7話 ヤンデレチートさんができるまで
シルヴィア視点です
数年前まで、私は孤独な子供でした。裕福な貴族の家に一人娘として生まれ、親からも十分な愛情を受けながら育ったので、とても恵まれた環境ではあったのですが…、持って生まれた魔力が強すぎるせいで、なるべく他人との接触を避けるしかない幼少時代でした。
私の魔力は、常人の100倍とも1000倍ともいわれ、もはや「測定不能」としかいいようがないレベルでした。王都にある古代文明の魔力測定器を使っても正確な数値を出すことができなかったようです。
2歳を過ぎたあたりから、体内から溢れ出た魔力が強風や衝撃波となって私の身体の周りに渦巻く現象が頻繁に起こるようになりました。
私がもっとも高い適合性を持つ属性が「風」だったからまだよかったものの、もし「火」や「雷」だったら、うちの屋敷はすでに燃え尽きていたかもしれません。
だから私はいつも家具のない広い部屋で、一人で過ごすしかありませんでした。両親は「まるで虐待をしているようだ」と心を痛めていましたが、子供ながら私は「他の人を傷つけたり、大切な物を壊したりするくらいなら、一人で過ごす方がまだマシ」と納得していました。
そして私が他人と違うところは他にもありました。それは、「魔力」が目に見えるというものでした。
「魔力」はすべての生命に宿るもので、自分の体内に流れる魔力を「認識」することができる人間だけが魔導士としての素質を持つとされています。
私の場合は、自分の魔力を「認識」できることに加え、魔力そのものがオーラのような形で目に見えます。自分の魔力も、他人の魔力も。そして、そのオーラの色によって魔力の属性適合性も分かります。
ちなみに私自身の魔力は、くすんで濁ったほぼ黒に近い色です。ダークブラウンにも見えますし、ダークグレーにも見えます。自分では正直、「汚い色」だなって思います。あらゆる属性に対する適合性が非常に高いため、すべての属性を表す色が混ざった色になっているみたいです。
魔力が見えるという話は少しおいといて…。5歳を過ぎてから、私は体内に流れる魔力をコントロールする方法を少しずつ身につけました。
誰が教えてくれたわけでもありませんが、とにかく体外に魔力が溢れ出る現象を抑えたいという一心で必死になっていろいろと試すうちに、少しずつ制御ができるようになりました。
6歳になると、強風や衝撃波の渦はもう発生しなくなりました。両親も使用人のみんなもとても喜んでくれて、今までの空白を埋めようと、どんどん私を構ってくれました。でも、正直私にとってはありがた迷惑でした。
もちろん、みんなが構ってくれるのは純粋に嬉しかったです。大事にされている、愛されていると実感しました。でも、当時の私はまだ、体外に魔力を零さないように魔力を抑え込むことに必死で、誰かと一緒にいる時にうっかり魔力が溢れ出て相手を傷つけないかがいつも心配でした。
そして、誰にも言わなかったのですが、あまりにも膨大な魔力を強引に抑え込もうとしていたせいで、私の体には相当な負担がかかっていました。
今までは体外で渦巻いていた強風や衝撃波が、そのまま体内で突発的に渦巻く感じで、1日に何回も突発的な激痛が全身に走る症状に悩まされていました。
周りを心配させたくなかったので、発作が起きた時は人がいない庭の奥やビーチに駆け込んで、一人で我慢するようにしていました。
そんな私に運命の出会いが訪れました。忘れもしない、7歳の誕生日の翌々日、その日も屋敷の庭の奥の、人目につかない場所で突発的な激痛に苦しんでいた私のところに、彼がやってきました。
「ねえ、大丈夫?とても辛そうだよ」
「…えっ、誰?」
第一印象は、なんて綺麗なオーラの人なんだろうというものでした。透き通るような、透明度の高い水色の魔力。
純度の高い水属性(つまり水属性以外のどの属性にも一切の適合性がない)で、魔力自体も強くないから出る色だということを理解できたのは、彼との出会いからかなり時間が経ってからでした。
「!!……俺、アランっていうんだ。君は?」
「…シルヴィア」
私の顔をみて、なぜか目を見開いてしばらく固まってから自己紹介してくれたアラン。あとから教えてくれましたが、嬉しいことにこのとき彼は私に一目惚れしてくれていたみたいです。
「あの…大丈夫?どこか痛いの?」
「……うん、痛い。でもしばらくしたら治るから」
今までどんなに激痛が走っていたときも「痛い」ということを伝えたことはありませんでしたが、なぜか彼には素直に「痛い」と伝えることができました。
たぶん、相手が家族や顔見知りの使用人ではなく、知らない同年代の子供だったから「心配かけてはいけない」という気持ちが湧いてこなかったんだと思います。
彼は、あまりの痛みで涙を流す私の隣に座って、痛みが治まるまで黙って私の背中をさすってくれました。私は「私の隣にいたら危ないからどこかに行って」と伝えないと、と思いながらも、彼が一緒にいてくれることがとても心強くて最後まで言い出すことができませんでした。
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その日から彼は頻繁に屋敷にきてくれるようになりました。私も彼が来てくれるんじゃないかということを期待して、空いた時間帯にはいつも彼と出会った場所で彼を待つようになりました。そのうち会う時間を決めて、定期的に一緒に時間を過ごすようになりました。
