4話 ヤンデレチートさんがやってきました
王都でのお茶会から数か月後、私の魔力磨きは順調に進んでいた。まだ魔力の制御が完璧とはいえないものの、少量の魔力を具現化すれば発動できる初級魔法は数種類使うことができるようになっていた。
魔法の家庭教師の先生からは「お嬢様は天才」だの「将来の四天王候補」だの過剰な褒め言葉をいただいているが、魔道学園で3年間学んだ分の知識と経験があるから9歳の子供にしては優秀すぎて当たり前なんだよな…。
そういえば先日は9歳の誕生日だった。カイル王子の誕生日の時のお茶会にも劣らない豪華なパーティーをするぞと意気込んでいた両親だったが、私は2回目の9歳だから別にめでたいとも思わないし、メイソンのいない豪華な誕生日会なんて面倒なだけなので全力で辞退させてもらった。
お母様に「こういうイベントを豪華に行うのは貴族としての義務でもあるのよ」みたいなことを言われたから「今まで心配かけると思って言わなかったけど、正直にいうと記憶障害のせいで他人と接するのがまだちょっと苦痛なんです」と適当なことを言ってみたら思いっきり抱きしめられて泣かれてしまった。
……嘘つきの娘でごめんなさい。
結局誕生日パーティーは身内だけでささやかに行われることになり(ささやかといってもたぶん世間一般的には十分豪華だと思うけど)、誕生日プレゼントも私の強い希望で皆さん魔導書を用意してくれた。
おかげさまで良質な魔導書が大量に手に入り、ここ1か月は暇さえあれば魔導書を読むというのがマイブームになっていた。
「そういえば今日はお客様がいらっしゃるんだっけ」
「はい。午後からアラン様のご友人の方がいらっしゃいます」
朝からずっと本を読んでいて目が疲れた。休憩を兼ねて隣に控えているアイリーンに話しかけてみる。
「お兄様のご友人ですか…。私も挨拶した方がいいのかな」
「おそらくは。ご昼食の際に奥様からお話があるかと思います」
お兄様の友人…?たぶん前世で会ったことある人だろうな。誰だろう。
「アイリーン」
「はい?」
「大好き」
「…私もお慕いしております」
うん、アイリーンとの仲の進展も非常に順調である。急激に距離が縮まったのは、私がアイリーンばかり優遇することが面白くなかったのか、アイリーンと同年代の先輩メイドがアイリーンのことを誹謗中傷したときのことがきっかけである。
どうやら私が前世からやってきた(高熱を出した)のはアイリーンが私の専属メイドになってから1週間後のことだったようで、その先輩メイドはこんなしょうもない噂を広めていた。
『新入りのアイリーンはお嬢様に取り入るためにお嬢様に呪いをかけたのではないか』
『呪いで高熱を出したお嬢様を看病するフリをして、二日間みっちりお嬢様を洗脳したのではないか』
その先輩メイドは使用人たちの間では結構影響力のある人物だったようで、彼女が広めた根も葉もない誹謗中傷のせいでアイリーンは一時期使用人たちの間で孤立していたらしい。
アイリーンはそんな嫌がらせを受けていることなど私には一言も言わなかったが、偶然別ルートからそれを聞いた私は顔が真っ赤になるほど激怒した。
そして屋敷のメイドと使用人ができるだけ集まるタイミングを見計らい、ヒステリックに泣き喚きながらお父様とお母様にこう詰め寄った。
『自覚はありませんが、どうやら私は呪いをかけられて洗脳されてしまったらしいんです』
『名誉あるローズデール家の一員として生まれながら、呪いや洗脳などに負けてしまったどうしようもない娘など、ローズデールの人間として生きていく価値がありません』
『どうか私を除籍して修道院に送ってください。一生自分を恥じながら生きていきます』
『私への呪いや洗脳に気づいてくれたのは、アンナ(先輩メイド)らしいです。きっと呪術や洗脳を見抜ける素晴らしい能力をお持ちなのでしょう。彼女を私の代わりに養女として迎え入れてください』
その時の先輩メイドの顔は傑作だった。人の顔って本当に青白くなるんだって感じ?もちろん、私の言いたいことはお父様とお母様に十分伝わっていて、その先輩メイドは翌週には自主退職、屋敷の使用人たちの中には自分の行動を恥じてアイリーンに謝罪した者も多く、アイリーンの名誉は無事回復された。
