27話 勘違い女になってやることにしました
私、意外とモテていたかもしれない。
メイソン以外の人にモテたいとは全く思ってないし、そもそもモテているかどうかに興味さえなかったので今までは気づかなかったけど、リズとメラニーと話をしてから自分の周りの状況を少し注意深く観察してみると、いろいろと不審な点が出てきた。
まずはカイル王子。この人に関しては興味がないというよりも、私にとっては最悪の別れ方をした元カレのような存在なので、むしろ相当なマイナス感情を持っていた。
もちろん自国の王子に対して喧嘩を売るほど愚かではないので、丁寧で失礼のない対応は心掛けていたが、私の彼に対する態度は他の誰に対するものよりも事務的でドライな感じだったはずである。
でも思い返してみると、前世であれほど彼に恋焦がれて尽くしまくっていた私には目もくれなかったくせに、今の彼はやたらと私に興味津々でしかも友好的な気がする。
もしかしたら彼は自分のことを愛してくれる女には興味がなくて、自分に素っ気ない女にだけ惹かれるドM野郎なのかもしれない。残念、私もドMちゃんだから相性は最悪ですね!
…まあ実際にはたぶん、双剣を振り回す公爵令嬢が物珍しいとか、入学テストで自分よりも良い成績を出した女に興味をもったとかそんな感じだろうけど、いずれにしても大変迷惑な話である。
てかこいつ何でまだ婚約してないんだよ。婚約者の純情を冷酷に踏みにじって心をズタズタにしてからポイ捨てするのがあんたの使命でしょうが。
……真面目な話、どうせ彼はレベッカさんと結ばれる運命なのだから、彼に婚約者がいなくてよかったと思う。被害者は前世の私だけで十分だよ。まあ、前世の私の場合は、結局被害者じゃなくて加害者になっちゃったけど。
で、もう一人の問題児がルーカス・ヴァイオレット公爵令息。2年生の生徒会執行部のメンバーで、寡黙な一匹狼タイプのイケメン。苗字が「紫」なのになぜか髪の色は黒。でも瞳が綺麗な紫。
正直、前世ではほとんど絡んだことがなかったので、あまり印象に残っていない。彼から私に話しかけてきたことなんて一度もなかったんじゃないかな。
今の彼はというと、相変わらず無口であまり感情を顔に出さない人ではあるが、割と私のことを気にかけているのが伝わってくる。何も言わずに私の仕事を手伝ってくれたり、一時期睡眠不足が続いていた頃、執行部の部室でうっかり眠ってしまった私に毛布をかけてくれたり。
実際には他の人がかけてくれた可能性もあるが、目が覚めた時には部室に彼しかいなくて、「……風邪ひくぞ」とか言いながら温かいコーヒーを差し出してきた。だから毛布をかけてくれたのもたぶん彼だと思う。
……ちなみにその時私はメイソン以外の男の人の前で無防備に眠ってしまったことを深く反省して心の中でメイソンに泣きながら土下座していた。
仕事中に眠った時は間違いなく私一人だったけど、部室は他の部員も自由に出入りできる場所だから、もっと気をつけるべきでした。ごめんなさい、と。
ヴァイオレット先輩の話に戻って、最初彼は無口ポーカーフェイスなだけで誰に対しても優しい「実は意外と面倒見の良い兄貴分」かもしれないとも思ったけど、少し彼の行動を観察しただけでそれは違うなってことがわかった。思い出してみると前世の私の扱いなんかもう「無」だったしね。
私のどこがよかったのかさっぱり分からないが、どうやら今のヴァイオレット先輩は私のことをそれなりに気に入ってくれているみたい。
やっぱ前世とは違って闇属性ってことが判明しているから謎の仲間意識が芽生えたのかな。それとも私からは一切話しかけないのがコミュ障の先輩にとっては心地がよかった?
