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3話 元婚約者と再会しました

 というわけでやってきました、王都ハート・オブ・ベルティーン。公爵領から海沿いの道路を使って馬車で約4時間南下したところにある大都市で、ベルティーン湾のラグーンの上に築かれた、運河が縦横に走る美しい「水の都」でもある。


 大貴族のローズデール家は当たり前のように王都にも豪華な屋敷を持っている。明日、お茶会だか誕生日パーティーだかに参加しなければならない私は、前泊でその王都のローズデール家屋敷に訪れていた。そしてベッドに入ってもなかなか眠れず、何度も寝返りを打っているというのが今の状況である。


 ちなみに今私が滞在している部屋は、前世において第二王子に会うために頻繁に王都を訪れるようになった私が訪問の度に宿泊して、いつの間にか「王都屋敷のお嬢様の部屋」と呼ばれるようになってしまう屋敷の一室である。


 ……片道4時間かかるというのによくもまあ、足しげく通ってたよ、私。


 目を閉じて、前世における第二王子との出会いを思い出してみる。


『お初にお目にかかります、殿下。ローズデール家から参りました、チェルシーと申します。ご招待いただけたこと、とても嬉しく思いますわ』

『初めまして。カイル・シェルブレットです。来てくれてありがとう』


 この時の第二王子の顔は、今でも覚えている。10年続いた片思いが始まった一目惚れの瞬間だからね。公爵令嬢らしく振舞おうと背伸びする私に対し、柔らかい笑顔を見せながらフランクに答えるカイル少年。


 今となっては彼の笑顔は別に私に対する好意の表現でもなんでもなく、ただのマナーだったのをよく理解できるけど、当時はあの笑顔に心臓を撃ち抜かれてた。


 第二王子に一目惚れした私は、早速並々ならぬ独占欲を発揮して他の令嬢を威嚇しまくる痛々しい小娘となってお茶会で暴れまくった。


 そしてうちの家族はもちろん、当初から私を第二王子の婚約者候補の一人として考えていた王妃様も非常に乗り気で、婚約話はとんとん拍子で進み、約半年後、私は正式にカイル王子の婚約者になったのであった。


 本当、どうかしていたと思う。あんな顔と声とスタイルと能力と清潔感と爽やかさと家柄とマナーだけの男、どこがよかったんだか。……うん、全部よかったんだろうね。


 もちろん、今の私は第二王子との婚約など全力でお断りしたい。お断りというかもはや論外だ。将来浮気して自分のことを破滅に追いやることが確定している男と婚約するほど私はマゾではない。


 …あ、もちろん、もしメイソンが実はドSで私を奴隷として調教することを望むのであれば、その時は喜んでドMになるけど。


 ……話を戻そう。いよいよ明日はお茶会本番である。必要最低限の挨拶まわりだけして、どこか隅っこで魔力制御の練習でもしながら時間をつぶすつもりだけど、正直一つだけ不安要素がある。


 それは、第二王子と出会った瞬間、自分の人格が根底から変わってしまうのではないか、というものである。


 彼と出会った瞬間、今の18歳の自分の「自我」は単なる「記憶」に成り下がり、自分でもコントロールできないような激情に突き動かされるのではないか。破滅への第一歩だということを分かっていながらも、結局また前世と同じような行動をとってしまうんじゃないか…。


 そのことが心配で、私はベッドに入ってからもなかなか眠れずにいた。


(きっと大丈夫。メイソンへの愛を信じよう。メイソンのことが大好きな私を信じてあげよう)


 繰り返し自分にそう言い聞かせてはみたものの、結局私が眠りについたのは午前2時をまわってからだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ベッドに入ってからもなかなか眠れずにいた私は、眠るのを諦めて泊まっていたホテル1階のレストラン兼バーに向かった。そこで私は、一人カウンターの隅っこに座って寂しそうにお酒を飲んでいる彼の姿を見つけた。


「お隣よろしいですか」

「…?あ、お嬢様。もちろんですよ。どうぞ」


 そういって彼は自分の隣の椅子を私が座りやすい場所に出してくれた。軽く目礼をして、椅子に腰かける。


「何か飲まれますか」

「では、あなたと同じものを」

「これですか。結構アルコール度数高いんですけど、大丈夫です?」

「はい、お願いします」

「…わかりました。すみませーん!『黒龍の吐息』を一杯追加で」

「はいよ」


 しばらくして運ばれてきたお酒は、確かにアルコール度数高めでしかも辛口だった。私のような小娘の好みには全く合わない、まさに「大人の飲み物」といった感じのカクテルだった。でも、なぜかとてもおいしく感じた。


