29話 現実を思い知った件
メイソン視点です
学園での生活にも少しずつ慣れてきた。やっぱり何か一つでも楽しみがあるって大事だね。商店街の多種多様なB級グルメに感謝しなきゃ。
そう、相変わらず俺は、毎日のように学園前の商店街でグルメを堪能していた。最近は、商店街への最短ルートまで見つけてしまった。
学園内にある俺の部屋と実技講義を行っている屋外練習場はいずれもキャンパス内の東側にあって、そこから正門を通って商店街に向かうとなると一旦キャンパスの真ん中を通っている大通りに出て、正門を出て少し歩いてから左に曲がるルートになる。
つまり上空から見ると「C」のような形で大回りすることになるのだ。
ある日、近道がないか校内を探検していた俺は、練習場の裏側に細いけど人が通れる道があるのを発見した。その道をずっと南に歩いていけば、旧校舎の近くを通って、そのまま正門の東側にある小高い丘に突き当たる。
道は丘の上まで続いており、そのまま丘を登ると小さい出入口が出てきて、そこから学園を出れば、そこはもう商店街の北端だった。
このルートを使うことで短縮できる移動時間はせいぜい5分程度だろうけど、やっぱ少しでも近い方がいいじゃん。しかもこの裏道はほとんど人が通らないので、こっそり商店街に行ってB級グルメを買って戻ってくる用途には最適だった。
ほら、一応教員だから、あまり買い食いばかりしているって思われるのもよくないかなって。…事実だけど。
グルメ以外の学園生活はどうかというと…相変わらずチェルシーは忙しい。忙しい中でもなるべく俺との時間を作ろうと頑張ってくれてはいるけど、前より一緒に過ごす時間がかなり減ったのは間違いない。正直すごく寂しい。
むしろ最近はアイリーンと過ごす時間の方が長くなったんじゃないかな。チェルシーが忙しくなればなるほど、彼女と俺は暇になるからね。
そのアイリーンのことだけど、なぜか最近俺とアイリーンが付き合っているのかと女子生徒から聞かれることが多い。
「いや、彼女はローズデールさんのことが性的な意味でも大好きだから俺と付き合うことはあり得ない」と正直に言うわけにはいかないから、普通に「信頼するパーティーメンバーで大事な友人だけど、恋愛関係ではない」とだけ答えている。
まあ、他の女性との噂ならともかくアイリーンとの噂ならチェルシーが誤解することはまずないだろう。アイリーンの気持ち(と性的指向)はチェルシーもよく理解しているから。
そもそもアイリーンと俺が本格的に仲良くなったのも、俺が「そうなる可能性は低いと思うけど、もし本当に俺がお嬢様と結ばれることになっても、俺はあなたのお嬢様への気持ちを理由にあなたをお嬢様から引き離そうとするつもりは一切ない」と宣言してからなんだよな…。
アイリーンの言動を見てると、チェルシーが世界の中心というか、彼女の世界すべてがチェルシーって感じなんだよね。
もちろん、相手が女だからといって俺が全く嫉妬しないかといったらそれは違うけど、たぶんアイリーンを強引にチェルシーから引き離すと彼女は高い確率で廃人になると思う。
もう俺からアイリーンに教えられることは何もないけど、それでも彼女はいつまでも俺の可愛い弟子で、大事な友人でもある。俺の独占欲を満たすためだけに彼女を廃人にして良いかというと、答えはもちろんNOである。
だからチェルシーがアイリーンの気持ちを理解したうえで、それでも彼女とずっと一緒にいることを望んでいて、アイリーンもただチェルシーのそばにいるだけでいいなら、俺に異論はない。
……ってまるで、すでにチェルシーの彼氏や旦那にでもなったような言い方だね。図に乗ってはいけない。気をつけよう。
あと、最近の学園生活で変わったことというか、少し困っていることがあるとすれば、ある女子生徒がやたらと絡んでくることだった。その生徒は俺にフィッシュアンドチップスの購入先を聞いてきたレベッカ・ウェストウッドさんだった。
彼女は俺の剣術の授業を受講してくれていた。そしてどうやら最近は冒険者の道を進路の一つとして検討しているらしく、剣術や冒険者生活に関する質問を頻繁に、そして大量にしてくるようになっていた。授業の後に残って質問してきたり、空き時間に俺のところにやってきたり。
最初はものすごく真面目な生徒で、冒険者を進路として検討するにあたって現役冒険者である俺からどんどん経験と知識を吸収したいのかと思った。
