サイドストーリー2 赤いサーペントを拾った件
まさかのメイソンパパ視点です
ある日の朝、自宅近くの海岸を散歩していたところ、俺は海岸に流れ着いた人らしきものを見つけた。
海流の影響なのか、この海岸には稀に難破船の破片や、海上の事故などで命を落とした人の遺体が流れ着くことがある。
そして今日海岸に流れ着いたものも、見た感じ、間違いなく人、それも若い女性のようだった。…絶対死んでるよな。さっきから全く動いてないもんな…。
(……俺が第一発見者になってしまった以上は、状態を確認して然るべきところに連絡しないといけないよな…)
そう考えた俺は恐怖心を必死に抑え込み、心の中で相手の冥福を祈りながら恐る恐る遺体に近づいた。
驚いたことに、遺体だと思った相手はまだ生きていた。意識はなく、全身びしょ濡れで、どこかに怪我をしているのか血痕らしき赤黒いシミがボロボロになった白っぽい服の至る所についていたが、それでも生きていた。
もう虫の息で、すぐにでも息を引き取りそうな感じではあったけど。
俺は彼女を抱き上げ、急いで自宅に運んだ。そのまま病院や魔導士協会に連れていくという手もあったが、どちらも海岸からは少し距離があったため、まずはすぐ近くにある自分の自宅兼店舗に彼女を運び、売り物のポーションで応急処置を行うのがより適切と判断した。
自宅で彼女の状態を確認した俺はさらに驚いた。彼女は身体の2か所に重傷を負っていた。どちらも刃物によるもので、背中を右肩から左の脇腹にかけて斜めに斬られ、さらに左胸の少し上のところを深く刺されたようだった。刺傷は貫通していた。
しかも、おそらく重症を負ったまま海に落ちてうちの近くまで流れ着いたのだろうから、正直、彼女がまだ生きているのは奇跡でしかなかった。
俺は店においてあったポーションの中で、もっとも効果が高いとされる最高級のものを彼女に大量に飲ませ、また惜しみなく彼女の傷口に塗り込んだ。最近仕入れたばかりでよかった。
「これで今月は大赤字確定だな」とは思ったけど、俺は助けられるかもしれない人が目の前で死んでいくのを放置するつもりはなかった。…商人としては失格かもしれないが。
応急処置完了後、そのまま彼女を病院や魔導士協会に運ぶことも考えたが、彼女の呼吸が少し安定してきたことと、もう一つの理由によって俺はしばらく自宅で彼女の様子を見ることにした。
そのもう一つの理由は、彼女の左腕から禍々しい赤いサーペントのタトゥーを見つけたというものだった。
彼女の両腕から肩までは様々なタトゥーで覆われていたが、その中でも一際目立つのが、左腕全体に巻きつくような形で彫られている、その赤いサーペントのタトゥーだった。
各地の海に神出鬼没し、世界中で恐れられている海賊団「レッドサーペント」。その一員であることを証明するものが、体のどこかに彫られた赤いサーペントのタトゥーという話を、俺は聞いたことがあった。
「名前のまんまじゃないか。もう少しひねりが欲しい」と、その話を聞いた時はそう小馬鹿にしていた俺だったが、まさか自分の目の前にその赤いサーペントのタトゥーを入れている人間が現れるとは思わなかった。
彼女には何か事情がある。今からまた危篤な状態にでもならない限り、病院や魔導士協会に見せるのは彼女の事情を聞いてからの方が良い、そう思った。
…今思えば、その時から俺は彼女に下心を持っていたのかもしれない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「アタシを騎士団だか自警団だかに引き渡せば、それなりの金額を受け取れるはずだ。それがアタシからの謝礼ということにしといてくれ」
数日後、奇跡的に回復した彼女は俺にそんなことを言ってきた。予想通り、彼女は海賊団レッドサーペントのメンバーで、しかも幹部レベルの人間だったらしい。
海戦の最中に信頼していた部下の裏切りに遭い、後ろから斬られてから海に蹴り落とされ、現在に至ると。
うちの国でも彼女の首には結構な金額の懸賞金がかかっているらしく、それを俺が受け取れるようにすることで、命を助けてくれたことに対する謝礼がしたいということだった。
「…うーん、いくらもらえるかは分からないけど、それだとたぶん赤字なんだよなぁ…」
「……ごめん、今のアタシにできることはそれくらいしかないんだ…」