「眠れないんですか」

「…はい、なかなか」

「……そりゃそうですよね」

「……」


 無言でカクテルを口に運ぶ。彼もそれ以上何も言って来ず、二人の間に沈黙が流れた。どれくらい時間が経ったのだろうか。バーには私たちの他には客がいなくなり、静寂の中、私たちは時々思い出したようにグラスを傾けていた。


「…あなたは」

「はい」

「ベックフォードさんは、私のこと、軽蔑しないんですか」

「……しません」

「…そう、ですか。……私がどうして今こうなったのかは、ご存知ですよね?」

「はい、なんとなくは」

「……それでも私のこと、軽蔑しないんですか。嫉妬に狂って破滅した愚かな女だと思わないんですか」


 たぶん、私は期待していたんだと思う。あなたのことを軽蔑しない、あなたの気持ちもよくわかる。悪いのはあなただけじゃない、と言ってもらえるのを。


「……思いません。むしろ、俺はお嬢様の元婚約者を軽蔑します」


 そして期待通りというか、期待の斜め上をいく回答をくれる彼。……今のは事情を知っている人間が聞いたら不敬罪に問われるぞ。びっくりしたじゃない。


「……今のはちょっと危険な発言でしたね。ハハッ」


 自覚があるようで何よりです。

 ぽつりぽつりと話を続ける彼。


「実はですね、今回の護衛、俺から志願したんですよ」

「……そうだったんですか?」

「はい。なんかお嬢様の境遇が他人とは思えなくて…。……あ、同情とかではないですよ。どちらかというと共感です」

「共感…」

「事情もちゃんと分かってないくせに勝手に共感してくるなって話ですよね。すみません」

「そんなことないですよ。……でもどうしてそんな風に思ってくださったのですか?」


 それから彼は自分のことを話してくれた。4年以上一緒に過ごした心から愛する彼女がいたこと、そろそろ彼女にプロポーズをしようと考えていたこと、でも最近その彼女に裏切られてしまったこと、その日から強いアルコールなしでは眠ることもできなくなってしまったこと。


 そして彼は私の婚約破棄の話を聞いて、こう思ってくれたらしい。


『お嬢様がやったとされていること自体は、事実なら褒められたものではない。でも、そうしたくなる気持ちはわかる』

『俺だって正直、できることなら相手の男をぶっ殺してやりたかった。いや、それが許される状況なら、きっとそうしていた』

『心から愛していた相手に裏切られて、正気を保てって言われても無理』


 彼の言葉を聞きながら、私は終始涙を流していた。彼の言葉によって、間違いなく私の心は救われていた。そして私と彼の距離は、その夜をきっかけに急速に縮まっていった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 朝、目が覚めたら涙で枕が濡れていた。


(……夢の中で彼に会えて嬉しかったな)


 昨日の夜、眠ることもできないほど悩んでいたことが嘘のように、私は吹っ切れていた。第二王子に出会った瞬間、私が自分を失う?そんなことあるはずがないじゃない。こんなにメイソンにベタ惚れしてるんだから。


 そして睡眠不足の中、王宮のお茶会に乗り込んだ私は、予定通り必要最低限の挨拶まわりだけして、隅っこで魔力制御の練習に励むことができた。眠くてあまり集中できなかったけど。


 カイル王子との出会い?なんともなかったよ。お互い簡単に自己紹介だけして終わり。相変わらず美しい顔をした少年だったけど、面白いくらい何とも思わなかった。


 そもそも精神年齢18歳の女が8歳の子供にときめいたりしたらその時点で犯罪だよね。おまわりさんこいつですってやつだよね。また修道院送りになっちゃうよね。


 そして魔力制御の練習をしながら、もしかしたら昨日の夢は、弱気になっている私を心配してメイソンが見せてくれたのかもしれないと思ったりした。『お前が誰の女なのか思い出せよ』的なメッセージ?きゃー、カッコいい!大好き!


 ……うん、我ながら重症だね。早く帰って寝よう。


下の☆ボタンを押していただけると、メイソンが実はドSなのが判明するかもしれません。

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