20話 本気を出してみました
ある夕方の移動中、しばらく無言で馬車を運転していたメイソンが私に声をかけてきた。
「ねえ、チェルシー。君、魔法は使えるんだっけ?」
「…魔法?一応使えるよ?初級魔法を数種類だけだけど。…どうしたの?」
「じゃあさ、今すぐ自分にできる一番強い防御系の魔法を使って、外から見えないように隠れてて。そして俺が良いっていうまで絶対馬車から出ないでね」
「…えっ?なんで?どうしたの?」
「早く!」
「……!!」
メイソンが珍しく語気を強めたことで、私は非常事態が発生したことを理解した。そして黙ってすぐにメイソンの指示に従った。外から見えないように身を隠したことで、こちらからも外の様子は見えなくなったが、声と音は聞こえていた。
「よう、兄ちゃん、わりぃけど、ちょっとその馬車の積荷、俺たちに見せてくれな―――」
「!!ちょっとテメエいきなり何をすr―――」
「…!!この野郎よくも…!!野郎ども、かかれ!!」
その後は、怒号、悲鳴、複数の人間が慌ただしく動き回るような音、悲鳴、金属音、悲鳴、何かがぶつかる音、悲鳴。
―――どん!!
一度だけ、私が隠れている馬車にも何かがぶつかってきた。私はメイソンに言われた通り、外から見えないように身を隠し、ただただ恐怖に震えて涙を流しながら外で行われている何かが早く終わるのを待つしかなかった。
「お待たせ」
しばらくして、メイソンが馬車に戻ってきた。パニック状態の私は、彼に何か返事をすることさえできず、ただ涙を流し続けていた。
「ちょっと移動してから休憩しよう。あ、今は外見ない方がいいよ。しばらくはそのままにしてて」
あれからどれくらい時間が経ったのだろう、パニック状態の私はとても長く感じたけど、たぶん実際には10分くらいだったのかもしれない。馬車が止まったかと思えば、しばらくしてからメイソンが馬車のドアを開け、優しく声をかけてきてくれた。
「もう大丈夫だよ」
「…う、うわあああん!!」
…私に右手を伸ばして微笑んでくれるメイソンの顔を見た瞬間、彼に抱きついて泣き喚く私。…18にもなった女がみっともない。赤ちゃんかよ。
「よしよし、怖かったね。もう大丈夫だからね」
メイソンは私が落ち着くまで私を抱きしめたまま、ずっと優しく頭をなで続けてくれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
賊の襲撃を受けたらしい。今までは見通しのいい海沿いの道路を通ることがほとんどだったけど、今日の午後に入ってから内陸側の森の中を通るルートになっていたからね。
どうやら運悪くそのタイミングで私たちの馬車を見つけた地元の賊が、積荷を奪うつもりで襲ってきたらしいとのことだった。
「どっちかというと俺の方が彼らを襲う感じになっちゃったけどね」
メイソンによると、彼は何かを守りながら戦うことがあまり得意ではないらしい。でも私の身に何かあるといけないから、私を守るための最善の手段として問答無用で彼の方から賊に斬りかかったと。
最初の2、3人で実力の差を見せつけたらすぐに戦意喪失するかと思ったら意外とそうでもなかったらしく、かなりの人数の賊を斬ってしまったらしい。
戦闘中、一度だけ馬車にぶつかってきたものの正体は、馬車のドアの外側と車輪にべっとりついていた赤黒い血の跡を見てすぐに理解できた。
…私が自分の身を守れるだけの魔導士だったら、もしくはあの場にいたのがメイソン一人だったら、メイソンはもっとスマートに戦えたのかもしれない。無用な人殺しは避けることができたかもしれない。
……私、お荷物だね。役立たずだね。もっと魔法の勉強を頑張ればよかった。自分の身くらいは自分で守れるようになっておけばよかった。魔力自体は相当強いはずなのに。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ローズデール・ラインハルト大都市圏から北西に約3時間、私たちはアルミラージやゴブリンなどの下級モンスターが多く生息するという名もない森の入り口に来ていた。
メイソンはいつもの冒険者風の服装に愛用のロングソードとマン=ゴーシュ。とてもよく似合っていてカッコいい。
アイリーンはシンプルで動きやすそうな軽装の女剣士風の装いで、右手にロングソード、左手にはスモールシールドを持っていた。いつもはメイド服だから新鮮!