いずれにしても気にかけてくれるのはありがたいし、カイル王子とは違って「今更何ですか」って気持ちも湧いてこないけど、だからといって私がヴァイオレット先輩に対して何か特別な気持ちを抱くことはもちろんない。
メイソンと結ばれるためだけに死の運命すらも捻じ曲げて舞い戻ってきた執念深い女なんだよ、私は。よそ見などありえない。
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とはいえ、カイル王子やヴァイオレット先輩が私に対して何か具体的なアクションをとってくることもなかったので、私はしばらく状況を静観することにした。
しかし偶然3人で書類仕事をすることになったある日の会話がきっかけで、私はこの二人の貴公子をなんとかしないといけないことを痛感した。
「……ローズデールとラインハルトが結ばれるなら、ローズデールとヴァイオレットが結ばれてもおかしくはない」
「「…!?」」
それまで無言で作業を進めていたヴァイオレット先輩が、突然ボソッとそんなことを言い出して会話に乱入してきたのは、カイル王子と私がお兄様とお姉様の交際の話をしていた時だった。
何度も私に話しかけてくるカイル王子にうんざりして「ぺちゃくちゃ喋ってないであっちのコミュ障貴公子みたいに黙って手を動かせよ。私は早く帰りたいんだ!」と心の中で毒を吐いていた私だけでなく、カイル王子まで驚いて作業していた手を一瞬止めてしまった。
ちなみに憎たらしいことにこの腹黒有能王子は、それまではずっと私にちょっかいを出しながらも一度も手を止めず、私よりもはるかに速いスピードで作業を進めていた。
一瞬だけ驚いた顔で固まっていた王子だったが、すぐにいつもの穏やかな笑顔に戻って、いつもの柔らかい口調で話を続けた。
「それはどうでしょう。それだとローズデールが少々難しい立場になってしまうのでは?」
「……ヴァイオレットは影。我々とのつながりがローズデールに新たにもたらすものは何もありません」
「…そうでしょうか。自分の中のもう一つの「頭脳」が勝手に自分の「右腕」を動かす力を手に入れて、次は「影」まで操れるようになると思ったら怖くありません?それに、ローズデールとラインハルトが結ばれるのであれば、同時に王家とのつながりも重視する姿勢を見せた方がバランスが良いと思うんですよ。チェルシーさんもそう思いません?」
…なんだこのピリピリした空気。てかヴァイオレット先輩、なんで急に訳のわかんないことを言い出した。
そして腹黒浮気王子、この空気の中で私に話を振るな。…あー、もう!早く帰りたい。メイソンに甘えまくって癒されたい。
…ちなみに二人の言い分に関しては、正直カイル王子の方が圧倒的に理にかなっている。つまり王子はこう言ってるのだ。
「ローズデールとラインハルトが結ばれるだけでも権力が強くなりすぎるのに、もう一つの三大公爵家のヴァイオレットともつながるなんてありえないだろう、むしろ王家とも婚約して王家に対する忠誠心を国内外に広く示すべきでは?」と。
それに対してヴァイオレット先輩は「ヴァイオレットは主に王家の裏の仕事を担っていてあまり表舞台には出てこない特殊な家。ローズデールやラインハルトのように目に見える権力を持っているわけではないから、ローズデールがヴァイオレットとも結ばれたところで、ラインハルトとの婚姻に比べると影響は小さいはずだ」と言っている。
ちなみにローズデールは王家の頭脳、ラインハルトは王家の右腕、ヴァイオレットは王家の影と呼ばれている。
「…えーっと、ほら、あれですよ。ヴァイオレット先輩はきっと、一般論をおっしゃっているんです。ローズデールとラインハルトが結ばれることがあり得るなら、いつかローズデールとヴァイオレットが結ばれることも当然あり得るねーという」
「……」
「…ああ!そうですね。確かにそれはそうだ。僕、誤解をしてしまいましたね。失礼いたしました。そういえばヴァイオレット先輩には美しい婚約者の方もいらっしゃいますしね」
「……」
…やっぱ冷酷だ、この王子。深手を負って倒れた相手にも丁寧に止めを刺すタイプだわ。私を地獄に落とすときも、二度と立ち直れないくらいの深いダメージを負わせるために、できるだけあくどいやり方を一生懸命考えて実行してくれたもんね。
うん、この人はこういう人だ。間違っても深く関わってはいけない。てか早くこれ引き取っていってよ、レベッカさん。
そして先輩も、助け船出してやったんだからさっさと乗れよ、不機嫌な顔して黙ってないで。しかもあんた婚約者いたのかよ。知らなかったよ。今知って逆に安心したけど。
その後ヴァイオレット先輩は一言もしゃべらず、カイル王子は微妙な空気を微塵も気にせず私にちょっかいを出し続け、その日私はメンタルに多大なダメージを受けて自室に帰還することになった。
そして私は決めたのである。痛々しい勘違い女と思ってもらって結構。恥くらいいくらでも掻いてやる。どうぞ好きだけバカにして嘲笑いなさい!…公衆の面前で婚約破棄された時に比べたら勘違い女の汚名くらいどうってことない。
だから、もうこの二人がこれ以上面倒なことを言い出す前に、こちらから動いてやる!
ブックマークや☆での評価をたくさんいただければ、3周目のルーカスルートが出現するかもしれません…?(嘘)




