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30話 生徒に慰められた件

メイソン視点です

「…はぁ。何も変わってないね、あんた」


 腹部を押さえて地面に崩れ落ちた俺を冷たい目で見下ろしながら、彼女は「情けない…」というニュアンスを全く隠そうともせずそう言い放った。


 あの獰猛な目つきから放たれる人を貫くような絶対零度の視線…。この人はやろうと思えば視線だけで人を殺せるんじゃないかな。


 …チェルシー、よく自分の顔が悪役顔だっていうけど、本当の悪役顔というのはこういう顔のことを言うんだよ。彼女のこの顔をチェルシーにも見せてやりたいわ。


「…かっ…はぁ…くはぁ…」


 うまく息ができない。目がチカチカする。吐き気がする。膝蹴りを入れられた腹部には激痛が走っている。彼女は俺の斬撃を避けると同時に、俺が前進していた力も利用する形で容赦なく全力の膝蹴りを入れてきた。そしてそれが腹部にクリーンヒットしたのだから、当然である。


 心底失望したような表情で俺を見下ろしながら、彼女は話を続ける。


「ねぇ、なんで一度も勝てないんだと思う?」

「…はぁ…はぁ…」


 わかんねーよ。そしてまだ喋れねーよ。


「同じ人から生まれて、同じ人から剣術を学んでる。しかもあんたは男なんだから、昔ならともかく、今は純粋な身体能力ではあんたの方に分がある」

「……」


 やっと呼吸が落ち着いてきた。


「それなのに一度も勝てないどころか、互角に戦うこともできない」

「……」


 この人は俺の心を完全にへし折りたいのか?そういうわけじゃないっていうのは分かってるけど、いつもながらドSすぎる…。姉さんこそ何も変わってないよ。


 騎士になって上京した姉が半年ぶりに帰省した。そして帰ってくるなり俺を練習場に連れ出す姉さん。半年ぶりの姉弟の手合わせは、半年前と何も変わらず、弟が一方的にボコボコにされる「いつもの結果」で終了した。


「言っとくけど、別に才能とか経験の差じゃないかんね」

「…そう、なのか?」


 やっと喋れた。


「当たり前じゃん。あたしとあんたの間に、大した才能の差なんかないわよ。あんたがそう思いたいだけ」

「……じゃあ何?俺の努力が足りないって?」

「それも違う。腕自体はだいぶ上がってる。よしよし、よく頑張ってまちゅねー」


 倒れている俺の隣にちょこんと座り、小馬鹿にした感じでよしよしと頭をなでてくる姉さん。ぐったりしてまだ体を動かすことができない俺は、完全無抵抗状態。


「メンタルだと思うよ、理由は」

「……メンタル?」

「そう。あんた、戦う前から「姉さんに勝てるはずない」とか「胸を借りるつもりで」とか情けないこと考えてない?」

「……」

「図星か。そして何回か攻撃を防がれると「やっぱ通用しないのか…」って勝手に絶望して、反撃されて少しガードを崩されそうになると「やっぱ今日もダメだ…」って勝手に諦めて自暴自棄の攻撃をしかけてくる」