そしてその日の夜、「今回は許してあげるけど、次、また困っていることを私に相談してくれなかったら今度こそ私は修道院に行く」と宣言する私を、初めてアイリーンの方から抱きしめてくれた。やったぜ、私。ここから美しい百合の花を咲かせてみせ…たりはしない。たぶん。
……自慢じゃないけど、自分が嫌がらせとヒステリーのスペシャリストだったからね、それ関係の対応は割と得意なんですよ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「直接ご挨拶させていただくのは初めてですね。初めまして、チェルシー様。アラン様と親しくさせいただいております、シルヴィア・ラインハルトと申します。お会いできてとても嬉しいですわ」
「初めまして。チェルシー・ローズデールと申します。こちらこそお会いできたことを嬉しく思います」
優雅に微笑みながら完璧な動作で挨拶する彼女。私もこの悪役顔ができる限り友好的に見えるよう、満面の笑みで挨拶を返す。
……相変わらずとんでもない美貌だな、この人は。「この世のものとは思えない」って表現がぴったりの、ちょっと異質なレベルなまでに整った顔立ちに、白銀色に輝くサラサラの髪。吸い込まれそうなエメラルド色の瞳と、まるで妖精のような幻想的な雰囲気。
ちょっと反則だよ、彼女の美貌は。私の外見も悪くはない…というか自分でいうのもなんだけどたぶん結構美少女の部類に入る顔だと思う。
でも、彼女は規格外である。彼女と並ぶと私なんかたぶん金髪のゴブリンにしか見えないんだろうな。もうね、別次元すぎて嫉妬心も湧いてこない。
それにしても、なるほど。お兄様の友人ってシルヴィア様のことだったのか。今日がその日だったのね、と一人で納得する私。
今私の目の前にいる天使のような美少女は、シルヴィア・ラインハルト公爵令嬢(12)である。もちろん前世で何度か会ったことがある人物で、たぶん今日はうちの両親にお兄様との交際を報告するためにうちの屋敷に訪れている。前世の時も確かこれくらいのタイミングに来ていた気がするし。
「それでは、私は失礼いたします。頑張ってくださいね、シルヴィア様!」
「…えっ?は、はい。ありがとうございます」
少し世間話をしてからサロンから退室する私。これからたぶんお兄様と二人でうちの両親に交際の報告をするはずだ。
で、うちの両親は、反対はしないにしても、たぶん交際を認めるかどうかの回答は一旦保留にするんだろうな。
というのは彼女、うちと同じ「三大公爵家」の一つであるラインハルト公爵家のご令嬢である。そしてそのラインハルト家とうちの関係がちょっと複雑なのだ。別に敵対しているわけではないけど、友好的な関係でもない。一言でいうと「長年のライバル」って感じ?
歴史書によると、どちらも国の建国功臣だった初代ローズデール公と初代ラインハルト公が強烈なライバル意識を持っていて、それが未だに両家にライバル意識として残っているらしい。
で、その二人の偉人のライバル意識がこう、なんというか…割と幼稚な感じだったのだ。子供同士のケンカみたいな。
たとえば、二人の大魔導士の関係に関するものでもっとも有名な、現在の両家の領地と屋敷にまつわるエピソード。初代ローズデール公と初代ラインハルト公は、二人ともある小さな港町にある絶景スポットから見える景色が大変気に入ってしまったらしい。
それで、建国後に二人はどちらも領地としてその港町を中心とした一帯を所望し、その絶景スポットに自らの屋敷を建てると言い出した。
二人は建国の際に甲乙付け難い大活躍を見せた功臣で、二人とも初代女王様の良き友人でもあったことから、初代女王様はどちらかのみの要望を聞くわけにもいかず、困ってしまったらしい。
結局どうなったか。絶景スポットにはローズデール公爵家とラインハルト公爵家の屋敷が隣同士で並ぶように建てられ、両家の屋敷の境界線をずっと延長したラインがそのままローズデール公爵領とラインハルト公爵領の境界線になった。小さい港町が二つに分かれて、それぞれの公爵家の領地になったのである。
