5話 ヤンデレチートさんと仲良くなりました
「読書中にごめんね」
翌日、毎日一日の半分くらいの時間をここで過ごしているといっても過言ではないお気に入り場所――初代ローズデール公も愛した海の絶景が見える自室のベランダで、いつものように魔導書を読んでいた私のところにお兄様がやってきた。
「いえ、どうぞおかけください」
読んでいた本を閉じて、ティーテーブルの向かい側の椅子を勧める。
「昨日のお礼を言わなきゃと思ってね」
「お礼、ですか?…あ、ありがとうね、アイリーン」
お兄様が着席するとアイリーンがお兄様には本人お気に入りの紅茶を、私には好物のレモンスカッシュを出してきた。アイリーンに向かって軽く会釈するお兄様と、デレっとした顔で御礼を言う私。
静かに頭を下げてから、一瞬私にだけ見えるように微笑みかけてから去っていくアイリーン。可愛すぎかよ。
「…改めて、昨日は本当にありがとう。シルヴィアもぜひチェルシーに御礼を伝えてくれと何度も言っていたよ」
「いえ、こちらこそ楽しい時間をありがとうございました。シルヴィア様にもそうお伝えください」
「……」
紅茶を一口飲んで、なぜかじーっと私のことを見つめてくるお兄様。
「…正直、チェルシーが真っ先に味方してくれるとは思わなかった」
「あら、どうしてですか」
少し気まずそうにポリポリ頭を掻くお兄様。
「いや…、俺、最近チェルシーに嫌われてると思ってたしさ…」
「……そんなことありませんよ」
ちょっと前世のことを根に持っているだけです。
「チェルシーはたぶん反対はしないだろうなとは思ってたけど。……でも正直、俺たちのことに全く興味を示さないんじゃないかと思ってた」
お兄様の予想はある意味正しい。実際に前世の私はお兄様とシルヴィア様の恋愛などまるで興味を持っていなかった。さすがお兄様。妹のことをよく見ているね。
「……俺、チェルシーのことを誤解してたみたいだ」
「誤解、ですか」
「ああ」
「どんな風に思っていらしたのですか」
「……怒らない?」
「ええ。シルヴィア様に告げ口はするかもしれませんけど」
「いや、それ一番ダメなやつ」
「冗談です。ふふ」
「……チェルシーも冗談を言うんだね」
「…今のでよく分かりました。きっとお兄様は、私のことを感情のないホムンクルスのような気持ち悪い小娘だと思っていらしたのですね。悲しいわ。やはりシルヴィア様に…」
「そんなこと一言も言ってないじゃないか!」
笑い合う私たち。お兄様とこんな風に和やかにお話するの、何年ぶりだろう。前世ではいつの間にかお兄様との仲は疎遠になっていた。
たぶん原因は私。第二王子のことで頭がいっぱいだった私は、きっと家族の悩みにも一切興味を示さない、気づきさえしない冷たい人間になっていたのだろう。
…昨日のことを思い出してみる。案の定、兄夫婦(予定)と両親の話し合いは「一旦保留」の結論で終わったらしく、私が合流したディナーの会場にはなんとも言えない微妙な空気が流れていた。
私は、場を和ませようとあえて無邪気な末っ子キャラを演じ、誰よりもシルヴィア様にたくさん話しかけ、つとめて明るく振る舞った。
もちろん、シルヴィア様に対してはとことん友好的な姿勢を貫いた。「チェルシーはこの二人の交際にまず反対しないな」ということがこれでもかってくらいみんなに伝わるよう、意識して行動していた。
ここ数か月のうちの屋敷における私のキャラは「妙に大人びた、アイリーン以外は誰にも懐かない孤高のロリ」というものらしい。
そんな私があえて普段と違う姿を見せたので、うちの家族は「シルヴィアさんに居心地の悪さを感じさせないために柄にもないキャラを演じるほど、チェルシーはシルヴィアさんのことが気に入っている」と思ってくれたかもしれない。
もちろん、私の友好的な姿勢(具体的にいうと「敵じゃないよ、だから殺さないでね♡」)をもっとも伝えたかった相手はシルヴィア様なので、シルヴィア様本人が何度も私に御礼を言っていたとするならば昨日の私の作戦は成功したといえよう。
「お兄様」
「うん?」
「昨日も申し上げたかもしれませんが、私はシルヴィア様とのこと、心から応援しています」
感動したような表情で私を見つめるお兄様。
