた、私にはまぶしすぎるものでした。


「それでは、私は失礼いたします。頑張ってくださいね、シルヴィア様!」

「…えっ?は、はい。ありがとうございます」


 少しだけ世間話をしてからチェルシー様がサロンから退室しました。


 ……頑張ってください、ですか?アラン、彼女には今日の訪問の目的を事前に伝えたのかしら。


 いずれにしても、少なくとも彼女の中で私の第一印象は悪くはなかったみたいです。よかったわ。これから長い付き合いになるんだもの。


 本音をいうと、私とアランの交際には家同士の問題がありますから、できれば仲良くなって、彼女には私たちの味方になってもらいたいなと考えていました。


 その後、アランの予想通り、アランのご両親から交際を認めるかどうかは保留するとの回答が出ました。二人の気持ちは尊重するし、反対はしないが、もし二人が婚約でもするとなると解決しなければならない問題が非常に多い。


 だから現段階では交際の公表は控え、まずは二人の気持ちが変わらないことを数年かけて証明してくれ、といった趣旨でした。


 ちなみに先日アランと一緒に報告した際の、私の両親の回答も似たようなものでした。要するに時間稼ぎではないか、私たちが心変わりするのを待ちたいだけなのではないかと、私はかなり不満でした。


 でもアランが両家の両親の回答に納得し、受け入れていたことや、アランがここだけは譲れないと強く主張してくれたおかげで、今後私とアランへの他の家からの婚約話は断ると両家のご両親が約束してくださったことから、とりあえずは私も今回の結論を渋々受け入れることにしました。


 でも、私が待つのは10年だけ。誰も傷つかず、アランが悲しまない、両家から祝福される彼との幸せ結婚を手に入れるために、私は自分の22歳の誕生日までは待つことにしました。10年だなんて私にしてはとても気長な期間設定です。自分を褒めてあげたいと思います。


 でももし私が22歳になって、その時もまだ私がラインハルトで彼がローズデールであることを理由に私たちのことを認めていただけないのであれば……。その時はラインハルトもローズデールも潰します。消します。


 そんな穏やかでないことを考えながらディナーの会場に向かった私ですが、ディナーに一緒に参加してくれたチェルシー様のおかげでだいぶ癒され、また励まされました。


 彼女は天真爛漫で無邪気な末っ子キャラで、彼女がその場にいるだけでみんなを穏やかで楽しい気持ちにさせてくれる子でした。しかも初対面の私に対してもとことん友好的な、とても人懐っこい少女でした。


 アランから聞いていたものと性格がかなり違うような気がして、少し不思議に思いましたが、私よりもアランとアランのご両親が彼女の言動に戸惑っている様子でした。


 でも可愛い末っ子が明るくはしゃぐ姿に、徐々に戸惑いよりも嬉しさと愛しさの方が勝ってきたようで、彼女のおかげでその日のディナーはとても穏やかな雰囲気で終わりました。


 後日アランから聞いたのですが、どうやら彼女は私がローズデール家で居心地の悪さを感じないよう、あえて普段とは違う性格を演じて場を和ませてくれていたようでした。


 そしてアランは、彼女が私たちのことを応援してくれていて、彼女にできることならなんでも力になるとまで言っていたことを伝えてくれました。


 その話を聞いて、私は涙が出そうになりました。会ったこともない彼女に理不尽な嫉妬心を抱き、彼女にとってはとても辛かった出来事に違いない、彼女の記憶障害がもたらした結果に喜びさえ感じていた私。


 そんな醜い私のために、まだ幼い彼女は自分にできる精一杯の配慮を一生懸命考えて、実践してくれたのです。私は彼女への深い感謝と、自分を恥じる気持ちでいっぱいになりました。


 その後、私と彼女はすぐに仲良くなりました。彼女は魔法に対して並々ならぬ興味と向上心を持っていたので、私は謝罪と感謝を込めて自分のスキルを惜しみなく彼女に教えることにしました。


 最初はどうして私のことを気に入ってくれたのかが少し疑問でしたが、彼女の魔法に対する姿勢を目の当たりにしてから、もしかしたら彼女は私の魔導士としての能力に興味や好感を持ってくれたのかもしれないと思うようになりました。


 もしそうなら少し寂しい気もしますが、嫌われるよりは全然良いと自分に言い聞かせました。


 彼女が実際に私とアランの交際を応援してくれていることも伝わってきました。彼女はご両親に「お兄様の非公認の恋人とか関係なく、私の大切な友人で魔法の師匠だから招待する」といって、頻繁に私をローズデールの屋敷に招待してくれるようになりました。


 でもその言葉とは裏腹に、彼女が私を招待するときは必ずアランが在宅中で、彼女は私に少し魔法に関する質問をしてからは「私は今教えてもらったことを練習するので」といってどこかに去っていき、アランとの二人きりの時間を作ってくれました。


 そんなことを繰り返しているうちに、私はローズデール公爵夫妻や使用人の皆様とも徐々に打ち解け、ローズデール家の屋敷には私に対して友好的な方が少しずつ増えてきました。 



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 

 そんなある日、自室のベランダで海を見ていた私の目に、ローズデール家の屋敷のビーチで強大な魔力が激しく渦巻いている光景が見えました。


(大変…!)