そういって自嘲的な笑みを浮かべる彼女。よく考えたらこの人、信頼する相手に裏切られ、殺されかけたばかりなんだよね。自嘲的にもなるか。
「他にもあるよ?」
「……?」
「もしさ、俺がカミラさんを騎士団とかに引き渡したら、カミラさんは処刑されるんでしょう?」
「…おそらくな」
「ということは、俺に謝礼をするために死んでも良いと思ったってことだよね?」
「……それしかできることがないからな」
「あるよ。うちで働いてよ。死ぬよりマシでしょ?」
「…はあ?」
「レッドサーペントのカミラ・ウェリントンは、先日の海戦で死んだんだよ。そして今俺の目の前にいるのは、先日大怪我をした状態でこの町の海岸に流れ着いた、カミラって名前以外のすべてを忘れてしまった記憶喪失の女性。…これでどう?」
「……」
「そして彼女は記憶もなければ行く当てもないから、そのまま第一発見者で命の恩人である俺が営む店のお手伝いをするようになりましたと」
「…理由は?」
「理由はというと?」
「あんたに何もメリットがない」
「あるよ」
彼女は無言のまま、鋭い視線で俺を見つめる。たぶんあれだな。「そのメリットとやらを言ってみろ」ということだな。
…めちゃくちゃ怖いんですけど。さすが有名な海賊団の元幹部なだけあって威圧感が半端ない…。視線だけで人を殺せるんじゃないか?この人。
でもここは委縮せずに堂々と言ってやらないと!
「一目惚れした女性とずっと一緒にいられるって素晴らしいメリットがある」
「…はあ?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…なあグレン、アタシのどこがよかったんだ?」
「ん?急にどうしたの?」
あれから数か月、ただいま絶賛ピロートーク中。
彼女の左腕を撫でる。そこにあった赤いサーペントのタトゥーは、うまく上塗りされて今は赤と黒の蛇のタトゥーになっていた。
「一目惚れって言ってたけど、そんなわけない。初めて会った時のアタシ、ほぼ死体みたいなもんだっただろ」
「……まあ、確かに最初は遺体だと思ったね」
「だろう?それにアタシ、特別美人でもないし、こんな汚い体だし。…正直、アタシのどこがよかったのかがさっぱり分かんないんだよ」
彼女を抱きしめて、背中に残った大きな傷跡をなぞる。本人には絶対言えないけど、俺は彼女のこの傷跡も大好きだった。
死んでいてもおかしくなかった、いやむしろ死んでいて当たり前だった彼女の命を、俺が救ったという証拠だから。
この傷跡で俺と彼女はつながっていて、この傷跡がある限り彼女は俺のそばにいてくれるはず…そう思えるから。
…この気持ちが恩着せがましくて醜い独占欲だというのはわかっているけどね。
「俺にとっては特別美人だし、最高に綺麗な体だよ」
「……」
「…そしてもう一つ。なんていえばいいかな、…うーん、一言でいうと、生命力かな」
「生命力?」
「そう、生命力。カミラ、普通なら間違いなく死んでいたはずの重傷を負っていたのに、そこから奇跡的に復活したじゃん」
「いや、それはグレンが最高級のポーションを惜しみなく使ってくれたからだろ」
「そんなことないよ。そもそも普通なら俺が見つけた時点で死んでたって」
「まあ、それはそうかもしれないけど…。でも生命力って女に一目惚れする要素なのか?」
「…ほら、俺、母が病弱だったからさ」
「…そうか」
母は昔から病弱で、俺が13歳の時に持病が悪化して亡くなった。その後、日々悲しみに暮れていた父も、5年後に母の後を追うように亡くなってしまった。
「あの状態からも復活できちゃうカミラなら、きっと何があっても俺を残して死んだりしないと思ったんだよね」
「……ああ、アタシの命はもうグレンのものだ。あんたの許可なく死んだりしないよ」
彼女を強く抱きしめる。
「ありがとう。これからもずっと俺と一緒にいてね、カミラ」
「…わかった、あんたの気が済むまでアタシは、ずっとあんたのそばにいる」
俺の気が済むのはきっと、命が尽きる瞬間だよ。だから、自分勝手なお願いだけど、俺より長生きしてね、カミラ。
メイソンママは作者のお気に入りのキャラなので、どうしても出番を与えたかったんです。
なので作者は今、大変満足しております。
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