28話 勘違い女になりました
ヴァイオレット先輩と話をする機会はすぐにやってきた。例のカイル王子との一件があってから数日後、二人きりになった部室で、まるでその瞬間を待っていたかのように、彼から私に話しかけてきたのである。
「……婚約は、俺の意思とは無関係だった」
何を言い出すかと思えば。ま、ちょうどいいや。
「でも成立しています」
「…別に珍しい話でもないだろう、婚約破棄は」
やっぱこいつもカイル王子と同類だな。私、大っ嫌いなんだよね、自分の気持ちだけを優先して自分のことを愛してくれる女を蔑ろにする男。
まあ、彼が言っているとおり、当事者がまだ幼い頃に成立した婚約が、後から何らかの理由で破談になるケースが少なくないのは事実だけどね。
私も前世でまさにそのパターンで婚約破棄されたわけだし。
「…私、自分のせいで誰かが涙を流すのは嫌です」
「……」
私がここ数日でリサーチした情報によると、ヴァイオレット先輩の婚約者のフローラ嬢はヴァイオレット先輩のことをちゃんと愛しているらしい。
…この男やっぱカイル王子と同じくらい最低だ。メイソンと出会ってなかったとしても全力で遠慮したい。奪われる側の気持ちを誰よりも知っている私に奪う側になれって?冗談じゃない。
あ、ここはカイル王子を見習ってちゃんと丁寧に止めを刺しておかないと。
「それに、私には心からお慕いしている方がいます。…ごめんなさい」
「……わかった」
この人とは無駄に話が長引くことがないからその点は楽だけどね。まあ、もしかしたら彼もそういうところが良いと思ってくれたのかもしれないね。
フローラ嬢はなんとか彼に振り向いてもらいたい、愛されたいと思って必死に頑張っているらしいから、それが逆効果になっているのかもしれない。
…フローラ嬢、前世の私にそっくり。そう考えると私は目の前のイケメンに嫌悪感さえ抱いてしまう。
なんで王族貴族の男ってこうも自分勝手なのかな。好きでもない相手と婚約したくないなら断固拒否して家出でも何でもしなさいよ。それをしないで婚約を受け入れたなら、自分の行動に責任をとってちゃんと自分の婚約者を大事にしろ!
…いずれにしてもヴァイオレット先輩の件はこれで一件落着。
次は因縁と怨念の相手――カイル王子だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
数日後、私は、今は使われていない山側の旧校舎の屋上で人を待っていた。空は夕焼け色に染まっていて、左手はちょっとした山?いや小高い丘?の景色、中央と右手には人々で賑わう夕方の王都の日常が広がる。そして遠くに見える、空と同じ色に染まり始めた海。
…この風景も悪くないけど、やっぱり自分の部屋のベランダから見える風景の方が好きかな。そんなことをぼんやり思いながら夕焼けを眺めていたら、目的の人物が屋上のドアを開けて現れた。
「お待たせ」
「…本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
深々と頭を下げる私。
「チェルシーさんから僕に話があるって新鮮ですね。もしかしたら初めてじゃないかな」
「そうかもしれません」
前世では数えきれないくらい私から話しかけたけどね。数百回、数千回、数万回?あなたは決まって適当にあしらってたよね。
「ちょっと嬉しいな。…それにしても学園にこんな場所があったんですね」
「…はい。私も最近知りました」
うそ。前世から知ってる。この建物の中にあなたの愛しのレベッカ嬢を閉じ込めて放置してたしね。
てか嬉しいのか。あなたに喜んでもらえるなら前世に私、たぶん何でもしたと思うよ?…どれだけあなたのために頑張っても、少しも喜んではもらえなかったけどね。
その後も少し嬉しそうな様子で世間話を続ける王子。彼が発する言葉一つひとつに必ずと言っても良いほどどこかにツッコミどころがあって、なんか段々楽しくなってきた私。そもそも少し嬉しそうな様子ってところ自体が私にとってはツッコミどころだしね。
「…それで、今日はどうされましたか?」
「……殿下にお聞きしたいことがございます」
「…なんでしょう」
「もし私の勘違いでしたら、痛々しい勘違い女だと罵っていただいてかまいません」
「……」
「殿下は、もしかして私のことを、……異性として、憎からず思っていただいているのでしょうか」
「はい。やっと気づいていただけましたか」
ハハハ…もう笑いが止まらないよ。私が前世で約10年間、あれほど求め続けていたものは、それが全く必要でなくなった今になって、私の手に入っていたらしい。
「……」