でも、剣術と冒険者生活に関する質問からスタートした会話を、途中で他の話題に切り替えることが増えてきたあたりから「うん?」と思いはじめ、手作りのクッキーをもらったり、二人きりのランチに誘われたりするようになってからは正直困り果てている。
もちろん、彼女は別に俺に恋愛感情なんか一切持っていなくて、俺とは学園では数少ない平民同士ということで、共通の話題も多いし話しやすいから仲良くなりたいだけなのかもしれない。
でも問題は彼女が俺のことをどう思っているかではなく、彼女の行動が第三者に、具体的にいうとチェルシーにどう見えるかってところなんだよね…。
ただ、ランチなどは断るとしても、クッキーの受け取りまで拒否するのは逆に意識しすぎというか、頭おかしい気もするし、また教員である以上、自分の担当教科や卒業後の進路に関する生徒からの質問・相談に応じないわけにもいかないから困っている。
…単に俺がヘタレだから冷たく突き放したり強く言い聞かせたりすることができないだけかもしれないけど。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その日も俺は、いつもの裏ルートを使って商店街に向かっていた。夕飯にはちょっと早いけど、その日やらないといけない仕事はすべて終わっていたし、一人で街を少しぶらぶらしてからレストランに行こうと思っていた。
そして小高い丘を登り切り、特に意味もなく一度振り返って学園側を見た。本当に何か意図があったわけじゃない、ただ山とか丘を登った後って、なんとなく登ってきた道を振り返ってみたくなる時あるじゃん?俺としてはただそれだけだった。
でも次の瞬間、俺の目に入ったのは、信じられない光景というか、見たくなかった現場というか、恐れていた現実というか…うまく表現できないけど、とにかく俺にとってはものすごくショッキングな場面だった。
俺が振り返った場所の高さは、旧校舎の屋上よりも少しだけ上の方といったところで、振り返った俺の視野には旧校舎の屋上が入っていた。
そして旧校舎の屋上には、チェルシーとある貴公子――後ろ姿なので確信はできないが、髪の色と体格、服装から推測するとおそらくは第二王子のカイル殿下が立っていた。
旧校舎の屋上までは結構距離があり、俺がいるところは木々に囲まれていたから、たぶん向こうからは俺の姿は見えないと思う。しかも何やら話し込んでいるみたいだし。
一方で俺のところからは、二人の顔や話している内容までは分からないけど、少なくとも屋上にいる女性がチェルシーであることを確信できるレベルでは屋上の様子が見えていた。
いや、もしかしたら屋上にいる女性がチェルシーでなければ、誰だか分からなかったかもしれない。きっとチェルシーだからこの距離でも彼女だってことがわかったんだ。
そして相手がカイル王子だって推測したのは、髪の色や体格、服装もあるけど、ここ最近ずっと気になっていた不快な話題が頭のどこかに入っていたからなんだと思う。
「誰があの規格外の公爵令嬢、チェルシー・ローズデールを落とすのか」
男女問わず盛り上がる鉄板の話題として学内で大変好まれているというこのテーマにおいて、本命視されている生徒がカイル王子だった。確かに身分、外見、能力など、すべての面においてチェルシーのお相手として申し分ないと思う…。
――見るべきではない。今すぐここから立ち去れ。
頭の中から誰かがそう警告してきた。自分でもそうすべきなのは分かっていた。でもなぜか俺は、その場から一歩も動くことができなかった。
夕焼け色に染まる屋上の中、会話を交わす王子様と公爵令嬢。まるで物語の中のワンシーンだった。幻想的で美しい光景だった。
「…!!」
しばらくして、王子がチェルシーに向かって片膝をつく。
――プロポーズ…。
次の瞬間、やっと体が言うことを聞いてくれた。いや、むしろこれ以上見ていたら、心に二度と立ち直れないくらいの大ダメージを受ける可能性があるから、それを防ぐために体が勝手に動いてくれたのかもしれない。
いずれにしても、王子がチェルシーに向かって片膝をついた瞬間、俺は次の場面は絶対に見たくない、見てはいけないと本能的に感じたかのように、大急ぎでその場から立ち去った。
要するに、今まで薄々感じていながらも目を背けていた現実を目の前に叩きつけられて、その現実を受け止めきれず逃げ出したのである。
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