しばらくして、彼が実はお隣のローズデール公爵家の長男であることがわかりました。私に初めて出会ったときは「自宅の庭の探検」という豪邸に住むご令息ならではの遊びをしていたところ、偶然こちらに通じる獣道を見つけて、本人も知らないうちにラインハルトの屋敷に不法侵入していたみたいです。
戻ってから自分がおそらくラインハルト家の敷地に無断で入っていたことに気づいたそうですが、その後も彼は私に会いたい気持ちを抑えきれず、バレたら怒られる覚悟で頻繁に会いに来てくれていたみたいです。
そして私は、彼にだけは自分の魔力のことや、症状などを包み隠さず伝えることができていました。彼が私の話を聞いてくれるだけで私は十分気が休まり、救われていましたが、なんと彼は私の話を注意深く聞いて、私の症状を治す方法を一生懸命調べてくれていました。
数か月後、彼が出した結論は、いたってシンプルで、「溜め込むからいけないんだ。発散しよう」というものでした。彼は「遠く離れたところでずっと見ていてあげるから、魔力を体内に抑え込むのをやめて、逆に意識して少しずつ体外に垂れ流してみて」と提案してくれました。
そして彼の予想は見事的中し、私は人のいない場所で意識して魔力を垂れ流すことで、突発的に強風や衝撃波を発生させることも、そのエネルギーを体内にため込んで激痛に苦しむこともなくなりました。
ちなみに彼自身は当時まだ自分の魔力の認識もできていなかったのに、私のために苦戦しながら何冊も関連書籍を読んで、想像力をフル稼働して方法を考えてくれたみたいです。7歳の子供がですよ?すごいですよね?素敵ですよね?神様ですよね?
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それから、いや、きっとその前からですが、私は彼のことしか考えられなくなりました。体の成長にともない自分の魔力を問題なく制御できるようになり、どんどん魔法を習得し、いろんな人に注目されるようになりましたが、私は彼以外の誰に注目されようと全く興味がありませんでした。
9歳になるとこの国の第一王子との婚約の話が浮上しましたが、もちろんお断りさせていただきました。
両親から「とても素敵な方だから一度会ってみるだけでも」としつこく打診されましたのでアランに相談したら、「実はまだ魔力の制御が不完全で、前よりも強烈な衝撃波が出ることが稀にある。特に慣れない場所や知らない人と会っている時に不安を感じる」と伝えるよう指示されて、その通りに伝えたらあっさり諦めてもらえました。さすがアランです。
そのことを両親に伝えてからは婚約の話はもちろん、お茶会の誘いなどが入ってくることも減り、私の方は平和になりましたが、問題はアランの方でした。ローズデール公爵家の嫡男で、外見も性格も申し分ない彼は、同年代の貴族令嬢の間でかなり人気を集めているようでした。
彼と親しくなってから分かったことですが、私はとても嫉妬深く、独占欲が強い性格でした。
たまに参加するお茶会などでアランが他の女の子と話をしているところを見るとそれだけでとても悲しい気持ちになりましたし、初めてアランに婚約の話が入ってきたことを聞かされたときは気が狂いそうになってしまいました。
12歳になり、ほぼすべての属性の上級魔法はもちろん、一部属性の最上級魔法まで使えるようになった私は、もう「まだ魔力の制御が不完全なところがある」という言い訳が通用しなくなってしまっていました。そこで今度は私と第二王子との婚約話が浮上してしまいました。
そしてアランにも具体的な婚約話が複数入ってきていて、特に候補者のうち一人の、ある侯爵家の令嬢はアランに相当熱を上げているという噂でした。そこで、私たちは行動を起こすことにしました。両家の両親から交際の許可をとろうというものです。
私から泣きながらアランにお願いしました。「これ以上アランに婚約の話が入ってくることが耐えられない。正直、今にも噂の侯爵令嬢に害をなしそうで自分が怖い」と。
私の性格をよく理解してくれているアランは、「もっと早く動くべきだった。ごめん」と優しい言葉をかけてくれただけではなく、すぐに両家への挨拶の準備を始めてくれました。
私の嫉妬深さを理解して、受け入れてくれているうえに、面倒なことになるからといって隠し事をしようともせず、いつも正直に話してくれるアラン。本当に、いくら感謝しても足りません。
たまに「もしかしたら彼は私が持つバケモノのような力を恐れて身動きが取れなくなっているだけかもしれない」と思って悲しくなったり、私のようなどす黒い性格の子に捕まった彼を不憫に思ったりすることもあります。
でも、仮にそうだとしても、私は彼を解放してあげることはできません。私は、もう彼なしでは生きていけないのです。
だからせめて、彼に私と一緒にいられて幸せだと少しでも思ってもらえるよう、私は彼が望むことはどんなことでもするし、彼が欲しがるものはどんなものでも手に入れるつもりです。
――私のこの魔力は、きっとそのためにあるのですから。
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