「最初は、チェルシーさんが僕との婚約を断った理由が、興味深いなと思ったんです。確か『家柄や身分だけで決まる結婚は望まない。自分でこの人が良いと判断した人と結婚したい。でも子供の自分にはまだその判断ができない』というものでしたよね?」
「……その節は、大変なご無礼を…」
「とんでもない。僕、良い意味で衝撃を受けたんですよ。僕と同じ年の子が、自分だけの明確な考えを持っていて、大人相手にもそれを堂々と貫き通す。しかもそんなすごい子が自分は未熟な子供であることを素直に認めている。その子に比べると、僕はまだ赤子のような存在だったんだなと思い知らされました」
「……恐縮です」
「実は僕、チェルシーさんの断り文句、拝借して使い続けていたんです」
そういって楽しそうに笑う王子。…てかまさか私が適当に思いついた理屈っぽい断り文句が知らない間にカイル王子の婚約阻止に役立っていたとは。
…てかあんた、何で突然私のことが好きになった理由を語り出したの?そういうの結構ですよ。どんな理由があったとしてもお断りなので。…でもさすがに王子の話を途中でぶった切って「お断りでーす♪」って返事を叩きつける勇気はない。
「次に伺ったチェルシーさんのお話は、ローズデール公爵令嬢は冒険者として、魔物討伐で素晴らしい活躍を見せているらしい、というものでした。その話を聞いた時は驚いて椅子から転げ落ちそうになりましたよ。彼女が王宮のお茶会にほとんど出席してくれない理由は、魔物討伐で忙しかったからなのかって」
心底おかしそうに笑う王子。…うーん、この話いつまで続くの?
「…そしてやっと学園で再会できたあなたは、こんなにも美しい女性になっていた」
それ、前世の私に言ってくれていたら私嬉しすぎてその場で昇天してたかもよ。そしたら私は安らかに眠れたんだろうし、あなたも心置きなくレベッカ嬢と愛し合えたはずなのにね。惜しかったね。
「しかも当然のように入学テストでは僕の上をいってしまいますしね。これでも誰にも負けないくらい毎日努力してきたつもりなのに」
「……」
いや、私は入学テスト2回目だったから出来すぎて当たり前。そこは気にしなくていいぞ、王子。あなたが超有能でしかも努力家なのは私もよく知っている。
「話が長くなってしまいましたね。僕の悪いくせです」
そういって突然片膝をつくカイル王子。
あっ、いやちょっと待って。ストップ、ストーップ!!
「…チェルシー・ローズデールさん。僕はこれから生涯、あなたを愛し続けることを誓います。どうか僕と、お付き合いしていただけませんか」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…チェルシー・ローズデールさん。僕はこれから生涯、あなたを愛し続けることを誓います。どうか僕と、お付き合いしていただけませんか」
…あーあ、阻止するタイミングを逃しちゃったよ。どうすんのこれ。てかそのセリフさ、付き合ってくれってか、もう99%プロポーズじゃん。重すぎるわ。
まあ、15歳にもなった王子と公爵令嬢が付き合うとなったらもう実質婚約になっちゃうのは分かるけどさ。
っていやいや、ボーッと状況の分析をしている場合じゃなかった。こうなったらもう、正面突破するしかないね。
私は勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい」
「……」
「…私、心からお慕いしている方がいます。その方のためなら私の命を差し上げても良いくらいその方を愛しています。…どうかお許しください」
「…そうですか」
「……」
黙って頭を下げたままの姿勢を維持する。
「…ごめんなさい、チェルシーさん、僕、あなたに勘違いをさせてしまったかもしれません」
「…えっ?」
顔をあげてみると、王子はいつもの穏やかな顔で微笑みながら立っていた。
「あなたは優秀な魔導士で、信頼できる友人だと思っています。でも申し訳ございませんが、あなたのことを女性として意識したことは一度もないんです」
「……殿下」
「…これでお望み通り、あなたは痛々しい勘違い女ですよ。……チェルシーさんの幸せを、心から願っています」
「…ありがとうございます!」
改めて深々と頭を下げる。
この人の場合、さすがに彼が前世で私にしたことを完全に水に流すことはできないけど、…ほんの少しだけなら見直してやってもいいかな。
……そして今度は、あなたとレベッカさんのこと、ちゃんと祝福するね。
ブックマークや☆での評価をたくさんいただければ、王子との復縁ルートが出現するかもしれません…?(嘘)