その後、両家の当主は代々「隣の公爵領」に負けないよう自領の発展に努めたので、両家の領地は順調に発展した。特に両家の屋敷が建てられた小さな港町は、今や王都ハート・オブ・ベルティーンに次ぐ魔道王国第2の大都会にまで成長した。
そしてどちらの領地が国で2番目かという話になるとまた面倒なことになるので、両家の屋敷がある町は「ローズデール・ラインハルト大都市圏」(ラインハルト側の人間に言わせると「ラインハルト・ローズデール大都市圏」)として一つの都市のように扱われている。
そう、私が生まれ育ったローズデール家の屋敷はその「ローズデール・ラインハルト大都市圏」のローズデール公爵領の北端に建てられた屋敷で、シルヴィア様のご自宅はラインハルト公爵領の南端に建てられたラインハルト家の屋敷である。
…要するにシルヴィア様はうちのご近所さんでもあるのだ。
で、何が問題なのか。一つ目はその子供じみたライバル意識が未だに色濃く残っていて、両家の本家の者同士が結婚するとなると親戚一同からの反発を招く可能性が高いこと。
二つ目は、ローズデール家とラインハルト家が婚姻で結ばれるとなると、王家をも脅かす権力を生み出すことになるため、王家からも歓迎されない婚姻になってしまうこと。
だからうちのお兄様とシルヴィア様の交際は非常にハードルが高いと言わざるを得ない。今頃サロンではたぶんうちの両親が微妙な顔をしてお兄様とシルヴィア様の報告を聞いていることだろう。
となると、この件に関して私がやるべきことは一つ。それは――全力でお兄様とシルヴィア様の交際を応援して二人にこれでもかってくらい恩の押し売りをしておくこと。
理由は簡単。うちの両親が認めようが認めまいが、あの二人は間違いなく結ばれる。実際に前世でも結局は婚約した。どうしてそんなことができちゃうのか。
それはあの美しいシルヴィア・ラインハルト氏の性格と能力に起因する。彼女、見た目も立ち振る舞いも天使や女神にしか見えないが、実は私のような小物の悪役令嬢とは格が違う危険人物なのだ。
持って生まれた魔力も魔法のスキルも人外級で、通常の魔導士が一つか二つの属性に対し高い適合性を見せることに対し、彼女はなんとほぼすべての属性に対して最高レベルの適合性を持っている。
具体的に何ができるのかは前世でも聞いたことがないから分からないけど、ラインハルト家において数代に一人保有者が現れるという何かの特殊能力もしっかり装備。
そして、うちのお兄様に対する愛情は空より広く海より深い。前世においてうちのお兄様と敵対した何名かの人物に対して彼女が行ったとされる報復は……残酷な表現になっちゃうので省略する。
うちのお兄様に対する独占欲も相当なもので、本来はかなりモテるはずのうちのお兄様は、前世で女性を遠ざけるために本気で努力していた。お兄様が他の女性と仲良くなってしまうと、相手の女性の身に危険が及ぶから。
そう、彼女はいわば恋愛小説に出てくる「ヤンデレヒロイン」と、冒険物語に出てくる「チートキャラ」のハイブリッド。ヤンデレチートさんなのである。
「傾国の美女」って表現があって、外見的にも彼女にぴったりの言葉ではあるけど、彼女の場合は物理的な手段で国を傾けることだってできてしまうのだ。
そんな彼女との交際を反対したところで、はっきりいって無駄だし、うちのお兄様と彼女の仲を引き裂くなんてドラゴンの巣から卵を盗み出すくらいの覚悟がなければやってはいけない。
逆にいうと、もう二人が結ばれることは確定しているので、大人しく二人の仲を応援して恩を売っておくことにはメリットしかない。シルヴィア様は敵に回すとその瞬間死亡フラグが立つアグレッシブなお嬢様だけど、味方にするとこれ以上なく頼もしい人だから。
計算高い女で申し訳ない。でもメイソンと結ばれるためにはおそらく兄夫婦(予定)と同等かそれ以上の高さのハードルを乗り越えなければならない私としては、強い味方はどうしても必要なんだ。
そこまで頭の中を整理した私は、早速その日のディナーの時から行動を起こすべく、一人作戦会議を始めた。
ブックマークや☆ボタンでの評価、感想などをいただくと、チェルシーが頑張ってここから美しい百合の花を咲かせてみせるかもしれません…?
 