 ぐうの音も出ない。


「…ま、性格だから仕方ないかー。でもそれ直せないんだったら、騎士には絶対なんない方がいいよ。そのうち戦死することになるから」


 俺は別に騎士を目指しているわけではないけど…ここまではっきり「今のままだとお前に騎士は絶対無理だ」って断言されるとさすがにムカッとくる。


「でも冒険者とかならいいかもね。あんたのそのとてつもなくヘタレな性格なら、きっと確実に成功できるクエストしか受けないだろうし。手堅く稼げるんじゃない?」

「…ひでぇ」

「何がよ?弟の将来を心配して言ってるじゃない」

「いや、言い方ってのが…」

「なんであんたなんかに気を使った言い方をしないといけないわけ?何年経ってもあたしに一度も勝てないどころか互角に戦うこともできないようなやつに?」


 そのセリフ今日2回目。そろそろ泣くぞ、俺。号泣するぞ。


「……真面目な話、根本的なところから直せないなら、逆に今のままでいいと思うよ、あんたは」

「……?」

「中途半端にヘタレが治って、変な勇気を出してどっかで野垂れ死にするくらいなら、今のままの方が良いって言ってんの」

「……」

「…絶対勝てる相手としか勝負しないんなら、負けて死ぬことはないかんね。騎士はそういうわけにはいかないけど。…だからあんたは騎士なんか目指さないで、絶対勝てる勝負だけしていきな。「勝てないかも」とか「分が悪い」って思ったらすぐに逃げるの」


 納得はいかないけど、姉さんが言いたいことも分からなくはない。たぶん俺の将来を心配してくれているというのも本当だろうな。


「ヘタレなあんたにはそういう生き方がちょうどいいんだよ、きっと。そしてそれは別に、悪いことでもない」

「…そうか」

「……ま、もしそうじゃなくて、ヘタレを根本から直したいっていうなら、あたしのところに来てもいいよ。鍛え直してあげる。もちろん金はとるけど」

「…金とるのかよ!」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 旧校舎の屋上でチェルシーとカイル王子の姿を目撃してから一週間が経った。…俺は酒に逃げていた。仕事が終わったらすぐに商店街に向かって酒、仕事がない日は昼間から酒、とにかく酒浸りの毎日だった。今も当然のように一人で酒場にいる。


 昨晩久々に見た姉さんの夢を思い出す。今の俺を姉さんが見たらまたあの心底失望したような表情をするだろうか。もしかしたら「ヘタレなあんたにはそれくらいがちょうどいいんじゃない」って言って小馬鹿にしながらも慰めてくれるかもしれない。…いやありえないか。


(もうこの仕事やめて、姉さんに会いにでも行こうかな…)


 ボーッとそんなことを考えてみる。たぶん会いに行ったら、また再会したその日に手合わせに付き合わされてボコボコにされるんだろうな。


 …でもそんな姉でさえも母に比べると激甘だよなって自然と思えてくるあたり、やっぱうちの母は規格外なのかもしれない。


 ここ一週間、チェルシーとまともに会話をしていない。彼女は俺の様子がおかしいことにすぐに気がついて、めちゃくちゃ心配しながら自分に相談してって何度も言ってくれたけど、彼女に相談できる内容でもないし、何よりも俺は彼女の顔をまともに見ることができなかった。


 だから彼女に何度「何かあったの?」って聞かれても毎回「ちょっと疲れやストレスがたまっているだけだから気にしないで」とだけ答えて、彼女から逃げるように毎日商店街の酒場に入り浸ってお酒ばかり飲んでいる。


 アイリーンも何度か声をかけてくれて、自分でよければ一緒に飲みにいかないかと誘ってくれたけど、申し訳ないけど今は一人にしてくれって言ってお断りした。


 ……最低だ、俺。二人の善意を踏みにじって…。


 頭では分かっている。チェルシーがカイル王子のプロポーズを受け入れたかどうかはまだ分からないって。むしろ今までのチェルシーの言動を考慮すると、断ってくれた可能性の方が高いって。


 でも本当にそれでいいのか?もしそうだとしたら、俺がチェルシーと中途半端な将来の約束を交わしたせいで、彼女は王子の妃になるチャンスを逃したことになるのだ。王子の怒りを買って立場が悪くなったかもしれない。


 カイル王子が国王になる可能性もある以上、チェルシーはそれこそ俺の第一印象通り、王妃になれたかもしれないのに。


 ……いや、違うな。俺はきっと怖いだけなんだ。自分よりも遥かにチェルシーに相応しい相手が現れたことによって、チェルシーの心が変わってしまうことが。


 実はチェルシーがもうあの日のプロポーズを受け入れたか、今はまだ回答を保留にしていて、これから俺との約束をなかったことにしようとするんじゃないかってことが。


 そして嫉妬だ。俺は間違いなくカイル王子に嫉妬している。彼が持つ条件が何もかも完璧なまでにチェルシーに相応しいことを妬み、そんな彼がチェルシーに恋愛感情を持ってしまったことを恨んでいる。