 私はそのままベランダから飛行魔法を使い、ローズデール家のビーチに飛んでいきました。そこにいたのは予想通りチェルシー様で、鬼の形相をして涙を流しながら、何かで固定されたように体が宙に浮いた状態で固まっていました。闇の魔力が彼女の全身を覆うように渦巻き、(ほとばし)っているのが見えます。


(魔力が暴走しているんだわ…!)


 私は慌てて彼女の左腕をつかみ、生命力と魔力を奪い取る闇属性の魔法『ドレイン』を使って彼女の魔力を吸い取りました。そしてその直後、地面に崩れ落ちてぐったりする彼女に聖属性の最上級魔法『リザレクション』をかけました。


 この方法が正しい応急措置かはわかりませんが、暴走していた魔力は全部吸い取って空っぽにしましたし、『リザレクション』は回復の対象が死んでさえいなければどんなケガでも瞬時に完治させて、枯渇した魔力も即時満タンにする反則技ですから、たぶんこれ以上の方法はないはずです。


「チェルシー様!!チェルシー様!!」


 それなのにどうしてこんなに不安なのでしょう。気がつけば、私は彼女の名前を叫び続けていました。


「メ…イソン…」

 

 …よかった!彼女が寝言のように誰かの名前を呟きました。私の応急措置、うまくいったみたいです!きっと今はショックで一時的に気を失っているだけなんだわ。


 ……でもメイソンってどなたなんでしょう?



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「チェルシー様!!よかったぁー!!」


 しばらくしてチェルシー様が目を覚ましました。思わず彼女を抱きしめる私。


「…えっと、ここは…?」

「チェルシー様のご自宅のビーチですわ。覚えていらっしゃいませんか?」

「…私、ビーチにきて『ルイン』を試してみようと思って、それで……」

「はい、魔力が暴走して、倒れられたんです」

「……助けてくださったんですよね。すみません。ご迷惑をおかけしました」


 なるほど、『ルイン』を試そうとして魔力を暴走させていたのですね…。


「そんなことお気になさらないでください。それよりお体の具合はいかがですか?一応治療はしたのですが…」

「はい、大丈夫です。…すみません、助かりました。ありがとうございます」


 立ち上がって深々と頭を下げる彼女。


「どういたしまして。…うん、問題なく回復されているようですね。すぐに気がついて本当によかったわ」


 12歳にして聖属性の最上級魔法を使えてしまう自分の非常識な能力が、これほどありがたく思えたのは今回が初めてかもしれません。あと、偶然ベランダに出たことで、彼女の危機を見つけられた幸運にも心から感謝です。


「申し訳ございませんでした…」

「お気になさらず!……でも、そうですわね。もうちょっと休憩されてから、私と少しお話をしましょう。『ルイン』を試そうとされたあたりから」


 おそらく彼女はもう自分の適合性で習得できる初級魔法をすべてマスターして、次のステップとして中級魔法の習得に挑んだのでしょう。


 そして初めてチャレンジする中級魔法は彼女がもっとも高い適合性を持つ闇属性の『ルイン』。自然な選択だったとは思います。でも、残念ながら正しい選択ではありません。


 何より、初めて中級魔法を試すのであれば私に一言相談してほしかった。高い向上心とチャレンジ精神を持つのは良いことですが、そこに慎重さが欠けていては今回のように自分自身や大切な人を危険な目に遭わせることにつながります。


 ……ということを熱心にチェルシー様に伝える私。しょんぼりして恐縮しながら耳を傾けてくれるチェルシー様。先ほどから私、失敗した妹にネチネチ説教をする姉のようになっていますね。でも、彼女のことを心配してお話していることは分かってほしいものです。


 気がつけば、ここ数か月でチェルシー様は私にとって大切な存在になっていました。一人娘で同年代の子供と接する機会自体が少なく、特に同年代の女の子は「私からアランを奪おうとする敵」としか認識していなかった私にとって、彼女は初めてできた同性の友達でした。


 そしていつの間にか私は、彼女を実の妹のように思うようになっていました。


 「私はチェルシー様のことを実の妹のように思っています。だから心配して、怒っているのですわ」。そう伝えた私に、彼女は「それならこれからはシルヴィア様のこと、お姉様と呼んでもいいですか」と上目遣いをしながら言ってきました。


 ……なっ、何なんでしょうこの可愛い生き物は…!


 彼女は自分のことは呼び捨てで良いともおっしゃっていましたが、それはさすがに失礼だと思って、私はこれから彼女のことを「チェルシーさん」と呼ばせていただくことになりました。


 最初にアランから妹さんの存在を聞いたときは、ネガティブな感情しか持てませんでした。でも今は私、彼女のことが可愛くて可愛くて仕方がありません。もう義妹ラブです。もし私の可愛い義妹を泣かせる方が現れたら、私、とても怒ってしまうかもしれません。


 …私がずっと守ってあげますからね。これからも末永くよろしくお願いしますね、チェルシーさん。

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[良い点] >あろうことか彼と血のつながった実の妹さんに対してまで >嫉妬心と警戒心を抱いてしまいました。 >アランに他の女の子が近づいていることに気がついたので、 >私は彼女に声をかけるタイミング…
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