「…チェルシー」
「何かありましたら、いつでもご相談ください。私にできることでしたら、何でもお手伝いします。シルヴィア様にもそうお伝えください」
「……ありがとう。本当にありがとう!」
まだ前世のことはちょっと根に持っているし、「私とメイソンの時はあなた達が味方になってね」という計算も多分にあるけど…。お兄様とシルヴィア様が心から愛し合っていることはよく理解している。だから彼らのことを応援したいという気持ちに嘘はない。
……いや本当だよ?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あれから私とシルヴィア様は急速に仲良くなった。元々ご近所さん同士で、年齢の近い女の子同士でもある。そして私の今の関心事は専ら魔法で、シルヴィア様といえば1000年に一人の天才魔導士。もはや仲良くなる要素しかないよね。
そして、「計算だけじゃない」といったのが恥ずかしくなるような話だが、正直シルヴィア様との交流は私にとって予想をはるかに上回るメリットだらけのものだった。
まず、12歳ながらすでに魔力のコントロールは完璧で、各種上級魔法と一部最上級魔法まで当たり前のように使えるというチートキャラのシルヴィア様が直々に魔法の指導をしてくれるようになった。
もちろん規格外の天才である彼女のスキルを凡人の私がそのまま真似することはできない。でも彼女から指導を受けるようになってから自分の魔法が恐ろしいスピードで上達していることが自分でもわかるほど、彼女は教え方もとても上手だった。
私の成長スピードにドン引きしたのか、最近魔法の家庭教師の先生が私を見る視線がバケモノを見るようなものになってきて少し悲しい。
そして、あっさり判明したシルヴィア様の特殊能力(なんと、魔力が「目に見える」というもので、それによって魔力の強弱はもちろん、どの属性の魔法にもっとも高い適合性を持っているかも色でわかるらしい)によって、私がもっとも高い適合性を持つ属性が闇属性であることが判明した。
いやー、私ずっと水属性だと思ってたよ。前世から。だってローズデール家の魔導士といえば水属性だし、実際に水属性への適合性も高かったからね。闇属性の魔法なんて学園でもほとんど教えてくれないし、適合者の数も非常に少ないから考えたこともなかった。
でもシルヴィア様によると、私は水属性よりも闇属性への適合性の方が遥かに高いらしい。闇属性への適合性だけならシルヴィア様よりも高いって言ってた。
で、屋敷にあった闇属性の魔導書を見ながら独学で習得したり、シルヴィア様がすでに習得している闇属性の魔法を教えてもらったりして実際に闇属性の魔法を試してみたら、自分でもドン引きするくらいの火力が出た。
…シルヴィア様、前世でも私の属性適合性は『見えて』いたはずだから、それなら一言教えてくれてもよかったのに。……まあ、前世では私とシルヴィア様が直接会話したことなんてほとんどなかったから仕方ないか。
しかも前世の私は魔法にほとんど興味なかったから教えてもらったところで意味なかっただろうし。
あ、一応誤解がないように言っておくと、闇属性の魔法といっても禁忌になっている呪術系の黒魔法を身につけているわけではない。練習しているのはあくまでも王国から合法として認められているものだけです。呪いの魔女とかになるつもりはないからね?
とまあ、こんな感じで、私はシルヴィア様と仲良くなって数か月で見違えるほど成長した。本当に彼女との交流はメリットしかなく、いくら感謝しても足りないくらいだ。
強いてデメリットがあるとすれば、時々「あ、私今金髪ゴブリンだ」と思えてきて悲しくなることと、あまりにも規格外の力を見せられてたまに自信喪失になることくらいだね。
……それにしてもなんで私だけ闇属性なんだ?両親もお兄様もみんな水属性なのに。わざわざ前世からやってきたのに今更出生の秘密とか嫌すぎるんですけど。大丈夫だよね?たまたまだよね?
……う、うん、水属性の適性もあるし、きっと大丈夫。そう信じよう。
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