 自分より10歳近く年下の少年に対して大人の男がこんなにも醜い嫉妬心を抱くなんて…やっぱ最低だ、俺。


 もうね、心の中では「俺の女に手ぇ出そうとしてんじゃねーよ、クソガキ」という幼稚なものから「王子だろうがなんだろうがあいつは魔導士。チェルシーからもらったこの剣があれば、あとは自分も死ぬ覚悟さえ持てばあいつの命を奪える」という自暴自棄なレベルのものまで、カイル王子に対する理不尽な恨みつらみが止まらない。


 チェルシーの立場に立って考えると、「あれだけ何度も好きって伝えたのに結論を学園卒業まで先延ばしにした、ヘタレなあなたが悪い」、「試すような真似をするからいけないんだ」っていくらでも言えるな。しかも全くもってその通りだし。


 …ダメだ、どうしても思考がネガティブな方向にいってしまう。まだ振られるって決まったわけではないのに。


 ……やっぱ飲もう。もう結構酔っ払っているのが自分でもわかるけど、それでも飲もう。明日は休日だし、今夜は部屋に戻らず一晩中飲んでしまおう。飲んで忘れよう。


「お隣いいですか」

「……?」


 いや他の席空いてるだろ、なんで人の隣に…って返事する前に座っちゃったし。


「すみませーん!レモネードくださーい!」

「はいよ!」

「……ウェストウッドさん?」

「…もう、レベッカでいいって何度も言ってるじゃないですか」


 そういいながら彼女は悪戯っぽい笑みを見せた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ウェストウッドさんは、授業が終わってから友人と商店街に食事に出かけていたところ、俺が寂しそうに一人で酒場に入っていく姿を偶然見かけたらしい。


 彼女も最近俺の様子がおかしいことが気になっていたから、もし食事が終わっても俺がまだ酒場にいるようなら少し話がしたいなと思ったらしい。


 そして友人との食事を終えてから俺が入っていった酒場に来てみたところ、俺がまだいて隣の席が空いていたので、問答無用で座って声をかけてきたとのことだった。なんというか…君、問答無用で隣に座るのが好きなんだね。旧校舎のベンチでもそうしてたよね。


「…で、どうしたんですか、先生」

「……どうしたって言いますと?」

「…とぼけるんだ?ここ一週間、女子の間で話題になってますよ。ベックフォード先生失恋した?とか。彼女のメイドさんとケンカしたのかな?とか」

「……アイリーンとはそういう関係じゃないって何度も言ってるのに」

「えっ、じゃ失恋したっていうのは当たりなんですか?」


 …女の勘ってすごいな。失恋って当たらずとも遠からずだよね…。てか俺、そんなに授業中も負のオーラ出しまくってたのかな。一応仕事はちゃんとこなしていたつもりだったのに。


「いや、別にそういうわけでは…」

「……誰かに話したら少しは楽になるかもしれませんよ?毎日一人でお酒ばかり飲んでないで」

「…どうして毎日飲んでることがわかったんですか」

「やっぱり毎日飲んでたんですか!?ダメですよ~、先生」


 …誘導尋問かよ!こいつ手強いぞ。


 ……ま、いっか。確かに誰かに話せば少しは楽になるかもしれない。そう考えた俺は、今までのことを、大量に(ぼか)しを入れつつ彼女に話した。というか愚痴った。


「つまり、先生には友達以上恋人未満の関係の彼女さんがいて」

「……まだ彼女ではないですけど」

「…そこはシンプルに彼女さんって呼び方にしましょうよ。いちいち「彼女候補さん」とか面倒じゃないですか」

「…はい」

「で、その彼女さんに先生よりも遥かに条件の良い男がアプローチしてきたと」

「はい…」


 ゴクッゴクッと目の前の酒を飲み干す。


「もう、飲みすぎですよ!ちょっと休憩!」

「……はい」


 15歳の子、しかも自分の生徒に怒られる大の大人。


「もう…。続けますよ。…偶然それを知ってしまった先生は、彼女さんを問いただすどころか彼女さんとまともに会話をすることもできず、悶々としながら一週間酒浸りの状態になりましたと」