ちなみに彼女、最初はメイソンと同じマン=ゴーシュを使った二刀流だったらしいが、途中から今のスタイルがより自分に合うということで変更したらしい。
…まだ剣術を習い始めて1年しか経っていないはずなのに、すでに師匠とは異なるオリジナルの戦い方を自ら編み出してしまうとは。天賦の才とは恐ろしいな。
まあ、メイソンのマン=ゴーシュの使い方はほとんど防御用だから戦い方としてはベックフォード流双剣術(私が勝手にそう呼んでる)の枠から大きくははみ出ないらしいけどね。
そして私はというと、フードと袖の部分に禍々しい模様が描かれた黒と深紫のフード付きローブという、どうみても悪の魔導士にしか見えない服装をしていた。
いや、ドレスで来るわけにはいかないし、ローズデール家の魔導士であることを証明する豪華な青のローブも冒険者の戦闘服としては微妙だし。
だから今回の遠征のために私がもっとも高い適合性を持つ闇属性の魔力を増幅・強化してくれる効果があるという、高価な魔力付きローブを購入したのだが…。
うん、闇属性だからね。こういうデザインになっちゃうよね。自分の悪役顔にとてもよく似合っている気がしてちょっと悲しい。……でもビジュアルは気にせず実用性重視でいきます。
一応私用のロングソードとマン=ゴーシュは持ってきてはいるけど、たぶん使わせてもらえないだろうな。剣術の実力も物足りないし、何よりメイソンとアイリーンが二人とも剣士なのだから唯一魔法が使える私は後方でサポートに徹するのが理に適っている。
正直、接近戦で魔物を斬りつける勇気もまだないし、今日は魔導士としての役割に専念しよう。
「ではこの辺で、本日の戦い方と注意点を説明します。まずお嬢様、俺とアイリーンさんが前衛に立ちますので、お嬢様は後方での魔道支援をお願いします」
「わかりました」
最初からそのつもりです。…でもアイリーンは「キャスカートさん」から「アイリーンさん」に呼び方が変わったのに、私は「お嬢様」のままなのが大変不満です、隊長。
「アイリーンさんは基本的に自由に戦ってもらってかまいません。俺がフォローします。ただ、俺から言うまでもありませんが、お嬢様を守ることが最優先という意識は常に持っていてください」
「はい、もちろんです」
ムッ、それではまるで私がまたお荷物のようではないか。ふーんだ、今日は文字通り生まれ変わった私の本気を見せてやるんだからね。
……もちろん、二人とも私のことを超大事にしてくれていることがよく伝わってきてとても嬉しいけどさ。
「アイリーンさんは間違いなく強いので、この森にいる魔物に後れを取ることはまずないはずです。…ただ、一つだけ気をつけてほしいのは、相手を斬ること、殺すことを少しも躊躇してはいけないということです。ほんの一瞬躊躇したり、相手に同情したりしただけで、次の瞬間自分が殺されると思ってください」
「…はい。肝に銘じます」
「そしてここからはお二人にお願いです。これは実戦です。敵は生き残るために必死に抵抗してきます。敵を甘く見るのは絶対にやめてください。力の出し惜しみも絶対にしないでください。生きて帰るために、全力で戦ってください。よろしいでしょうか」
「「はい!」」
「では、いきましょう。よろしくお願いします」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
森の中を30分ほど進んだだろうか。少し広場のようになっている空間で、頭に長く鋭い角が生えた巨大なウサギの群れと出くわした。
ウサギなのに一匹一匹が大型犬くらいのサイズあるぞ。数は…7、8匹くらいか。あれがきっと「アルミラージ」なのね。あっ、向こうもこちらに気づいた。
…よし早速来た、私の見せ場。ここなら見通しも悪くないし、まだ距離もあるからメイソンかアイリーンを巻き込むこともない。生まれ変わった私の本気、恋する乙女の全力、見せてやる!
「ここは私にまかせて」
無言で静かに頷き、私をかばうように剣を構える二人。体に流れる魔力を左腕に溜めると同時に、頭の中で魔法の発動をイメージする。そして口では呪文を唱える。
しばらくして、すべての準備が整った。十分に溜まった魔力を具現化すると同時に、頭の中のイメージと「力ある言葉」で衣をつけた自分の魔力を解き放つ…!
『ゲーティア!』
「ただ、一つだけ気をつけてほしいのは、ブックマークをすること、☆ボタンでの評価を行うことを少しも躊躇してはいけないということです」