「…そんな感じです」

「……」

「……?」

「…先生って、実はとてつもなくヘタレな人だったんですか」


 ……だよね。やっぱそう思うよね。


「あっ、ごめんごめん。そんなしゅんとしないで。…でも意外。見学の時のあの戦神みたいなソードマスターと同一人物とは思えない」

「…これが素です。幻滅しましたか」

「いいえ全っ然。むしろ最高ですよ、そのギャップ。もう先ほどから私は漲る母性本能を抑え込むのに必死です」


 そ、そうですか…。


「……これは女の勘というか、まあ、普通に考えると当たり前のことなんですけど」

「……?」

「たぶん彼女さん、先生のこと選ぶから心配しなくていいですよ」

「…どうしてそう思うんですか」

「そのアプローチしてきた男というのがどんなすごい条件の男なのかは知らないですけど…」


 めちゃくちゃすごいぞ。具体的に言うとこの国で1番目か2番目くらいじゃないか?


「先生より素敵な人なんてめったにいないですから。彼女さんが正常な判断ができる方なら、普通に先生の方を選びますって」


 は?…なんだその超特大の過大評価は。


「……そして、もしね、先生の彼女さんがそんな普通の判断もできないような人だったら」

「……?」

「…私が彼女さんのバカな選択に感謝して先生のことをもらっちゃいます!だから安心してください、もし振られてもこんな美少女が手に入ります♪むしろ積極的に振られに行った方がいいんじゃないですか?」

「…いやいや、学園の生徒に手を出すわけないでしょう」


 ……今この場で「彼女さん」と呼ばれている人、学園の生徒だけどね。


「そう?そんなこと気にする必要ないと思うんだけどな。……それにしても、あーあ、私の方が失恋しちゃったのか。…いやまだ分かんない、諦めないぞ。どうか先生の彼女さんが表面的な条件に目がくらむような方でありますように…!」

「こら」

「…あ、そうだ。先生。先生の話を聞いてて気になったことがあるんですけど」

「なんでしょう」

「先生、何度も自分は彼女さんに釣り合わないって言ってましたよね」

「…言いましたね」

「それ、間違ってます。先生に釣り合わない女性はたくさんいても、先生が釣り合わない女性なんてほとんどいないですから、そこも安心していいと思います」


 やたらと俺に対する評価が高いんだね、君。


「…ほら、誰かに話したら少しは元気になったでしょう?」

「…はい。おかげさまで」

「ふふ、お役に立ててよかったです!」

「…ありがとう」

「先生」

「はい」

「…先生の彼女さんが万が一、先生を選ばなかったらって話……私、本気ですからね」

「……わかりました」


 何が分かったのか自分でも分からないけど、とりあえずそう答えるしかなかった。そして彼女と話をして、元気が出たのも事実。感謝しなきゃ。


 …うん、やっぱ夜通し飲むのはやめて自分の部屋に帰ろう。

 

 …うっ、飲みすぎた、フラフラするぞ。


 そういえば俺、酔って呂律が回らなくなったり変なテンションになったりすることがほとんどないから、周りは酔っていることに気づかないけど、実はとっくにアルコールに平衡感覚をやられててまともに歩けません、ってなるタイプなんだよな。


 我ながら厄介な酔い方だわ…。

 ……俺、自分の部屋にたどり着けるのかな。

ブックマークや☆での評価をたくさんいただければ、メイソンとレベッカがくっ付いてチェルシーが魔王として覚醒する超展開のバッドエンドがアンロックされるかもしれません?(嘘)

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[気になる点] 泥棒猫候補には違いないが、 レベッカ性悪説は消えた・・・か?
[一言] チェルシー魔王ルートは割と見てみたいんですが(チラッ
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